第21話 機械たちの舞踏

 灰色と黄金の機械たちは激しくぶつかり合っていた。両者の拳が突きだされる度に空気が振動する。金属同士のぶつかりあいは耳をふさぎたくなるような異音を響かせていた。


 グレイの拳が二度、レオンの胴体を捉える。レオンの黄金の装甲は次々のへこんでいき、わずかにはがれた外装と生まれた亀裂から内部の液体を流させた。それはまるで人の血のようであったが、色は真っ黒であった。


「私は飼い猫ではない!」


 レオンの爪が空を切る。ヒュンヒュンと鋭い音を立てるが、その爪がグレイを捉えることはなかった。

 アンナたちから見てもその戦闘が一方的なものだということはわかった。あの獅子は何をやってもグレイは勝てない。そう確信めいたなにかが彼女たちにはあったのだ。


 だが、レオンはそれを認めるわけにはいかない。高性能AIが最適な攻撃軌道を割りだす。タイミングも出力も全て最高の瞬間である。

 それでもグレイはそのさらに上を行く。右の爪を繰り出せばその腕を蹴りあげ、同じく蹴りを放てば手刀で叩き落とされる。

 攻撃を避けることも防ぐこともできない。避けた先には拳が飛んでくる。防いでも衝撃を殺すことは出来ない。


 わずか数秒の激突の中で、レオンの輝かしい黄金の鎧はベコベコにへこみ、亀裂を生み、剥がれ落ちていた。

 爪は、既にへし折られている。隠し武器であった尻尾も引きちぎられ、グレイが鞭のように扱っていた。


「なる程、使いやすい」


 グレイはぐるぐるとレオンに尻尾をまわしながら、つぶやいた。黄金の矢じりが円を描く。


「耐久性も柔軟性もある」


 シュッ! と弾くように鞭を振るう。その黄金の矢じりはレオンの胸をひき裂き、スパークを走らせた。


「熱が出ないのは残念ではあるがな」


 グレイはその鞭が気に入ったのか、何度も振り下ろした。そのたびにレオンの装甲は斬り裂かれていく。火花が飛び散り、苦痛の声が上がる。


「ガァ!」

「どうした獅子を名乗るのだろう?」

「ウガアァァァ!」


 レオンは叫びながら地面を蹴り、グレイに砂を浴びせる。そんなものは目くらましにもならないのはわかっていた。お互いの高感度センサーの前ではその程度の砂で視界を遮ることは出来ない。

 それでもレオンは後方へと飛び跳ね、鬣を展開する。ボディの各所がさらなる火花とスパークを走らせた。充填で発生する熱に各部の損傷が耐えられないのだ。だが、レオンは構わず充填し続けた。

 一〇〇mの距離を跳んだレオンは着地と共に顔面を上げる。残った左目はレーザーサイトのように発光してグレイへと突き刺さった。


「私は王者だ……獅子である私に敗北は……ない!」


 レオンの頭部の輝きが最高潮に達する。


「伏せろ」

「あ、え?」


 グレイが背後で観戦していたアンナたちにそう言葉を投げかけると、砂を蹴りあげ、疾走する。

 機械たちの壮絶な戦いに見入っていたアンナたちはやっと今自分たちが置かれている状況を察した。レオンが放とうとしているビームを受ければ自分たちなど一瞬で蒸発する。特にアンナはそのビームを先ほどと合わせて二回も見ている為にその恐ろしさを理解していた。


「みんな伏せてぇ!」


 叫び、近くにいた少年たちの襟首を引っ張る。その場にいた者たちはみな一斉に身をかがめた。

 アンナは、その中で、グレイの背中を見た。


「消しとべぇ!」


 レオンが雄叫びと共にビームを放つ。

 だが、その直前、迫っていたグレイはレオンの下顎に左腕でアッパーをぶち込んでいた。


「グオォォォ!」

「チッ……」


 それと同時に身をかがめ、ビームの照射から避ける。だが、大出力のビームはわずかにグレイの左肩の装甲を溶かしていく。


「ハッ!」


 それでもグレイはその左腕の拳を握りしめ、レオンの胴体のストレートを叩きこむ。

 金属が砕ける音はビームの轟音にかき消されていた。レオンは既に自分の体が砕けていることを察知する機能すらも失っていた。ただ、ビームへとエネルギーを供給するシステムだけは、その照射が終わるまで、続いていることだろう。それは、レオンに残された最後の意地だったのかもしれない。


 大きく射線をずらされたビームはそのまま、奥に鎮座している移動支所へと伸びていく。直撃を受けた移動支所はその中央部分を貫く。


 それだけではない。アッパーを受け、腹に大穴を開けた体は仰向けに倒れていく。レオンの体と同じく大出力のビームもまた上へと向かっていく。

 白亜の装甲をぐずぐずに溶かし、えぐりとっていくビームは、そのまま真上へと放たれ、廃墟の天井をも突き破り、夜の砂漠を照らした。


 ***


 ユーカンスは非常用のアラームがいまだに鳴り響く支部長室のデスクで事態の鎮静化を待っていた。警備部からの連絡は何分も前に途絶えており、そもそも施設内の通信網が殆ど機能していなかった。


 それに通話用の受話器は既に怒りに任せて破壊してしまっている。

 この支部長室はかなり安全に作られている。それゆえにユーカンスはここから動かなかった。


 正確には動くことすらできないでいた。唯一通じているレオンへの指示系統だけがユーカンスの頼みの綱であったが、そのレオンもまったくの役たたずであった。

 支部長室の窓から外を見下ろせば、灰色のアンドロイドに一方的に破壊されていくレオンが見える。それは殆ど点のような姿であったが、どちら優勢であるかぐらい、その距離でもわかるほどに一方的であった。


「どいつもこいつも役立たずだ」


 見るに堪えない。あのような不良品を嬉々として拾って喜んでいたのがバカみたいであった。これで、自分がデスクに返り咲く計画が水の泡になった。

 いやそもそも、大部分が破壊され、恐らく乗員の過半数に被害が出たであろうこの現状は、どうあがいても取り消せるものではない。


「ハイエナどもと手を結んだのが間違いだった……いや、違うな、レオンだ。レオンを見つけたのがそもそもの間違いなのだ!」


 それは現実逃避である。だが、そんな事ユーカンスには関係がない。

 全ては他人の責任だ。自分が左遷されたのも、自分が評価されないのも、自分だけがこんな目に合うのも全て、誰かのせいに決まっている。


「く、ククク……」


 ユーカンスはデスクに座って、顔を押さえながら笑った。

 本当は理解しているのだ。それが所詮が子ども染みたいいわけであるということを。


「ハハハ!」


 なんという滑稽、なんという喜劇、もはや笑う意外にできることがあるだろうか。

 ユーカンスは腹の底から笑った。清潔な都会のオフィス、差し出される香ばしい香りのコーヒー、パリッとしたスーツを着て、大勢の部下を引き連れて、堂々とカンパニーの通路を歩く自分を妄想していた。


「俺は戻るんだ!」


 そんなことはもうムリだ。


「あのデスクに俺はあぁぁぁぁぁ!」


 その絶叫は、光の奔流に飲み込まれ、かき消された。

 幸いだったのは、ユーカンスが痛みを感じる前に消滅したということだったかもしれない。


 一人の男の哀れな人生はこれで幕引きであった。

 その最後は幸福な夢の中に逃避したものだったが、その夢を見たまま死ねたことは、救いであったのかもしれない。


 ***


 仰向けに倒れ込み、各部から火花を散らすレオンは天井の穴から見える星空を眺めていた。

 もうまともに稼働する部分などない。唯一は頭部の機能ぐらいなもので、目と耳、口だけがやっと機能しているぐらいだ。

 首すらも動かせないレオンはただ星空を眺めるしかなかった。思考回路が混濁している。データにはないはずの画像や映像が駆け巡っていた。それは人の走馬燈というものに似ている。

 それは、いつの頃のデータだったのかはわからない。


『我らが英雄――に敬礼!』


 そこには人々から称えられ、称賛される自身の姿があった。だが、なぜか名前だけはノイズが走った。

 

『――様、ご命令を』


 何人もの兵士たちが、何体ものアンドロイドが自分の背後に控えている。どれも同じ姿をしたヘルメットをかぶっており、ブリキの人形のようであった。

 それらは自分の洗練されたボディとはかけ離れていた。


(このデータはなんだ……)


 次の場面は戦場だった。


『我が祖国に仇なす悪魔め!』

『ターゲットを確認、排除します』 


 向かってくる兵士を、アンドロイドを容易く斬り裂き、ねじ伏せ、上空を飛ぶ大型の輸送船をビームで撃ち落とす。

 

『我が軍の勝利だ! 我々に黄金の獅子がいる限り敗北はないぞ!』


 あらゆる攻撃を弾き、叩き落とし、避けていく。どのような武器をもってしても、どのようなアンドロイドを繰り出そうと、レオンは負けなかった。

 そのデータの中の自分は無敵だった。

 英雄であった。

 王者であった。

 全ての栄光を手に入れたはずだった。


 そして次の映像は……地獄だった。自分以外の全てが息絶えていた。敵も味方も、人もアンドロイドも。どれ一つとして五体満足のものはいない。全て苦悶の表情を浮かべて死に絶えていた。

 死体の山、崩壊していく街並み、眩い閃光と共に彼方には大きな雲が立ち込めていた。絶叫、悲鳴、怨嗟……あらゆる負の声が嫌に収音機を響かせる。


(なんだ、どうしたんだ) 


 突然の風景の変化にレオンは戸惑う。映像データを早送りすることも停止することも出来ない。


(私は……これを見たくない!)


 だが、どうすることも出来ない。

 そして、その死者の山に立つ自分を見上げる者がいた。

 どこまでも暗く、闇のそこから覗くようなその目が、見上げているはずのその影が、まるで自分を見下すように、哀れな獲物を眺めるように、真一文字に結ばれた口がゆがみ、笑みを浮かべているように……


「き、貴様は……」


 レオンはデータの全てを理解した。

 もう動くことのない腕を、脚をレオンが必至に動かそうとした。だが、各部分の伝達信号は作動しない。エネルギーの循環もパルスも圧も何もかも、作動しない。


「思い出したか」


 すぐ傍にはグレイの姿があった。無機質な灰色の顔、漆黒の瞳……こいつは、こいつこそは自分が倒すべき敵、破壊するべきターゲット、そして己の栄光を踏みにじる憎き相手。

 栄光の祖国を蹂躙し、ともに勝利を分かち合った部下たちを惨殺し、破壊の限りを尽くした悪魔。あらゆる暴力をその身に宿し、理不尽なまでに力を振るう醜悪な存在。

 自分はこの悪魔を破壊する為に……


「私は……王者だ……私は……レオン……」


 その憎い相手が目の前にいるというのに、レオンの電子頭脳はもはや完全な機能を失っている。先ほどまではグレイをにらみつけ、動かずとも飛びかからんとした覇気は消え去り、壊れたラジオのようにノイズ交じりの音声を出して、何度も何度も同じ言葉をつぶやいていた

 映像データが繰りかえし電子頭脳を駆け巡る。


『レオン! 王者レオン!』

『英雄レオン!』

『金色の守護者レオン!』


 そこに映る者たちは皆自分を称えていた。何度も、何度も、称えていた。


「違う」


 グレイはその哀れなアンドロイドを見下ろし、愚かな幻想を踏みつぶす。


「貴様の名はR・ゴールド」

「違う私は……」

「貴様は獅子などではなかったのさ。初めからな」


 その瞬間、レオンは新たな影を確認した。アンナであった。その手にはへし折られた自身の爪が握られている。


「待て……私は……人間を……私の使命は……」


 この時になって再び正常な思考がレオンに戻る。だが、それは決して幸運な事ではなかった。目の前にいる少女は、そうだ、この者だけではない。自分は、か弱き存在を守る為に作られた誇り高きアンドロイド、自分の使命はあらゆる外敵から国と人々を守る防人たる者。


「だまされるな、その男は……そのアンドロイドは……!」

「知るか」


 だが、目の前の少女は、その栄光を、使命を、たった一言で否定した。そんなもの、彼女は知らないし、知る必要性もないからだ。アンナにとってレオンとはオロの仇なのだから。

 アンナの表情は同情とも憐みとも違う。怒りでも憎しみでもない。そこにあるのは無の感情だった。アンナは眉ひとつ動かすことなく、折れた爪を振り上げた。


「そうだ……私の使命は……国を……人を……だが、そうか私は守るべき人間を……」


 その瞬間、レオンの機能は停止した。輝かしい栄光の日々も、己の真実の記憶もなにかも消え去った。


「あぁぁぁぁ!」


 アンナは声を上げて、レオンの頭部に爪を差し込んだ。押し殺していた感情が今になって吹き出てきたのだ。オロの仇、自分たちの街をめちゃくちゃにした連中の一人。

 硬く鈍い感触と共にレオンの頭部が砕ける。いくつか飛び散った破片がアンナの手や頬を斬り裂くが、アンナは構わず爪の破片をレオンにねじ込んだ。


「ハァッ! ハァッ!」


 アンナはちらっとグレイの方を見上げる。グレイはアンナには興味を示さず、横転して炎を上げるトレーラーの方へと向かっていた。


「……?」


 グレイが何をしようとしているのかわからなかった、その答えはすぐに判明した。グレイはトレーラーの運転席に手を伸ばすと一人の男を引きずりだす。


「や、やめてくれぇ!」


 それはウーだった。

 頭から血を流し、少々衣服が焼け焦げているが、首根っこを掴まれ、じたばたと暴れている姿を見るに十分元気な様子であった。

 グレイに掴まれ、運ばれてくるウーは青白い顔をしていたが、アンナたちにまた卑屈な笑みを向けていた。

 そして、放り捨てられる投げつけられたウーは情けない声をあげてアンナにしがみつく。


「た、助けてくれ!」

「うっさい! 離れろ!」


 アンナは蹴飛ばしてやった。


「いいから車出せ! 私たちは帰りたいんだ!」


 そういってウーの尻を蹴りあげる。言われるがまま、ウーは残ったトレーラーへと走っていく。


 その途中、バイクのエンジン音も聞こえた。そちらに視線を向ければいつの間にか人間の姿に戻っていたグレイがバイクにまたがっていた。ジャケットの左肩はボロボロになっているが、そこから覗く人の肩は綺麗な肌色をしていた。

 ハイエナたちの誰かから拾ったのか、に合わない丸いサングラスをかけたグレイはアンナたちの方に顔を向けているような気がしたが、すぐにアクセルを全開にして、廃墟を後にしていった。


 アンナは遠ざかっていくグレイの背中を見送りながら、そして……オロの形見となった玩具の指輪へと視線を落とした。

 意味もなくその指輪をかざしてみる。月の光が反射してきらきらと輝くプラスチックの宝石は、まるで、本物のような輝きを見せた。


 アンナはふっと笑みがこぼれた。指輪をポケットに戻して、銃を投げ捨てる。他の者たちもそれに応じた。次々と銃が捨てられていく。

 そして、アンナはくるっと振り返った。


「帰ろう!」

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