第19話 依頼

 爆発音が響くと同時に、アンナたちのコンテナが閉じられる。その突然の出来事に内部にいた者たちは、アンナも含めて恐怖を抑えることはできなかった。

 少女たちは泣き叫び、少年たちも頭を抱えてうずくまる。アンナだけは恐怖に駆られながらも理性を保っていたが、閉じられたコンテナの中では外の様子を判断するには音しか頼れない。

 だが、音で判別できるのは銃声と爆発音、そして人の悲鳴だけで状況などまったくわからない。


「もう嫌だ!」

「だしてぇ!」


 響き渡る銃声すらかき消すように囚われの子どもたちが叫ぶ。コンテナの中は思いの他に音を反響させるようで、外の轟音と合わさり鼓膜を震わせた。

 キンッと耳鳴りがするが、アンナたちはそれに対して文句をいうことはなかった。そのように騒いでも仕方のない状況だったから。


 その轟音が収まったのはわずか十五秒の間だったが、それでも暗闇の中、狭いコンテナに押し込まれていたアンナたちの感覚ではもっと長い間、それこそ夜が明けてしまったのではないかという錯覚があった。

 外の音は静かだった。


 ガチャッガチャッ……


 しかし、すぐさま異様な足音が聞こえた。誰かがまた悲鳴を上げていた。

 そして足音がアンナとはコンテナの壁一枚を隔てた向う側で止まる。アンナとその周囲の者は無意識に後ろに下がった。


 そして、間をおかずしてコンテナがぶち破られる。つき出てきた拳は、暗闇の中ではよく見えなかった。その拳は一度引き抜かれると、穴をあけた箇所に両手でこじあげるように広げた。金属製のコンテナをまるで紙を破り捨てるように容易くその手はひき裂いていた。


 たった数秒で、コンテナの硬い装甲には人が十分に通り抜けられるぐらいの隙間が強引に作られた。夜の砂漠の寒気が、熱気が充満したコンテナにそよぐ。廃墟の隙間から覗いた月の光が、アンナたちの目の前を照らした。


「うっ……」


 アンナたちは息をのんだ。なぜならそこにいたのは人ではないからだ。

 灰色の装甲、漆黒の瞳、無機質な機械の人型……


「ここにいたか」


 だが、その声にアンナは聞き覚えがあった。


「あんた、まさか」


 その正体を察したアンナであったが、それよりも前に灰色の機械はアンナの縄をほどいた。そして、その手には不釣り合いなものを差し出していた。それは血で汚れた玩具の指輪であった。


「な、なに……」

「オロとかいうガキから預かった。貴様に渡せとな」

「オロ……オロは生きてるの!」


 灰色の機械、グレイの発した言葉にアンナは飛び上がった。


「奴は死んだ」


 だが突きつけられる言葉は無常である。


「左腕がちぎれていた。半身も抉られ、何をどうしても助かる見込みはない」


 淡々と事実を述べるグレイは、その機械の顔と相まって冷酷に感じられた。


「奴は苦しみの中で死んだ。だが、死の間際、これを貴様に渡せと俺を呼んだ」


 グレイはそういうと放心状態に近いアンナに無理やりそのおもちゃの指輪を押し付けた。アンナもそれを受け取ると、じっとその指輪を見つめる。こびりついた血は、恐らくオロの者だろう。


「なによこれ……おもちゃじゃん……」


 オロがなぜこんなものを自分に渡そうとしたのかはわからない。こどもっぽいからとバカにするためだったのか、それとも……だが、その真意を確かめることはもうできない。オロは死んだのだ。


「奴は貴様と共に街を出たがっていた」


 言葉を続けたグレイはアンナの足下に一丁のライフルを置く。


「どうするかは自分で決めろ」


 そういってグレイは彼らに背を向ける。その行動はまたコンテナの中をざわつかせた。


「ちょっと待ってくれよ!」


 少年の一人が震える声でグレイを呼び止める。グレイは何も言わずその場に立ちどまった。


「お、俺たちを助けにきたんじゃないのか?」

「そうよ、街の人たちに頼まれたんでしょ!」


 ヒステリックな声を上げる少女もいた。


「知らんな」


 だが返ってきた言葉はそれだった。


「俺はそんな依頼も交渉も受けていない」


 グレイは足下に落ちているマシンガンを拾い上げ、弾丸が残っていることを確認するとそれを無造作にコンテナの方へと放り投げる。

 少年たちは暴発するんじゃないかと思って悲鳴を上げるが、どうやらそうはならなかったらしい。


「帰りたければ自分たちで帰れ。車は腐るほどある」


 それが言うとグレイは今度こそ立ち止まらなかった。背中に少年たちの声が聞こえても無視だった。

 そしてグレイの姿がコンテナから見えなくなると、少年たちは先ほどもまでの威勢はどこにいったのか、押し黙り、肩を落とした。


「もう無理だ! 俺たちここで死ぬんだよ……」


 情けない声だった。


「帰りたい帰りたい」


 誰一人動こうとしなかった。


「僕たち見捨てられたんだ……」


 勝手に絶望していた。


「うるさい……」


 だが、アンナだけは違った。


「うるさいぁぁぁい! ぐずぐず言ってないで逃げるしかないでしょ!」


 アンナは指輪をぎゅっと握りしめて、それをポケットに入れると、グレイがよこしたライフルを手に取る。アンナはわからないことだが、そのライフルは引き金を引けばもう撃てる状態だった。


「こんな状態なんだから頼ってる暇はないでしょ! 逃げるのよ! おら、あんたも武器もって!」


 アンナはマシンガンを足で引き寄せると、それをうずくまっていた少年の方へと寄せる。少年はぽかんとした顔を浮かべていたが、その顔にアンナの激が飛ぶ。


「いいから取れ! 男どもぉ! ちんたらしてないで武器を取れぇ!」


 店の男たちに一歩も引かずに口答えしてきたアンナにとって、そこにいる少年たちにそんな乱暴な言葉を投げかけることなど簡単だった。そして、彼らもまたアンナがどこで働いて、どんな姿を見せているのかを知っている。

 あたふたとしながらもアンナに縄を解かれた少年たちはアンナの背中についてまわって、使えるかどうかもわからない武器を拾っていく。残りのコンテナの方に目をやればそこも自分たちと同じくこじ開けられていた。


(あいつ……)


 アンナは周囲を見渡す。ハイエナたちに生きている気配はなかった。


(ここまでおぜん立てしてくれたっていうの?)


 ふと、背後から先ほどのような銃撃戦の音が響いていた。振り返れば、今まで気が付かなったが、巨大な白い物体から炎が上がっていた。それが、カンパニーの移動支所であることはアンナたちはわからないが、どちらにせよ早くここから逃げだした方がいいということだけはわかった。

 再度あたりを見渡すと、こそこそと這いつくばって動いているひょろ長い男を見つける。アンナが見た所、その男には傷はない。


「お前! 止まれ!」


 思わず引き金を引いてしまう。銃弾は明後日の方向に飛んでいき、アンナはライフルの衝撃が思った以上に強かったことに驚いてしまったが、ひょろ長い男、ウーはそれ以上だったらしく、「ひゃあぁ!」と泣き叫ぶような声をあげながら、立ち上がった。


「囲んで」


 アンナは、バクバクと鼓動する心臓を深呼吸しながら整えると、少年たちに顎でウーを取り囲むように指示する。


「い、や、やめろよ……な? 俺ぁお前たちの家族を殺しちゃいねぇぞ! 俺は、そう数を数えるのが仕事だからな!」

「うるさい、黙れ!」


 アンナは今度こそは反動に負けないようにライフルを構えた。ウーはおびえた目つきでその場にへたり込む。

「はっきり言って、私たちは今すぐにでもあんたを撃ち殺してやりたいけど、そうはしない。車だしな。後の事はその時に考えてやる。あんたの態度次第ね」

「も、もちろんだぁ! 俺は街の襲撃には反対だったんだよ!」

「言い訳はいい! 私だっていつまで抑えれるかわかんないんだからな!」


 アンナはライフルを上に向けて発砲する。今度は、反動に負けなかった。ウーはそれをみて泣き叫び、鼻水をたらしながら少年たちを押しのけてトレーラーへと走っていく。


「あ、待て!」


 少年たちがウーに向かった銃口を向けるが、アンナはそれを止めた。ウーはトレーラーに乗りこむと、エンジンを始動した。どうやらトレーラーをこちらに運んでくるようだった。とはいえもしかしたら突っ込んでくるかもしれないと警戒もしている。アンナたちはいつでも散らばれるように構えていたが、ウーは大人しくトレーラーを移動させていた。


「これで帰れるんだな……」


 少年の一人がつぶやいた。

 アンナは表情こそ変えなかったが、その言葉に同意していた。ふっと気が抜ける。力を入れ過ぎて張っていた肩が楽になった。

 そして、トレーラーがアンナたちの傍まで近寄ってくる。

 その瞬間。

 まばゆい光がトレーラーの後部を貫き、その巨体を横転させたのだった。

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