第18話 鋼鉄の悪魔
二回の砲撃を難なく狙撃して回避し、最後に一発も視線の先に見える爆発の様子を見れば成功したらしい。
「オートランチャーか。大層な玩具だな」
グレイの目には爆発四散したマッダバたちとその周囲で慌てふためく部下たちの姿がはっきりと見えていた。
しかし、ロケット弾の破片が一切飛んでこなかったかといえばそうではない。僅かな破片であっても、このおんぼろバイクにとっては脅威であり、事実どうやら破片をいくつか飲み込んでしまったのか、先ほどから異音が大きくなっていた。
「フンッ」
グレイは自身が操るバイクの調子がいよいよもって悪くなってきたことに後悔はしていない。元々、老人から受け取った際にもまだ完璧な調整をしていないし、そもそもがポンコツの寄せ集めである為に、砂漠の上を爆走するというのは負荷が大きかった。
「割に合わんな」
その独り言は自嘲気味であった。
だが、グレイはオロとの約束を反故にするつもりはない。交渉を受けて、自分はそれを承諾した。それはこの砂漠の掟だ。それならば仕方がないと。それにあの連中は気に食わなかった。この土地に来てからどうにもハイエナに絡まれる。そろそろ鬱陶しくもなってきたので、このあたりで根絶やしにしておくのも悪くないと思ったからだ。
「恨むなら、俺に絡んできた馬鹿を恨むんだな」
グレイは、ライフルを捨てると、両手でアクセルを握り、バイクをさらに加速させる。砂を巻き上げ、止まることなく迫るグレイに、廃墟にたむろするハイエナたちは恐怖の表情と声を上げていたが、それでも手にした武器の引き金を引くことは忘れていなかった。
マッダバが死んで最低限の統率も取れないハイエナたちの攻撃はめちゃくちゃであり、殆どの弾丸はグレイをかすめることもなく、空に向かって消えたり、大きくそれた場所に命中していた。
「無駄弾を」
一〇〇mの距離まで迫ったグレイは、集団の中でも特に集まっている厚い層めがけてハンドルを切る。普通に考えれば逃げるという考えに至るだろうが、混乱が支配するハイエナの面々にそんな高度な考えは思いつかなかった。ただ引き金を引いては弾を消費する。砲台としての役割もこなせていないでくの坊でしかなかったのだが。
「く、くるんじゃねぇ!」
「逃げろぉ!」
ハイエナたちは目の前にグレイが迫ってきたことで、やっと『逃げる』という選択肢を思い浮かんだようだったが、もう遅い。
ポンコツとはいえ時速200kmは超えていたバイクの体当たりは容赦なく一人のハイエナの肉体を砕き、遥か後方へと跳ね飛ばす。その男はぐちゃっという音が聞こえてきそうな状態で落下していた。
バイクはカウル部分が大きくへこんでしまったが、エンジンはけたたましく鳴り響いていた。グレイは周囲のハイエナたちを威圧するようにアクセルをまわす。そのたびに周囲のハイエナたちは悲鳴をあげ、後ずさりするのだ。
そうして、ハイエナたちをある程度下がらせたグレイはゆっくりとバイクから降りる。右手で髪をかきあげ、黒々とした瞳でじろっと右側のハイエナを睨んだ。
「ひっ! ひぃぃぃ!」
そのハイエナは武器を捨てて逃げていった。
そんな雑魚など興味はない。追うこともせず、グレイはアンナたちが詰め込まれているコンテナを発見する。コンテナのハッチは閉じられており、中の様子を伺うことは出来ないが、その中に捕らわれた者たちが収容されているのはわかった。
グレイがその方向へと歩きだすと誰かが甲高い声で叫んだ。
「その男をコンテナに近寄らせるんじゃねぇ!」
その声はウーのものだった。ウーはコンテナの影に隠れるようにいたが、声だけは勇ましかった。
普通なら、そんな臆病者の言うことを聞く者はハイエナにはいない。だが、もうマッダバはいない。彼らを支配し、指示を与えていたリーダーは死んだのだ。
彼らは、命令を受けなければ何もできない。だから、ウーの言葉は、命令だったのだ。彼がハイエナでいる為に必要な命令。
彼らの中に、ウーに従おうなどというものはいない。しかし、命令を与えられたからこそ、彼らは動けたのだ。
歩き続けるグレイにハイエナたちは各々の武器を構える。ライフル、マシンガン、拳銃、ジープに装備された機関銃、爆弾……それら全てをグレイに向けたハイエナたちは、誰かが引き金を引くと同時に、それに続いた。
無数の弾丸が弾け、跳ぶ。狙いも定めずにただグレイにむかって引き金を引き続けた。
グレイの周囲がその銃撃の余波で砂を巻き上げる。放り投げられた爆弾が誘爆し、ガスと煙を周囲に立ちこめる。
僅かの間にグレイの長躯はそれらで見えなくなった。ハイエナたちは攻撃をやめる。砂煙で状況はわからない。だが、この数の攻撃を受けて無事であるはずがないと彼らは確信していた。
どれだけ銃弾を弾こうと、ロケット弾を撃ち抜く狙撃を見せようと、この数なのだ。死なないわけがない……彼らは本気でそう思っていたのだ。
それが名前も忘れたかつての仲間たちと全く同じ愚かな考えであることなど、誰も知る由がなかった。
「ガハッ!」
早すぎる安堵の表情を浮かべた男の額が撃ち抜かれる。その隣に立っていた仲間がそれに気が付いた瞬間には、彼もまた同様に撃ち抜かれていた。
「な、なんだ!」
叫んだ男の両隣の仲間が銃声と共に倒れていく。
それは、自分たちが攻撃して今まさに砂煙が立ちこめる場所からであった。
再びの銃声、また誰かが撃ち抜かれる。
「嘘だろ……」
砂煙が晴れていく。
ハイエナたちは後ろに下がった。下がるしかなかったのだ。
ガチャッガチャッ……
何者かの足音が聞こえる。砂煙を斬り裂き、その灰色の体があらわになる。
ガチャッガチャッ……
それは、黒い目をしていた。どこまで暗く、夜の闇に染まったような漆黒の色。そしてそれを覆うように赤色のクリアなゴーグルがかぶさっていた。
それは、一見すれば甲冑のような装甲をしていた。しかし、胴体や脚はボディスーツのようにしなやかでもあった。両の肩当ては左右に広がり尖った先端は、あらゆるものを切りさんと輝く。そこから伸びる腕はさらに異様だった。上腕部分は少し盛り上がり、がっちりとしているはずの二の腕すらも細く見せる程にアンバランスなものだった。
それは、異様な姿であった。全身は灰色であり、それは無機質な金属の塊そのものであった。そして、漆黒の瞳の下に結ばれた口は真一文字であり、一切の感情を見せない。
これこそが、グレイの本当の姿。黒いジャケットに身を包んだ長躯の青年は所詮カモフラージュにすぎない。
この無機質でいながらも異形の姿こそが、この男の……このアンドロイドの真の姿なのだ。
「フンッ……」
グレイの両腕の前腕部分がスライドし、銃身が伸びる。
瞬間、グレイはその両腕を大きく広げ、装填された弾丸をばらまいていく。腕のスリット部分からは空になった薬きょうが排出されていき、足下に次々と落とされていく。
それと同時にグレイを囲むようにしていたハイエナたちの半分は死に絶えることになった。
だが、グレイの猛攻は止まらない。両腕から弾丸を撃ち続けながらも、グレイは軽やかな跳躍を見せ、ハイエナの一人の前に降り立つ。
「ひ、ひゃっ!」
鋼鉄の悪魔、黒い瞳に見下ろされたその男はとっさにライフルをむけるが、既にグレイの手はライフルを握りつぶしていた。そして強引に弾倉を抜き取るとそこから新たな弾薬を両腕に詰めていく。逃げていく男には用済みになったライフルの残骸をくれてやった。ライフルの残骸は後頭部に命中して、男は動かなくなった。
その間にもまだ反撃をする意志のあるハイエナたちは、グレイへの攻撃をやめなかった。だが、それも無駄なことであった。ライフル弾、拳銃弾、あらゆる弾丸が大雨のように降り注いだとしてもグレイには通用しない。
彼らの銃撃など、グレイの超合金製のボディには傷一つつけることすら敵わないのだ。
「……」
だが、ハイエナたち人間は違う。脆く脆弱な肉の体は鉄の弾丸を防ぐことは出来ない。悪魔の暴力を防ぐことなどできないのだ。
反撃に出たハイエナたちは一瞬にしてグレイに撃ち抜かれる。その度にグレイはハイエナから武器を奪い、弾丸を奪い、単純作業を進めるようにハイエナたちを駆逐していく。
ライフル、拳銃、マシンガン、グレイが奪う弾丸は全て規格の違うものだが、グレイの両腕に装備されたアームガンはその内部機構を変形させることで、あらゆる規格の弾丸を撃ちだすことが可能だった。
つまり、この場にある全ての武器はイコール、グレイの武器になるのだ。
ハイエナたちが新たに武器を用意すればするだけ、それはグレイの攻撃手段を増やす事になる。結局、彼らが生き残る手段などありはしないのだ。
ハイエナたちはそんな単純な結論すらも出せぬままただ本能が警鐘を鳴らす恐怖の中で、ひたすら引き金を引き続ける。
数分後、少なくともグレイが見る限りで動いているハイエナたちはいない。グレイの高感度センサーが熱源、生体反応を人の耳に当たる集音機能が捉える微細な音からしてもハイエナの殆どは息絶えただろう。いくつかには、まだ生きている反応もあったが、自分に反撃をしようとする勇気のあるものはいない。一瞥すれば逃げていく雑魚にすぎないのだ。
蹂躙を終えたグレイはコンテナの方へと視線を向ける。
スキャン、瞬時にコンテナ内部の状況が確認される。全員無事のようだった。
確認が終わったグレイは足下に落ちていたライフルを拾い上げ、コンテナへと向かう。
すると、コンテナの影になる部分に一人のハイエナが生き残っていた。猫背のウーだった。初めから戦う意志などなく、荒事を仲間に任せていたウーはずっとこの影に隠れていたらしい。
「ひぃぃぃ! こ、殺さないでくれぇ!」
無様にも土下座をする形になるウーだったが、グレイはそんな哀れな男には目もくれず、コンテナへと拳をつきたてた。
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