第17話 襲撃

「テメェ!」


 マッダバの怒り狂った叫び声がレオンに浴びせられるが、レオンはわずかに振り返るだけでまた歩き始めた。


「冗談やってんじゃねぇぞ機械野郎が!」


 もちろんマッダバの怒りがそれで収まるわけでもなく、彼は毛深い剛腕でレオンの黄色いスーツの肩口を掴み引き寄せよとする。

 しかし、マッダバの怪力をもってしてもレオンの歩みを止めることはできず、逆に引きずられる形となったマッダバは、掴むのをやめて急いでレオンの前に立ちはだかった。


「どけ」


 低く唸るようなレオンの声はマッダバをも威圧するが、仮にもならず者たちの頭領であるマッダバはそれを堪えることぐらいはできる。

 片方しかない真っ赤な眼光はレーザーのように容赦なくマッダバをにらみつけ、邪魔をするならば捻り殺すと言わんばかりにレオンの右手は痙攣していた。スーッとレオンの指先が赤く染まり、熱を帯びる。


「テメェ、うちのモンになにしてくれやがった!」


 赤熱化するレオンの右手を認めながらも、マッダバはひるまずにコンテナの周囲で倒れる部下たちを指さして叫んだ。そこには腕が折れた者や脇腹を抑え尋常ではない痛みに耐えられずに暴れまわる者もいた。マッダバは既にコンテナで顔が焼かれた部下の姿も見ている。


「商品に手を出せば売り物にならなくなる。そのようなこともわからない間抜けは仕置きされて当然ではないか?」


 煌々と光を帯びる片目は残光を描きながらマッダバの視界に映る。レオンは至って無表情であるが、いらだちを抑えているのがわかりきった声音だった。機械に無意識などというものが存在するのかはマッダバにはわからないが、レオンはしきりに獣のような唸り声を木霊させている。


「んだとぉ? 何割かは俺たちのもんだって決まったじゃねぇか! こっちは何人死んだと思ってる!」


 街の襲撃は楽な仕事のはずだった。適当に暴れてガキどもを浚ってくるだけ。抵抗するなら蜂の巣にしてやればいい。その程度の仕事だった。かくいうマッダバも久しく暴れていない為に鬱憤が溜まっていた。それを解放するかの如く意気揚々とライフルを片手に攻め込んだはずなのに、気が付けば何十人もの部下がたった一人の男に殺された。

 その怒りといらだちをレオンにぶつけているのもまた事実だった。


「知らんな。死んだのは貴様の部下が間抜けだったからにすぎん」


 だからどうしたと言わんばかりにレオンは肩をすくめてマッダバの横を通り過ぎようとする。


「待てや!」


 マッダバはそのレオンの腕を掴もうと腕を伸ばすが、逆にその腕を捕らえられ、強引にねじられて背中に回されてしまう。


「グッギギ!」


 あとほんの少しでも力を入れればそのままねじ切られそうな力であった。マッダバはそれから逃れようとするも、動けば動く程に筋肉や骨に痛みが走る。


「そして、貴様たちの取り分はまだ決まっていない。好き勝手に漁られて、上物に傷をつけられては困るのでな」

「お、俺たちにだって選ぶ権利があらぁ!」

「街を一つくれてやるというのだ、それぐらいも我慢できんのか?」


 口の減らないマッダバの腕をレオンはさらに力を入れる。折れるか折れないかの微妙なバランスをレオンは維持していた。


「暫くは大人しく待っているのだな」


 レオンはパッと腕を離し、今度こそカンパニーの移動支所へと去っていった。

 マッダバは痛みとしびれで感覚が麻痺している腕を抑えながら、レオンの背中をにらみつけていたが、背後で不安そうに見つめる部下たちの手前、強がって見せなければならず、痛む腕を無理やりにでも振り上げた。


「……!」


 問題なく動くのだが、激痛は容赦なく襲い掛かる。冷や汗のようなものが額から噴出するが、マッダバはそれをぬぐい、悶絶する部下たちを運ばせるように指示を出して、廃墟の出入り口付近に止められたバギーに腰掛ける。


 その周囲には監視という形で数名の部下が武器を構えており、突然現れた頭領に驚きの表情を見せていたが、すぐに砂漠の方へと視線を戻して己の役割に集中した。

 頭領の顔が険しい。こういう時は機嫌が悪く、下手なことをしようものなら殴り殺されてしまうからだ。


「おい、うちは何人死んだ」

「へ?」

「誰が死んだって聞いてんだよこのアホが!」


 マッダバは要領の悪い部下を蹴りあげる。


「ひっ! す、すいやせん!」


 部下はうずくまり何度も頭を下げるが、マッダバが聞きたいのはそんな言葉ではないので、さらにいらだちが増える。部下の胸倉を掴んで、その頬をぶつと、鬼のような形相を向ける。


「誰が、何人死んだんだって聞いてんだよ、わかるよなぁ」


 マッダバは部下の首を握りながら、潰す勢いで締め上げる。部下は顔を赤くしながら、激痛に耐え、言葉を捻りだす。


「と、トォルが死んだ、あとはエディ、カッチ、マグス……」


 名前を聞いても顔が思い浮かばなかった。どうせ碌に働きもできない屑だと断定した。


「えぇい知らん名前だ! 数は!」

「ご、五十人だ!」

「確かか!」

「ウーが調べた! 間違いねぇ!」


 猫背のウーはこの集団の中では数が数えられる珍しい男だ。故にマッダバもそれなりには重宝している。どこまでの数字を数えられるのかは知らないが、計算もできるというのは、無知なハイエナにとっては大きな財産となる。

 あの卑屈でせせら笑う癖が何とも腹立たしいが、ウーが数えたのであればまず間違いはないだろう。

 マッダバは部下を地面に叩き落とすと、今度こそバギーの運転席に寝転がる。


「あの黒い奴だ!」


 ガン! とバギーの前部分を蹴飛ばす。数字の書かれたパーツカバーが割れて、機能しなくなるが、マッダバはそもそもそれが何を意味しているのは知らないので、どうでもよかった。

 部下の一人は自分のバギーが破壊されて、多少怪訝な顔をするが、それをマッダバに見られるわけにもいかず、じっと砂漠の方を眺めていた。


「あの黒い男に俺たちは蹴散らされたんだ!」


 野生の勘というべきか、マッダバは以前にウーが知らせにきた仲間の死とその仕立て人を探させにいったなんとかという部下のことを思いだしていた。そいつらもあの黒い男に殺されたに違いないと直感でそれを的中させていたのだ。

 マッダバは街を襲撃した最中で、その黒い男がいともたやすく部下を撃ち殺していくさまをみていた。


 だが、マッダバも集団を率いる頭領である為に、仕事を優先させた。その結果が五十人の部下の死という形で帰ってきた。はっきりいってその五十人の顔も名前も覚えてないが、マッダバにとっては自分の部下、所有物を勝手に壊されたことが気に入らないのだ。

 それは、先ほどのレオンの行為にも同じ事が言える。


「チッ!」


 またもバギーを蹴飛ばす。ハンドルが折れ曲がり使い物にならなくなった。いらだちが強くなってきたマッダバはまだ苦しい顔している部下の髪を強引に掴むと、それを引き寄せて、


「トレーラーの女どもに酒を持ってこさせろ!」


 とだけ命令すると、さっさと行けと言わんばかりに部下を放り出す。部下は「へい!」とだけ返事を返すと、砂に足を取られて、バランスを崩しながらもマッダバ専用のトレーラーのコンテナへと駆け出していった。

 数人の半裸の女たちが両手に酒瓶や水筒を持って駆け寄ってくる。その足取りは早い。マッダバの機嫌が悪いということを感じ取っているからだ。少しでもいらだちを抑えなければ自分たちも何をされるか分かったものではない。


「貸せッ!」


 マッダバは女の一人から酒瓶を奪い取ると、先端部分を割って浴びるように酒を流し込んだ。それだけで多少は気分も落ち着くが、一度こみあげた怒りというものは中々収まらず、瓶を地面に叩きつける。

 女たちはその割れる音にビクッとするが、すぐにマッダバにすり寄って彼をなだめなければいけなかった。

 マッダバはすり寄ってくる女の腰を抱いて引き寄せながら新しい酒をあおっていた。


「へっ……だがな、街が手にはいりゃ、あの程度の雑魚が死のうが、確かにすくねぇ被害ってもんだ」


 その言葉はマッダバにしては理知的で合理的だったが、考えて言わせた言葉ではない。目先の利益を追求する本能がそのような言葉を紡がせたのだ。


「大地主って言うだっけかこういうのをよ」


 以前、ウーがそんな言葉を使っていたことを思いだす。土地を持つ者を現す言葉らしい。


「街が手にはいりゃ、商売も貿易ってのもできる。残った連中を奴隷にして働かせるのもわるかねぇ……そうすりゃよ、おめぇらも多少はいい暮らしができるってもんだろ?」


 愛想を振りまく女たちにマッダバは酒を浴びせる。別に深い意味はない。そういう気分だからそうしたのだ。


「だが、あの黒い奴だけはぶち殺す。じゃなきゃ俺のメンツってのが立たねぇからな」


 マッダバは愉快な妄想にふけった。街を占拠して、住民たちを働かせて食い物を作らせる。水も、そして商人どもとの交渉もさせる。ウーの奴にも働いてもらう必要がある。そしてそれを取り仕切るのは自分だ。

 まるでカンパニーのようじゃないかとマッダバは腹の底から愉快になり、笑いを堪えることができなかった。


「ク、ククク! マッダバ社長様ってな!」


 その言葉が意味することと彼の妄想は全くかけ離れていたが、人の上に立つらしい言葉はマッダバは好んでいる。彼にはそれでいいのだ。

 酒に濡れた女たちが腕をつたう酒をなめとっていた。マッダバはその姿を眺めて、そして次に砂漠の方に目を向けた。それは偶然のことだった。


「……?」


 その視線の先、まだ通りが夜の砂漠でもはっきりとわかるくらいに砂が舞っていた。


「おい、なにしてやがる! 確認しろ!」


 マッダバはぼけっと突っ立ている部下の背中を蹴り飛ばす。部下は情けない声をあげて、四つん這いになりながらもその砂塵に目を凝らす。


「双眼鏡を使えアホが!」


 そう言われて初めて自分がぶら下げている二つくっついた筒を目に押し当てる。男は双眼鏡を使った事がないのだ。

 あたふたとしている部下を煩わしく思ったマッダバは女たちを押しのけて、部下から双眼鏡をひったくると、自分でその砂塵を確認する。


「ありゃあ……!」


 そこに映ったのは継ぎはぎだらけのバイクを駆る黒い男、グレイの姿だった。

 今まさにねじ切ってやろうと思っていた相手がそこには映っていた。

 マッダバは黄色い歯をむき出しにして、雄叫びのような声を上げた。


「おおぉぉぉぉ!」


 その獣の声はコンテナに詰め込まれているアンナたちにも響いていた。


「テメェら武器を持て! あの黒い奴が来たぞ!」


 マッダバはそう叫ぶと双眼鏡を捨てて、いまだに倒れている部下を蹴飛ばし、武器をもってこさせるように指示を出す。

 マッダバの雄叫びを聞きつけた他の部下たちは、各々の武器を持参して彼の周囲にあつまった。


「まだだ、まだ撃っちゃならなねぇ」


 はやる部下たちを抑えながらもマッダバは自分が一番興奮していることに気が付いていない。


「頭ぁ! とっておきでさぁ!」


 蹴飛ばされた部下がもってきたのは弾の代えがないロケットランチャーであった。一発づつロケット弾を装填しなければならないが、その威力はすさまじい。一度撃った時は何十人もの人間がいとも簡単に吹き飛び、四散したのを覚えている。

 こいつの威力があれば粉みじんだ。あの黒い男はなぜか弾丸が通用しないということを聞いていたマッダバはこれならばと息巻いた。


 マッダバはスコープを覗くが、故障している為に狙いを定めることは出来ない。だが、それでも構わず、マッダバは引き金を引いた。


 轟音と共にロケット弾が発射されていく。通常、そんな狙いでは当たるものも当たらないのだが、この時はなぜかうまい具合に弾頭はグレイの下へと向かっていく。彼らの理解の外にあることだが、そのロケットランチャーにはある程度オートで狙いを定める機能が付いていたのだ。彼らはそんなものがあるとも知らずに使っているのだ。


「へ、へへ粉々だぜ!」


 マッダバもその場にいた部下たちも同じことを考えていた。弾頭は加速していき、一直線にグレイめがけて飛来する。

 そして……そのロケット弾は、グレイに命中する前に爆発した。


「あぁ?」


 不良品の弾だったか? そう思いながらもマッダバは部下に新しいロケット弾を装填させると同じように引き金を引く。今度は、多少それてしまったが爆風や破片が当たればそれだけでも十分だった。

 しかし、その二発目もグレイの近くに落ちるよりも先に空中で爆発した。

 その間にもグレイの駆るバイクは砂塵を巻き上げて突き進んでいた。

 マッダバの部下たちが騒ぎだす。二発も不良品だなんてことはないはずだ。だとすればなぜ途中で爆発したのか。彼らにはその理由がまったくわからなかった。

 既にグレイの姿は目視でも確認できる距離まで迫っていた。


「ざけんじゃねぇやぁ!」


 三発目、これがラストのロケット弾だ。マッダバは今度こそと意気込み、狙いを定めて機能もしないスコープを覗いた。


「あ?」


 それが見えたのは偶然か、幸運か。マッダバの目にはグレイが一丁のライフルを構えているように見えた。


(あの野郎、まさか……)


 夜で視界も効きづらい中、しかも高速で迫るロケット弾をあの男は……


「野郎、狙い撃……」


 その瞬間、カツンという甲高い音が耳元で響いた。


「あ?」


 マッダバはスコープから目を離して、その音の方へと振り向いた。

 だが、その瞬間には、彼とその周囲にいた数人の部下と女は飛び散る破片と爆風の中に意識を飲み込まれていた。

 マッダバがその時何を思ったのかはわからない。少なくとも、街を手に入れるという野望の事は、その時の彼にはなかった。

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