第16話 囚われの中

 アンナたちが連れ込まれた場所は、マッダバファミリーとカンパニーが取引をした廃墟の中だ。そこに、数台の大型のトレーラーが並んでいる。どれもマッダバたちが所有するものとは違い新品であった。


 そのすぐ傍にはコンテナがあり、アンナたちは手足を縛られて、ハイエナたちの手によって適当に振り分けられて押し込まれていく。コンテナの中は何もなく、ただものを入れる為だけの箱でしかなかった。


「ヘ、ヘヘ!」


 見張りを任されたハイエナの男は、手にしたマシンガンをちらつかせながら、時折その銃口をアンナたちに向ける。すると、面白いくらいに悲鳴があがるので、その男は頃合いを見計らってはその遊びを続けていた。


 だが、アンナはこの男が本当に引き金を引くわけがないというのを感じていた。考えたくはないが、自分たちは売り物にされるのだから、その商品となる自分たちを傷つけては意味がない。


 そう、高をくくってはみるが、この無法でならず者たちが、果たしてそれを我慢できるかどうかは、流石のアンナも予想できなかった。何かの拍子に引き金を引くとも限らない。そんな危うさがこのハイエナたちからはしていた。


「ほぉー大したもんじゃねぇか!」


 その男は、視界にとらえた少女を舌なめずりしながら眺めていた。男は銃口をその少女の胸元に押し当てると、二回つつく。柔らかな少女の胸に銃口が付きつけられるたびに少女は後ずさりしながら悲鳴を上げた。

 その姿が、男にとっては好ましいものらしく息を荒げさせて、少女の前にしゃがみこむ。


 手足を縛られ自由の利かない状態は、恐怖を煽る。何をされても抵抗することができないからだ。それは、ハイエナの男も理解しているようで、鼻息を荒くしながら、少女の右腕を掴み、空いた腕で少女の胸を鷲掴みにしてもてあそぶ。

 少女はせめてもの抵抗として身をよじらせて、悲鳴を上げるが、それ以上はどうすることもできなかった。他の者たちもその光景を見ないようにして、少女の悲鳴を黙って聞くしかなかった。


「おいスケベ! その薄汚い手を離せよ!」


 その中でも、アンナだけは気丈だった。


「あぁ?」


 だが、圧倒的に有利な状態にあるその男は、自分の楽しみを邪魔するアンナの威勢が勘に障ったのか、少女から手を離すとマシンガンの銃口をアンナに向ける。


「撃てるのかよ! あんた、そんなことして、自分が無事で済むと思ってんじゃないだろうな!」


 口調を変えているのは精いっぱいの強がりだ。アンナとて、銃口を向けられれば恐怖はする。この男が確実に撃たないという確証はないのだ。


「いいぃぃぃぃ!」


 男は奇声を上げると、マシンガンの銃床部分でアンナの顔をぶつ。


「ぐぅう!」


 一瞬、骨が砕けるのではないかと思うような音がして、ぶたれたアンナも驚いたが、痛みの割にはどうやらまだ自分の顔は崩れていないらしい。僅かに頬から血を流し、その部分は真っ赤にはれ上がっていたが、その程度で収まっているようだった。


「なにをしている」

「いっ!」


 アンナをぶって、興奮状態の男の背後から黄色いスーツを着た人間体のレオンが現れる。レオンの顔の右半分はガラスが砕けたようにひび割れ、目に当たる部分は空洞のようになっていた。レオンはそれを隠すように広がる髪を右目の前に集めているが、隠しきれてはいなかった。

 男は、その姿を確認すると、萎縮したように肩を縮こませ、引き下がろうとするが、その瞬間にレオンの右腕が男の顔面を握る。

 ギギィっという骨が軋む音と男の痛みに耐える嗚咽がコンテナに響いた。


「ギッギャ!」

「チンピラ風情が……商品に傷をつけるとはな」

「や、やめ……」


 男はじたばたと手足を振っているが、レオンはそんな男を軽々と片腕で持ち上げると、さらに力を込める。レオンの指が男の顔面に食い込もうとしていた。そして、次第にレオンの手は赤く変色していく。

 そして、プンっと焦げ臭いにおいがする。

 レオンの掌が赤熱化して、男の顔を焼いたのだ。


「ギギャアァァ!」


 男の絶叫が響く。もがいていた体はさらに暴れてレオンの拘束をほどこうとするが、そんなものは無駄だった。

 アンナたちもその異常な光景を恐怖によどんだ目で眺めるしかなかった。

 男の悲鳴が消えると、レオンはその男を足下に投げ捨てていた。男の顔は黒く焼け焦げて、元の表情などわからない状態で横たわっていた。僅かに体が震えているのを見るとまだ息があるのかもしれない。


「あまり暴れてもらっては困るな。手間が増える」

「アウッ!」


 レオンはいらだちの声を上げながら、アンナの髪を掴み、自分の方へと乱暴に引き寄せた。

 レオンはわずかに体をしゃがませ、アンナの顔のひび割れた自身の顔を近づける。人工表皮が崩れ、口は耳元まで大きく裂けていた。そこから伸びる牙は獣のような鋭さで、金色に輝いて見える。残った左目も人のものではなく、赤く輝き、早速人の顔を維持すらしていないその顔は醜く、アンナに恐怖を与えるのには十分なものだった。


「人間というものは感情の律し方を知らんようだ! 死にたくなければ黙って待っていることだ!」


 そう吐き捨ててアンナを押し出すと、レオンはコンテナの外へと出ていく。騒ぎを聞きつけたハイエナたちが駆けつけてくるが、レオンはそれを追い払うように腕を振るう。

 それだけでハイエナたちは腕や腹を抑え、悶絶するがレオンは構わず去っていった。

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