第14話 蹂躙

 グレイは、絶叫が響き混乱する街の中において一人冷静だった。

 別にこの街の連中を助けてやる義理もないが、寝込みを襲われたことに対するいらだちはある。

 それに自分を狙ったビーム。少し気になることもあった。

 後ろの方でアンナとかいう小娘の小うるさい声が聞こえるが、そんなものは無視だった。


「テメェ!」


 目の前にマシンガンを構えたハイエナの男が立ちはだかるが、その男が引き金を引くよりも先に左手に持った拳銃を撃っていた。男は心臓を撃ち抜かれそのまま倒れる。

 左右からも武器を持ったハイエナが迫る。だが、それすらもグレイにとっては的でしかない。彼にしてみれば連中の動きなど止まっているように見えていた。

 左右のハイエナなど見向きもせず、グレイは拳銃を放つ。二発の弾丸は彼らの額を撃ち抜く。そこで今持っている拳銃の弾丸は切れた。


 グレイは空になった拳銃を思い切り前方に投げつける。逃げ惑う住民にむかってライフルを乱射していた男の後頭部に命中した。その瞬間に男の頭はザクロのようにはじけて即死した。


 悠然と歩き続けるグレイは先ほど撃ち殺した男のマシンガンを手に取ると、少女の衣服をひき裂き下品な笑みを浮かべて迫ろうとする男の蜂の巣にした。男の血まみれの死体が覆いかぶさり、半裸の少女が絶叫して気絶する。


 グレイはマシンガンを周囲に向けて乱射する。一見すれば見境なく掃射されるマシンガンだが、その銃声は奇妙なリズムを刻んでおり、二秒間掃射したと思えば一発だけ撃ちこむようなこともした。


 その弾丸の全ては、好き勝手に暴れまわるハイエナの急所を見事に撃ち抜いていた。今まさに幼児を締め上げて荷台に積み込もうとした者やグレイにむかって爆弾を投げつけようとした者、既に死体となった住民に向けて何発もの銃弾を撃ちこむ遊びをしている者……

 グレイは的確にそして迅速にハイエナたちを殲滅していた。だが、彼がその超人的な射撃を見せてもいくつかのトラックは街の外に逃げ出し、暴れるハイエナたちの数はあまり減っていないようにも見えた。


「チッ……」


 数だけは一丁前に多い。しかもここまで暴れるとハイエナたちも明らかにグレイからは離れて子供をさらっていこうとする。遠回りをするものいた。拾ったマシンガンも既に弾切れであった。

 グレイがそれを投げ捨て、次の武器を探そうとした瞬間であった。


「……!」


 何かが猛スピードで接近してくる。それが背後から接近しているとわかった瞬間には、グレイの長躯は一気に一〇mもの距離を引きずられていた。地面を抉るように、常人であればすり下ろされ肉が抉れるはずの距離と勢いであったが、グレイはサングラスが割れた意外は全くの無傷であった。

 だが、自身の背中を掴む何かは銃弾すらはじくグレイの皮膚を突き破っており、そしてグレイの体を放り投げる。


「クッ!」


 開放されたグレイは宙で一回転して、着陸するとすぐさま己を引きずりまわした相手をにらみつける。


「貴様は……」


 グレイが目にしたのは夜だというのに黄金に輝く獅子、レオンであった。


「クッ、クク! なる程」


 レオンが喉で笑う。その姿のレオンにそんな機能があるはずはないが、そうとしか言えない嘲笑が発せられる。レオンは、姿勢を低く、両腕を広げ爪をかざした。


「私の高感度センサーが捉えた異常反応は貴様だったか」


 レオンはそう言いながら地面を蹴る。

 金色の閃光と化したレオンは一瞬にしてグレイとの距離を詰めると、その鋭い爪を振りかざす。

 グレイは腕をクロスする形でそれを防ぐが、レオンはすぐさまその開いた脇腹めがけて鋼鉄の脚による蹴りを放つ。

 ガギン! 金属同士がぶつかり合う音が響くと、グレイの体は真横に吹き飛ばされ、コンクリートの壁を突き破る。


「私のビームを受けて無傷というのは驚きだ」


 レオンの声音は冷静さの中にどこか喜びの感情があった。


「確かに耐久性は極めて高いようだ」


 崩れたコンクリートの向う側から銃弾が放たれると、レオンの額、右腕の関節部分、左足の付け根へと命中する。だが、銃弾はなんの効果を発揮することなくはじかれてしまう。


「射撃性能もよいと見る」


 グレイは壁の向うで死んでいたハイエナのライフルを構えて跳躍、ゆうに五メートルは跳んだだろう。それによりレオンの頭上を捉え、再び射撃をするがやはり効果はない。


「ほぅ! 運動性も高いか!」


 銃弾を弾きながら、自らの頭上を飛び超えていくグレイを追いかけながら、レオンは感嘆の声を上げ、爪の伸びた手で起用に拍手をしていた。


「だが、俺には及ばない」


 拍手をやめたレオンは、グレイが着地したと同時に飛びかかる。再びレオンに引きずられる形となったグレイは、そのレオンの腕を掴み引きはがそうとするが、びくともしなかった。

 レオンはそのまま広場まで出ると、跳躍し、グレイを地面に叩きつける。轟音と共にグレイの体が地面に落下すると周囲をわずかに陥没させた。


「グッ……」


 多少のダメージはあったのか、グレイが小さなうめき声を上げる。立ち上がろうとするグレイだったが、それよりも前にレオンが踏み潰すようにグレイの胸に右足を叩きつけた。金属同士のぶつかり合うような音と共に衝撃が発生して、地面に亀裂を生み出す。


 その広場には逃げ惑う住民やそれを追いかけるハイエナたちがちょうど集まっていた。

 彼らは突如して、出現した二人の存在に注目している。

 レオンはグレイを踏み潰しながら、唖然としているハイエナたちに向かって咆哮を上げた。


「何をしている! 貴様らはさっさと仕事を続けろ!」


 その言葉でやっと動きを再開したハイエナたちは再び若者や子どもの捕縛を始めた。

 ぞろぞろと活動を再開したハイエナたちを見ながら、レオンは「のろまが!」と吐き捨て、そして踏みつけているグレイへと視線を降ろす。


「雇われの用心棒か、はたまた義憤に駆られたのか……どちらでも構わんが、ずいぶんと最悪のくじを引いたな。この私がいるという最悪のくじを」


 レオンは再びグレイの胸を踏みつける。再び金属のぶつかりあう音と衝撃が周囲に伝わる。

 グレイは無表情のままそれを受け入れていた。


「ぺらぺらとうるさい猫だ」


 刹那、レオンの右足が動きを止める。グレイは、右手でレオンの足首を掴むと、まるで人形を振り回すかのように、思い切り地面に叩きつけようとした。


「なに!」


 突然のことではあったが、レオンはその反応速度を活かして、地面に激突するよりも先に態勢を立て直す。

 そしてグレイの方へと振り向こうとした瞬間、


「ぐあぁぁぁ!」


 グレイの貫手がレオンの右目を潰していた。グレイがレオンの右目から手を引き抜くと、球体のカメラアイが握られていた。


「フンッ……」


 それを握りつぶし、残骸をぱらぱらを見せつけるように落としたグレイはニヤッと笑った。


「貴様ぁ!」

「少しはライオンらしくなっただろ?」

「ウウゥゥゥ!」


 その唸り声はまさしく獣のものだった。レオンの頭部の放熱板が逆立つ鬣のように広がる。鬣に光が収束されていくと、その周囲にパチパチとスパークが走る。


『レオン、何をしている。戻れ』


 その輝きが最高潮に達しようとした瞬間であった。レオンにユーカンスからの通信が届く。


「ユーカンス!」

『仕事は達成された。ひとまずは戻れ』

「ダメだ、この男だけは始末する!」

『戻れ、レオン。下らん油断で損傷してこれ以上の無様は許さんぞ』


 その言葉はレオンにとっては屈辱だった。

 だが、主の命令は絶対である。レオンは再び獣の唸り声を上げると、踵を返し、疾走する。


「尻尾を巻いて逃げるのか!」


 その瞬間、グレイの挑発が聞こえるが、レオンは構わず走り続けた。


「この屈辱は決して忘れん! 必ず貴様をかみ砕く!」


 そう叫びながら、レオンは自分の道を遮る少年が煩わしく思い、爪を立ててそれを排除した。そして、その少年を投げ捨てると、そのまま砂漠へと走り抜けていく。


 ***


 何とか縄をほどくことができたアンナは他の者たちの縄も解いてやりながら、早くどこかに逃げるか隠れるかしなければならないと考えていた。

 依然、街からは絶叫が響いており、時折金属同士のぶつかり合う音も聞こえていた。アンナは、それがグレイとレオンの戦闘音であることなどわかるはずもなかったが、その音が聞こえ始めたあたりからハイエナたちの余裕がなくなっていることには気が付いていた。


「グレイって人が戦ってくれているの?」


 確かめるすべはなかったし、そんな暇もなかった。アンナは最後の一人の縄を解くとトラックの影に隠れて周囲を伺った。他の者たちもアンナの後ろにひっついているか、我先にとどこかへ走っていくが、そういう者はまたハイエナに捕まっていた。


「勝手なことばかりして!」


 せっかく助けてやったのにと文句も言いたくなるが、下手に動けば自分も同じようにまた捕まってしまう。だが、それはここでじっとしていても同じだった。街の出入り口に視線を向ければ、何台ものトラックが子どもや若者を詰め込んで消えていくのが見える。何とかして彼らを助けることは出来ないのかと思っても、その方法が思いつかなかった。


「とにかくみんな! 逃げるよ!」


 一か八か、ここは広間まで逃げ切って店に隠れるしかない。そう思ったアンナは、タイミングをうかがって、ハイエナたちの車両が通りすぎた瞬間に走りだす。

 だが、その瞬間に誰かぶつかってしまい尻もちをついてしまった。


「まず!」


 ハイエナに見つかったか? と思いとっさにうずくまってしまうが、ハイエナのような気持ち悪い笑いや奇声は返ってこず、代わりに聞きなれた声が耳に入ってきた。


「アンナ!」


 それはオロの声だった。

 腕の隙間から覗くオロの顔にはべったりと血が付着しており、アンナはカッと目を見開いてしまう。


「オロ……!」


 アンナが見たオロの姿は、顔だけではなく衣服にも血が飛び散っていたが、不思議と彼の体には傷らしいものはなかった。


「よかった、無事だったんだねみんな」


 オロはほぼ無意識にアンナを抱き寄せると、彼女の後ろにくっついている他の仲間たちの姿を見て安堵の表情を浮かべた。

 一方、抱き寄せられたアンナは顔を真っ赤にして、オロの胸を叩き、離れようとする。


「ちょ、ちょっとこんなときにあんたは!」


 オロは素直に開放してくれたが、安堵の表情は消えて鋭い目つきをしながら、周囲を見渡していた。


「今はまだ動かない方がいい、グレイさんが結構蹴散らしてくれた見たいだけど……」

「あの人、やっぱり助けてくれてるの?」

「さぁ? そういう風に見えなくもないけど、当てにしすぎるのもまずいかもね……みんな、こっちだ!」


 オロはすぐ傍の崩れた住居の影にアンナたちを誘導した。だが、人数が多くはっきり言って隠れられるようなものではなかった。オロは、アンナをその影になる部分に押し込むようにすると、自分は外に出ていた。


「ちょっと!」


 アンナの声が聞こえるが、オロは振り返り笑顔を見せるだけだ。


「バギーやジープなら僕たちを乗せることは出来ない。トラックが来たら細道に逃げるんだ! 入りきらない子は向うの通りだ!」


 オロはアンナの頭を撫でてそういうと、いまだに混乱している残りの仲間を誘導していく。この通りにハイエナたちが通らないのはある意味幸運だったのかもしれない。

 オロは、最後の一人を反対側の通路に押しやったのを確認すると、自分もそちらに逃げ込もうとするが、一瞬だけ足を止め、アンナたちのいる方を見た。


「……」


 そして、踵を返してアンナたちの住居の影へと走りだす。


***

 

 オロが、一直線で迫る閃光に気が付かなかったのは無理もない。既に人間が知覚するには困難な速度を叩きだしていたレオンがその通りを駆け抜けようとしていたのだ。


「あ……!」


 それは、呆気にとられたような声だった。

 音速に迫るレオンの爪がオロの体を弾く。レオンにしてみれば羽虫を追い払う程度の感覚だった。右手で邪魔なものを押しやる感覚だったかもしれない。

 だが、アンドロイドのパワーと速度によるその腕の一振りは、人間の脆弱な肉体など容易に斬り裂く。


 オロは、一瞬自分の左腕と脇腹、左足の付け根がえぐり取られたことに気が付かなかったのだが、ちぎれ飛ぶ自分の腕を見て、それを自覚した時には痛みも、思考もなにもかもが吹き飛んでいた。

 ただ、遠くでアンナの泣き叫ぶような声だけが聞こえたのだけはわかった。


***


 信じられない光景だった。

 アンナは目の前で起きた現実が理解できないでいたのだ。

 さっきまで笑っていたオロの腕がちぎれた。あの暖かい腕が、筋肉のつき始めた腕が……

 何かが通りすぎたのは見えた。金色の光、しかしそれが何なのかアンナはわからない。だが、その金色の光がとおりすぎた瞬間、オロの体がはじけた。

 大量の血をまき散らし、何の冗談か、左腕はアンナの方へと飛んでくる。


「お、オロ……」


 震える体を抑えるようにアンナは自分を抱きしめる。しかし震えは止まらない。


「オロ……」


 アンナは右手を伸ばす。足は力が入らない。アンナは這いつくばるような形で、オロの下へと行こうとする。

 その無防備な行動は、ハイエナたちの恰好の餌食となる。最後の一台であるトラックが網を投げつけ、アンナを捕らえる。


「いや! 離してよ!」


 網の中、引きずられていくアンナはもがくが、それは無意味なことだった。

 そのまま、荷台に上げられたアンナは、他に捕まっていた仲間を押しのけるように、絡まる網の中で必至にオロの姿を追った。


「オロ!」


 もう一度オロの名を叫ぶ。

 だが、その時には、アンナを運んだトラックは街の外、夜の砂漠へと躍り出ていた。

 どんどんと離れていく故郷の街を茫然と眺めているうちに、アンナも他の仲間たちも無言になっていた。

 これからどうなるのだろう。ただ漠然とした不安と恐怖が彼らの中に渦巻き、無言という形で表れていた。


 暫くすると、他のトラックやそれにつき添うようにバギーやジープ、バイクが次々と街から出てくる。その後を街の大人たちが追いかけてようとしていたが、砂漠に出た途端、脚を止めた。

 それも無理もない。彼らは砂漠の先を超える勇気もなければ、装備もないのだから。

 そして、その光景は、若者や子どもたちには見捨てられたという感情を植えつけ、ただしくしくと彼らは涙を流し、この異常事態から逃避するしかなかった。

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