第13話 混乱

 マッダバは目の前で巨大な閃光を放つそれを唖然と眺めていた。

 金色に輝く装甲は傷一つなく、夜だというのにキラキラと光沢を出し、両腕は獣のように太くも鋭い爪が伸び、人間の尾てい骨にあたる部分にはチューブのようなものが垂れ下がっていたが、それは意志を持つようにうねっていた。その先端部分は矢じりのように尖っており、うねるたびに空気を切るような音が聞こえていた。


 一番特徴的なのはやはり頭部であろう。左右及び上部に広がるギザギザの装甲板、口は獣のように牙を見せ、目は真っ赤に輝いていた。その顔は、人ではなくまさにライオンそのものであり、それはライオンの頭部を持った金色の人型に見えた。


「すげぇ……」


 流石にマッダバもそのライオンの放ったビームを見てはそういう感想しか出なかった。街からは数十キロと離れた地点から放たれたビームは一直線に街の外装を突き破り、そして、その彼方へと突き抜けるのが確認できた。


「カンパニーの連中がいうだけはあるってのかよ」


 このように集結する前、一人マッダバたちの下へと現れたのはレオンであった。黄色のスーツ姿のレオンはそのまま我が物顔でマッダバのトレーラーの助手席に座ると、さっさと出せとまるで主のように指示を出した。

 これには流石にマッダバも怒りを見せて、殴りかかろうとしたが今朝のことを思いだすとそれはためらわれた。


 結局はなにも言わず、カンパニー自慢の男の力を見せてもらってからでも仕返しは遅くないと踏んだのだ。

 そして、つい先ほどのことだ。仕事を始める合図として、マッダバは雄たけびを上げる。それに呼応するように部下たちも大声を上げた。三回程それを続けたマッダバはどうだと言わんばかりにレオンの方に振り向く。


 レオンは涼しい顔で、笑っていた。そして、レオンは上着を脱ぎ棄てると、大きく息を吸い込むような動作をして、カッとめを見開き、口が裂けんばかりに大きく開けると同時に空気を振動させるかの如き『獅子の咆哮』が夜の砂漠に響き渡る。

 そして、唸り声を上げ続けるレオンの体が金色の光に包まれたその瞬間、そこに立っていたのは金色の獅子であった。

 これこそが、レオンの本当の姿である。ライオン型のロボットと化したレオンは手始めに鬣型の放熱板を展開すると、獅子の口を開き、そこから先ほどのまばゆいビームを放ったのだ。


「フン、約束通り一発だ。あとは貴様たちの仕事だ」


 ライオンの頭部からはレオンの声が聞こえる。


「ッ……おら! ぼさっとしてねぇで車だせや!」


 気圧されたこと悟られないようにマッダバは部下たちに号令をかける。部下たちもレオンの放ったビームに放心していたようだが、その号令でやっと動き出すのだ。

 マッダバはトレーラーではなく、バギーに乗り先頭を走る。奇声をあげ、腕を振り回し、獣のように突き進んだ。

 部下たちも同様に知性のかけらなど感じられない声を上げてそれについていく。

 レオンは、そんな蛮族たちの旧世代のような光景を見てガチガチと牙を鳴らす。笑っているのだ。その滑稽な姿を見て、ロボットであるレオンは笑っていた。


「所詮、誇りなき獣はあの程度がお似合いか」


 レオンは腕を組み、己のビームが貫いた壁へとカメラを合わせる。そこからは街の住民と思しき者たちがマッダバたちの襲来に気が付いたのか慌てているような姿が見えた。


「しかし……」


 レオンはそのように街の外に出た住民の一人が銃で撃ち抜かれる姿を眺めながらつぶやく。


「私はなぜ射線を修正したのだ」


 レオンはビームを撃つ直前に自分がオートでその射線を変更したことを疑問に感じた。

 レオンのビームは街の外壁を貫いた。だが、レオンが本来定めていたのは、街の頭上を覆う天蓋だった。そこを吹き飛ばしてやろうと思ったのだ。

 レオンに搭載されている射撃慣性システムは最高峰である。彼自身がそうであると自負していた。今だ整理がつかない、ノイズまみれの電子頭脳内にインプットされた己のスペックを信じるならばそのはずなのだ。


 己の体を構築するものは装甲材からメインカメラのガラス、ゴム製のチューブ、基盤に至るまで、全てが最高の素材が使われている。それだけではない。内部設計もまた緻密に計算された究極のバランスを持ち、いかなる場合であっても最高の力を引き出す作りだ。

 つまるところ、レオンというアンドロイドは最高傑作なのだ。レオン自身が、そのことだけがメモリーから忘れることもなく、はっきりと思い出せていた。


「まさかな」


 しかしながらオートで射線を変更した理由はどれだけ考えても導き出せなかった。自分のシステムの一部が破損しているのではないかと、自動スキャンをしてみるが、そんな様子はない。

 ましてやユーカンスらが自分の整備に万に一つもミスをしていないということも信頼している。奴にとって自分は宝だ。下手を打って修復不可能となれば、それは奴にとっての損失なのだ。だとすればなぜ、自分はそんな不可解な行動をしたのか? 

 だが、レオンはそれ以上、考えないようにした。自分はただ役割を果たすのみ。

 与えられた任務を忠実に実行し、確実なる結果をもたらし、勝利する。それこそが使命であり、誇りなのだから。


 ***


 銃声を耳にした瞬間、アンナは男たちの誰かに担がれて店の中に放り込まれていた。


「いったぁ!」


 思わずを声を出して、放り投げた男の方を見ようとするが、それ同時に銃声が響くと、その男は血を拭きだして倒れていた。


「ひっ……」


 銃声とそれを操る者の奇声が嫌に響いた。

 アンナは後ずさりしながら店の奥、厨房へとよろよろと走っていこうとした。だが、何かが足に絡まると、一気に引っ張られていく。態勢を崩したアンナはそのまま硬い地面に顔をぶつけそうになったが、その体は自分を放り投げた男の死体の上に落ちるようになったので、思いの他衝撃はなかったが、べっとりとした血が顔や衣服にこびりついた瞬間、アンナは悲鳴を上げていた。


「キャホー!」


 その背後でハイエナたちの雄叫びが聞こえる。そして、また自分の体が引っ張られる感覚がすると、ズリズリと服や肘がすれていく痛みに襲われる。とっさに自分の足を見るとロープのようなものが絡まっており、それを半裸で腰巻だけつけたハイエナの男が、トラックの荷台に立って引っ張っているのが見えた。


「いや、離してよ!」


 そう叫んだ所で無駄だった。

 男はアンナを引きずりあげると、運転席付近をけ飛ばす。するとトラックはもうスピードで加速して、他の通路へと突っ込んでいく。


「へへ……」


 男の卑屈そうな笑いがアンナの耳元でした。

 ぞわっとする寒気を感じながら、アンナはその男の顔を振り払おうとするが、安定しない荷台の上で、しかもロープが足に絡まった状態では立つことも力を入れることもできず、バランスを崩したままであった。


「捕まえろ捕まえろ!」


 他のハイエナたちの声がそう叫んでいた。

 アンナの目の前では、無数の車両がロープや網、時には運転席や荷台から直接腕で自分と同じ位の少年、少女や若い大人たちを捕まえていくハイエナたちの姿があった。


(何なのよこれ!)


 街全体に絶叫が響き渡る。

 銃を乱射して、刃物を振り回すハイエナたちは、その騒動を楽しむように声を上げていた。

 アンナの目の前で常連の男の嫁がその腹を機関銃で抉られる様を見てしまった。


「うっ……」


 吐き気がこみあげてくるが、戻すことはなかった。

 だが、一度目にこびりついた光景は中々消えることもなく、アンナは自分の体が震えていることに気が付き、無意識に周囲を見渡す。


 血の海ができた広場、前回の襲撃以上に破壊された住居を視界にとらえる。まだ小さい子どもが縄でくくられて、もののようトラックの荷台に積み込まれていくのが見えた。


 暫くするとアンナの荷台にも次の被害者が放り込まれる。顔見知りの女の子だったが、顔は引きずられたせいか、頬に擦り傷ができており、鼻血も出していた。

 その少女は既に気絶しており、話せる状態ではなかった。

 そして、次々にアンナの所にも大量の若者たちが積み込まれていった。

 みな、若く多少の怪我は追っているが、死人はいないようだった。


「なんなだよぉ!」

「離して!」


 少年と少女が涙を浮かべながら叫ぶが、ハイエナの男はそれが楽しいのか、握っていたロープで荷台のふちを叩くとまた奇声を上げた。


「きっひっひっひ! 殺しゃしねぇよ!」


 涎が飛び散る。理性らしいものは感じられないが、確かに自分たちを殺すつもりはないようだった。


「へへ……へ?」


 ガクンとトラックが揺れる。男は荷台に立っていたせいで、その揺れを踏ん張ることができずに、そのまま落下する。


「ってぇ! おい、ちゃんと運転し……」


 落ちた男は腰を殴打しており、その激痛に耐えるように運転手に怒鳴り散らそうとするが、その時には彼の体は言葉を発することはなかった。


「きゃああああ!」


 荷台に乗せられた少女の一人が悲鳴を上げる。

 落下した男は頭を撃ち抜かれていたのだ。それと同時に、運転席側からも何か喚き散らすような声が聞こえ、何発もの銃声が聞こえるが、すぐに静かになる。

 アンナは他の若者たちが押し合いへし合いをする荷台の上で、なんとか身をよじらせて立ち上がると、トラックの前方を見る。


「あの人……!」


 そこにはグレイが立っていた。

 グレイは右腕をトラックのフロントガラスに突っ込んでおり、その腕でトラックの動きを封じていたのだ。運転席と助手席にいたハイエナは既に首の骨を折られているか、顔面をつぶされて絶命していた。


「なんで、生きてたの!」


 アンナが驚愕の声を上げると同時にグレイは、フロントガラスを突き破っていた右腕を引き抜き、血まみれの手を払う。左手にはハイエナから奪ったのか小さい拳銃が握られていた。

 グレイはそのまま左右を通り過ぎようとしていたトラックにむけてその拳銃を放つ。二発の弾丸は、ほぼ同時にその銃声を響かせたように聞こえた。そして、横を通り抜けていく二台のトラックの運転手は頭部を撃ち抜かれ、そのまま民家の壁に激突する。


「ね、ねぇ! 助けてくれるの!」


 両足を縛られ、バランスが取りにくいためにアンナは、一々体を何かに摺り寄せながら立つしかなかった。

 グレイはアンナの叫び声にも似た質問に対して、わずかにサングラスで隠れた視線を向けるが、答えることはなく、そのまま次の獲物を探すべく歩き始めた。


「もう!」


 自分たちの縄くらいほどいてくれていいじゃないかと文句を言いそうになったアンナだが、いう前に自分で何とかした方が速いと判断して、両足を縛る縄に手を伸ばす。だが、からまった縄は意外と硬く、しかもぎゅうぎゅう詰めの荷台では思ったよりも腕が使えなかった。


「もう! あんたたち大人しくして!」


 そんなアンナの叫びも混乱した彼らには届きはしなかった。

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