第10話 商人たち

 街へとたどり着いた商人の一団は、妙に活気のない住民に違和感を覚えたが、周囲に残るハイエナたちの傷跡を見て、ここもついに襲われたのかとだけ感じて、事情を察した。

 だが、それだけで彼らはさっさと商売の準備を始めた。そんな街はこれまでいくつも見てきたし、それがこの時代だ。一々気に留める必要もない。精々、お得意先が一個消えるだけだ。


「被害は少ないみたいだが?」


 商人の一人が呟く。ハイエナに襲われるともっと住居などが破壊されることがあるが、彼らがみた感じではそれは少なかった。

 それでも、ハイエナに襲われたのは事実だ。比較的安全な街だと思っていたが、襲われてしまったとなれば、商売する場所も考え直す必要が出てくる。彼らとてとばっちりは御免だった。


「暫くは様子を見るか」


 だが、そんな考えを表情に出すことがないあたり、彼らもプロであった。可哀想だと思うが、彼らも危険をある程度避けたいし、自分たちが優先だ。それに、これ以上この街に介入をしないでおこうと思うのも商人たちの暗黙の了解である。変に愛着を抱けば、それこそ厄介なことに巻き込まれやすくなるからだ。


「広げろ広げろ! 商品の並び方は考えろよ!」


 商人の一人は仲間のジープを広場に誘導して、荷物を降ろして露店のように商品を並べる。交換用の金品なども十分に用意したが、気を付けなければいくつかかすめ取られる。これだけは大事に腹に抱えて、死んでも渡さないつもりでいなければならない。


 缶詰や水は当たり前として、高額な甘味料も並べてある。腐っているかどうかは保証できないものだが、それでも甘味料は売れる。みな、甘いものが欲しいのだ。

 そして、こんな時代になっても女たちの好みというものは変わらないらしく、街で流行っていた衣服の売れ残りや古くなったものを並べると意外と人気が出る。


 とはいえ、それらの衣服もボロボロになっており、擦れているものが大半であった。それに、こんな砂漠では着る機会もやってこないだろう。それでも買って行く者はいるのだから不思議だ。

 あとは防塵用の装備なども売れる。これがまた高額かつ貴重で、商人たちもよっぽど金を積まれなければ売ることはない代物だ。


 それゆえに並べる必要もあまりないのだが、露店の見栄えであるとか、客寄せには十分使えるもので、このように買われない、買うことができないものをあえて見せつけておくのも商売のちょっとしたテクニックであると彼らは自負していた。

 街の住民たちも、ハイエナによる被害から一日と経って多少は落ち着きを取り戻しており、なにより待ちに待った商人たちの到着であった。無理をしてでも彼らと物品を交換したり金を手に入れる必要があったのだ。


「うちで取れた野菜なんだがよ、いくらになる!」

「そんなもん捨てとけ! 俺んところの方がいいぜ!」


 みな、思いおもいに食料や貴重品の交換を迫っていく。時としては自分の有り金で何やら好きなものを買っていく住民もいて、商人たちの店は一瞬にして繁盛する。

 必要以上に騒いでいるように見えるのは、この買い物で気分を紛らわそうという感情もあるからだ。


「ダメだダメだ。こんなんで金はやれねぇな」

「そこをなんとかしてくれよ、ツケがたまっちまう」

「それこそ俺たちにゃ関係ないね。おら、もっといいもんを出すんだよ。ちょっと、そこのおっさん、商品触ったんなら買ってけよ!」

「触ってねぇよ!」

「俺は見りゃそうかどうかわかるんだよ!」


 男たちと商人のこのやり取りなのだが、やはり口がうまく頭の回る商人たちの方が一枚上手手であり、街の男たちはせっかく用意したものを安値で買いたたかれ、その代わりに高い値段でついつい酒であるとか嫁や女たちに良い所を見せようと使いもしないものを買ってしまう。


「いいよぉあんたぁ! 惚れ直したよ!」

「おら、あんたもあたしの為になんか買ってくれないのかい!」


 それをまた、女たちは囃し立てるものだから、男たちも良い気になって、商人たちはさらにそれを煽って、商品を買わせるのだ。


「はい、合成ビールね! オオトカゲのほし肉はどうだい、スパイスは効いてないがね。買う? はい、ありがとうさん。ほらほら、嫁さんの為に都会の服を買ってやる旦那さんはいないのかね?」


 パッパッとものを売りさばいていく商人たちは、一つが売れればもう一つ新しいものを勧める。半ば有無を言わさない勢いで次々に商品を流していくと案外売れるものだ。

 それはちょっとでもいいなと思ったものを他の誰かに取られてなるものかという感情が働くからで、商人たちもわざと取り合いを煽っていく。単純な男たちはそれにまんまと引っ掛かってしまった。


「なぁ、これっていくらなんだ!」


 盛況な食料売り場と比べれば比較的落ち着いているのがこの雑貨を売る露店だ。需要がないわけではないが、優先度が低いためにのんびりとしたものだった。

 そんな露店に、オロは顔を覗かせて商品の一つを手に持っていた。


「あん? あぁ、それか。あー……いいよただでくれてやる」


 雑貨担当の商人は珍しいものを買う奴がいるなと思いながらも、その商品が見覚えない玩具だったので、どうでもよかった。仕入れた際に紛れ込んだのだろうと思って、適当にあしらっていたのだ。


「そうはいかんでしょ?」


 こういう所は、オロは真面目だ。きちんと自分の巾着袋から小銭を取りだそうとしていた。


「いいって言ってんだろ? ガキの玩具だよ、大したもんじゃねぇ」

「けど、これ宝石みたいな形してますよ?」


 オロが手に取ったのは金のメッキが施された指輪だった。その上にはカットされた宝石のような装飾品が取り付けられており、見た目だけならばそれなりの指輪に見えないこともないが、間近でよくみればメッキは剥がれているし、宝石のようなものはプラスチックで固めたものだというのがすぐにわかる。


「だから玩具だって言ってんだろ。ほしいならやる。買うなら他のもんを買え」

「ふぅん、まぁそこまでいうならもらうけどさ。じゃ、これちょうだい」


 そんなものかと納得したような顔をしたオロはそのおもちゃの指輪をポケットに入れると、適当に並んだ商品を手に取って金を払う。


「お前さんよ、妹にでもやるのか?」


 小銭を受け取りながら商人が言ってくる。

「ま、そんなもんですよね」


 オロは少しだけ顔を赤くして答えたが、商人はそれに気が付かなかった。


「ガキでもそんなもん喜ばねぇだろ?」

「それが、意外と子どもなんでウケがいいんですよ」

「安上りだな」


 商人の男はたばこに火をつけた。元から短くなった古いたばこだ。


「気持ちの問題でしょう?」


 オロはスッとそのたばこの煙を避けるように風上に移動する。商人の男もオロの方には煙を吐き出さないようにしてやった。


「ちげぇねぇ」


 意外にもこの男もロマンがわかるらしく、オロの言葉に同意した。


「けど男なら大金はたいて良い服でも買ってやるもんだぜ?」


 商人の男は、オロが指輪を買ったのを妹の為ではないなと勘づいていた。


「まだ子どもですよ。稼げる金なんてたかが知れてますから」


 オロは嫁たちにせがまれて無駄金を使う男たちを眺めて苦笑いをした。


「それに、あぁはなってほしくないですし」

「そりゃあそうだ! 女は大人しい方がいいからな!」

「あ、いや、大人しくはないんですけどね」

「なんだそりゃ、変な女を好いたんだなお前」

「いいでしょう?」


 オロはニコリと笑うと、商人に礼を言って露店の広がる広場を後にした。

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