第8話 獅子の眼光
マッダバ・ファミリーは朝早くから動いていた。
基本的に彼らは気分で行動する為に時間というものには縛られない。襲いたくなったら襲う相手を探し、腹が減れば略奪する。そういう刹那的な生き方をしている集団だ。
だが、今日はそれではいけない。相手は規則のあるカンパニーだからだ。部下たちの中にはこの規則通りに従うことに文句をいうものもいたが、珍しく機嫌の良いマッダバは、大声で彼らを説得していた。
「気に食わねぇのはわかるがよ? ちょいとばかし連中の言うことを聞いてやればお楽しみは数倍になって帰ってくるんだ。街が手にはいりゃうまい水も酒も飲み放題だ」
「女はいるのかよ!」
バイクにまたがった一人が下品な笑いを浮かべながら声を上げた。
「おうさ! 街だぞ? 何人かはくれてやらんといかんが、俺たちにだって取り分ってのがある。働いた分の数は確保するさ」
そのような算段は一切していないが、マッダバは猫背の交渉役の男をちらっと見て、黄色い歯を見せた。
猫背の男は、また卑屈な笑みを浮かべて頭を下げていた。頭領の無茶振りなのだが、断ることなどはできない。それに、彼も女は欲しい。チームの女たちはがさつで粗暴だ。彼の好みには合わないし、むこうも自分みたいな男にゃ興味はない。腕っぷしが弱いからだ。
だが、街で女を手に入れれば自分の好きにできる相手が見つかるかもしれないのだ。彼が、マッダバの無茶に従う理由はその程度のものだ。
文句を言う仲間たちも、マッダバや猫背の男の意見を聞けば首を縦に振るしかない。我慢ができずはしゃぎまわる連中もいたが、マッダバはそれを許した。
彼らは、死んだ仲間の敵討ちなどはどうでもよくなっており、もはや目先の利益だけしか頭にない。なんら具体的な案があるわけでも、信憑性があるわけでもないような話を彼らは信じていて、そんな凄いことを考える頭領はやはり一味違う、この男についていって正解だったと早くも心酔するものも増えていた。
そして、日が昇り徐々に気温が上がっていく時間。マッダバは自身のトレーラーの運転席に座り、クラクションを何度も鳴らす。それに呼応するように他二台のトレーラーもクラクションを鳴らし、周りの車両はエンジンを吹かす。ハイエナたちの奇声が砂漠の早朝を騒がした。
「時間だ! 出るぞ!」
マッダバの号令と共に車両が一斉に動き出す。砂塵を巻き上げ、総勢二〇〇人以上の集団がうなりを上げる。
目的地は怨嗟をあげる人の顔のように折り重なった廃墟である。
***
廃墟の中はかなりのスペースがあった。うまい具合に折り重なった残骸たちは、太陽の日差しと熱気を遮り、マスクやサングラスをしなくても十分な空間を提供していた。
そこに、マッダバファミリーの三台のトレーラーと護衛という形でついてきたジープとバイクがいた。
それらと対峙するように洗練されたデザイン、美しく輝く白亜のボディを持つ、マッダバたちのとはくらべものにならない程に巨大な車両が鎮座していた。それは、車両というよりはちょっとした要塞のようにも見える。マッダバのトレーラーすら踏み潰してしまいそうである。
これこそがカンパニーが所有する移動型の支所となるマシーンである。かつての文明では移動用の前線基地として扱われていた大型戦車の一つらしいが、カンパニーはそれから武装を外して、再利用して扱っているのだ。
マッダバと交渉役の猫背の男、そして数名の部下たちはその移動要塞の中に案内されると、その環境の快適さに驚いていた。
「なんだこりゃぁつるつるの床だぜ」
「扉が自動で開くのかよ!」
護衛の部下たちは口をぽかんと開けて、あたりを見渡していた。
中は、クーラーが聞いており、通路もピカピカである。それ以外は装飾もされていない面白味のない構造だったが、そこにいる面々の殆どが自分たちのような薄汚れた衣服や半裸同然の姿ではなく、きっちりとしたスーツを着た都会の人間であったのだ。
そんなものをこの砂漠で来ている奴は頭がおかしい。だが、ここのいる者たちは、この快適な環境の中で生活できるためか、そんな姿でも汗一つない。
彼らが席についた場所は、かつては簡易的な食堂として使われていた空間らしく、広かった。今では会議室の代わりであると言われたが、マッダバたちは話半分を聞き流していた。
「フンッ!」
一瞬だけ、技術や生活水準の違いに圧倒されたものの、マッダバはすぐに気を取り直し、踏ん反り変えるように用意された椅子に座りこむ。
「ヒッヘヘ!」
他の部下たちも頭領の姿を習い、ちらちらと銃を見せつけるように肩を揺らしたり、大股になっていた。
猫背の男だけはそんな態度を取ることができず、こそこそと後をついて回っていた。
暫くすると、スーツ姿の優男が何人かの部下を引き連れてやってくる。マッダバはそれを横目でにらみつけるように確認すると、わざとらしい咳をしてみせた。俺を待たせるなという態度を取ったつもりだったが、スーツの男は表情を変えず、ニコニコとしていた。
「お待たせしました」
書類を片手に優男は臆した様子もなくマッダバと対峙する。彼はこの移動支所の責任者であるユーカンスだと名乗った。
ユーカンスはマッダバたちの態度を指摘するわけでもなく、早速仕事にとりかかろうとして、書類を彼らの前に広げる。だが、マッダバたちの中に文字を読めるものはいない。それは交渉役の猫背の男も同様だった。
しかしマッダバはそれを悟られないように腕を組み続け、読む振りだけはする。
「なぁユーカンスさんよ、小難しい話はなしでいこうや」
だが、そんな演技を続けるのも面倒になったマッダバは、威勢のいい声でユーカンスに詰め寄る。
「おら!」
マッダバはおろおろとしていた猫背の男の首根っこを掴んで自分の横に座らせる。
「交渉とかは全部こいつに任せてんだ。そういう話をしたければこいつに言ってくれ」
「ど、どうも」
猫背の男はそういいながら小さく頭を下げる。
ユーカンスは眼鏡を押し上げるような仕草をすると、一枚の書類を片手に、その猫背の男に視線を向けた。
「ほぅ……そうですか、私はユーカンスです」
「う、ウーだ!」
ユーカンスはすっと猫背の男に右手を差し出す。猫背の男は、名前を名乗ってその差し出された手とユーカンスの顔を交互に見やって、おろおろとして、その手を握るが遅かった。
しかし、ウーがユーカンスと握手をすると、彼はマッダバと同じく自分が認められたのだと錯覚して、良い気になった。
「へへへ」
「フフ、よろしくお願いしますね。とはいえ、あなた方にしていただくことは以前、お話した通りです」
だが、ユーカンスはウーとの握手を早々にやめると、その視線はマッダバの方へと向けられていた。
「人を集めりゃいいんだろ?」
ユーカンスが自分を見ていることに気が付いたマッダバはそう答えた。
「はい。近頃は弊社も事業を手広くしすぎましてね。人材は多い方がよいのです。それもなるべく若く健康的な肉体が将来性もありますので」
「話はわかる」
単純な話だ。金になるのは若い人間である。そんなことぐらいは彼にだって理解は出来ている。
「まぁ、テメェらが表立ってそんなことをできねぇ立場ってのはここにいるバカどもだってわかることだ。俺たちは報酬させもらえればいいし、あんたらもさっさと都会に帰りたいものな?」
マッダバはいまだに銃を見せびらかす部下に舌打ちをして、それをやめさせると、ニヤニヤと黄色い歯をユーカンスたちに見せるように笑って見せた。
「あんたらが欲しい人数を教えてくれ、俺たちだってただ働きは御免だ」
一方、ウーは自分を差し置いて始まった交渉が面白くないので、こうやって割り込み気味に会話に入りこむ。その結論を急ぎ過ぎる態度が露骨だったが、ユーカンスは何も言わずに彼に再び視線を向ける。
「取り分……あぁ、まぁそうでうね。いくらかはあなた方に与えてもいいと思っていますよ」
「いくらとは!」
ウーは自分に与えられた役割に必至だった。
「二割……と言いたいのですが、そもそもそちらが用意する人数次第です。どれほどの人材をよこしてくれるのです?」
「街だ。街が近くにある。俺たちはそこで集めるつもりだ」
「街……?」
「砂漠の真ん中にある。俺たちもこの間知ったばかりだ」
「我々としてはどこで調達してもらっても構いませんよ。できるだけたくさんの若い人材をください」
「若いってのはどれぐらいだ? ガキか?」
「十代から二十代。性別は問いません。数が多ければ多いだけあなた方の取り分は増えるでしょうね」
「街の全員はいらねぇのか?」
ウーは、提示された条件が良いものなのか悪いものなのかが判断できなかったので、楽だと思った方法を口にした。
「将来性の問題ですよ」
「なぁユーカンスさんよ。その煙のまいたような言葉はやめてくれねぇかな」
マッダバは交渉が進まないと判断したのかウーを押しのけて入ってきた。
「簡単な話が、ガキどもなら何人でもいいんだろ? それならそうといえばいい。後の連中は俺たちの好きにさせてもらうし、街ももらう」
「街をですか? それは好きにしてもらってもいいですがね?」
「話がはえーのは好きだ。だが、俺たちだって街全部を襲うってのは難しいもんだ。そこで、あんたらも少しは手伝ってくれや。お互い、楽に仕事はしたいだろ?」
「えぇ、それはかまいませんよ。君、レオンを呼びなさい」
膝を組み、ユーカンスは背後に控えていた部下のひとりに耳打ちする。
一人が部屋から出ていくと、ユーカンスがマッダバに微笑んだ。
「実は、私どもからも同行させていただきたいものがいましてね」
先ほど外に出た部下がすぐに戻ってくる。彼は、一人の男をつき添わせていた。
その男は、二メートルはある長躯で、ごわごわとした髪が広がっており、まるでライオンの鬣のようだった。見た目は若い、二十代ごろと言ったところだが、その鋭い目つきと無駄なく引き締まった体はマッダバですらただものではないと感じさせた。
さらに特徴的なのが、この男、黄色いスーツを着こなしているのだ。一見すれば、安っぽい色合いなのだが、彼の着こなしは抜群であり、品のよいホテルマン、ビジネスマンと言っても差し支えのない姿をしていた。
「ご紹介します。彼の名はレオン。私どもご紹介できる最大の戦力です」
「なにぃ?」
マッダバは声を上げた。確かにこのレオンという男は使える男なのだろう。武器の扱いがうまいのか、殴り合いが得意なのかはさておいて、自信のある紹介をするのだから何か特技があるのだろうというのは彼にもわかる。
しかし、ユーカンスの言葉は、レオン以外の戦力は貸し出さないと言っているように聞こえたのだ。
「天下のカンパニー様が小僧一人しかよこさないってのかよ!」
「他に何かお求めで? そうなると別途料金となりますが」
ユーカンスは何を当然なといった風体だった。
「てめぇ!」
マッダバは対等なはずの交渉で相手が上から目線なのが気に入らなかった。その剛腕がユーカンスの襟首を締め上げようとした瞬間、マッダバの手首をレオンが掴む。すると、不思議な事にマッダバの腕は引くも押すもできなくなった。腕の太さだけでいえばマッダバの方が太い。当然、腕力ならばマッダバの方が上だと確信していた部下たちもそれには唖然としていた。
レオンはその鋭い眼光をマッダバに向け、彼の手首を強く握る。
「ぐぎぎ!」
猛烈な痛みがマッダバを締め上げる。そのままマッダバの腕をユーカンスから離させたレオンはマッダバを放り投げるようにして、開放する。
ユーカンスは襟を直しながら、
「やれやれ。このレオンは戦車や兵隊よりも役に立ちますよ。人を見た目で判断はしないことです」
「な、なにぃを!」
再び掴みかかろうとするマッダバだったが、それをレオンが前に出ることで制する。
「まぁ、疑うのも無理はないでしょうな。ですが、連れていけばわかりますよ」
ユーカンスは立ち上がり、レオンの肩を叩いた。
「レオン、仕事が始まったら君の力を見せてやりなさい。そうすれば、彼らも働きやすい」
「了解だ」
レオンは、意外と若い声だった。彼はカツカツと床を鳴らしながら歩くと、うずくまるマッダバにしゃがみこんで顔を覗く。
「俺は『一発』しか撃たん。だが、その『一発』で貴様らは自由に暴れられる」
そういいながらレオンはマッダバの背中をポンと軽く叩いた。
「ゲェッ!」
しかし、その衝撃は鈍器で背中を殴られたような感覚だった。鈍い痛みとしびれがマッダバを襲う。
「はっはっはっ!」
レオンはそれを見て大笑いをしながら退出していった。
マッダバの部下たちは、うめき声を上げる頭に駆け寄りどうしたらいいのかもわからず慌てふためいていた。
そして、ユーカンスも、「彼らを外にお送りしろ」とだけ部下に命じるとそのまま部屋を後にした。
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