第7話 ハイエナの巣で

 人々からハイエナと呼び恐れられている集団は、他者に馴染めない落伍者ばかりだ。それでも徒党を組むというのは、結局の所突っ張った所で生きてはいけないことを悟っているわけで、そういう者たちが身を寄せ合えばそれでもある一定の秩序のようなものが生まれる。

 だが、それは暴力が絶対の基準となってしまっている為に、集団としての中身はいがみ合いや嫌悪、他人を陥れようとする悪意に満ちたものだ。そんな荒くれ者たちをまとめ上げる頭領は必然的に知恵や知識の回るものか、それらをねじ伏せる腕

力でものを言わせる者だ。


 アンナたちの住む街を襲ったハイエナたちをまとめる頭領は、どちらかといえば後者に当たる人物であり、それに見合った大柄な体をしていた。

 マッダバ・ファミリーと名乗るこのハイエナの集団は、大型のトレーラーを三台持ち、周囲を武装したジープやバギー、バイクが囲む。

 その内の一つがマッダバ頭領の根城となっている。トレーラーのコンテナ、その中には彼が寝泊まりする空間があり、そこには数人の女が半裸同然の姿で同衾していた。

 マッダバは濃い胸毛をかきむしりながら、大いびきをかいて眠っていた。


「頭、かぁしら!」


 だが、彼の眠りはよく邪魔される。それはそもそも、まともに整備もしていないトレーラーにガタが来ている証拠でもあり、悪路を走ってしまうからでもある。

 そして、彼の眠りを妨げる最後の理由は何かあれば部下たちだ。彼らはマッダバに遠慮もせずにコンテナを叩いてはバカみたいな大声を上げるのだ。


「……!」


 マッダバは自分の右腕に抱きつく女を払いのけ、コンテナに無理やり穴をあけて作った窓を開けて、顔を覗かせる。


「なんだ」

「へっへへ」


 とにかく機嫌の悪いマッダバは短い言葉の中にも威圧を含ませることをしていた。部下の男はその言葉に肩を震わせるが、卑屈な笑い声を出してとりなそうとしている。だがマッダバとしては早く要件を言えという気分であり、コンテナの内側を拳で殴りつけた。

 ガンッという音が響いて、眠っていた女が全員飛び起きるが、マッダバはそれを一瞥するだけで黙らせて、再び部下の方へと視線を戻す。


「早く言え、俺は眠い」

「へ、へぇ! ダンダスの連中が戻らねぇんです」

「ダンダス?」

「さ、最近入ってきた連中で、ほら、何日か前に仲間を殺った連中を探させに向かわせた奴でさぁ」

「知らねぇな。覚えてねぇ」


 マッダバはこのハイエナを仕切る頭であるのは間違いないが、部下たちの顔を一々覚えてやるつもりは全くない。

 ダンダスとは、アンナたちの街で暴れたハイエナだが、マッダバはそんな奴がいたという記憶すらなかったのだ。

 確かに最近妙にメンバーが増えたような気もするが、従うならそれでよし、はむかうなら潰す。使えるなら覚えてやってもいいし、使えないならのたれ死ぬだけだ。ある意味では彼のチームは実力主義であり、規律などあってないようなものだが、結果的にはそれで何とかチームを維持している。


「んで、そのダンダスって奴が戻らねぇってのは?」

「近くに街を見つけました。そこに向かわせたんですが、戻らねぇんです」

「チッ……」


 マッダバはむくりと立ち上がると、その辺に脱ぎ捨てた革のジャケットを直に羽織る。女たちを足でどけながら、コンテナのハッチを開くと、夜の砂漠の寒気が汗で濡れた体に突き刺さった。

 部下の男は、マッダバがコンテナから出る前にそこに移動していた。猫背のひょろ長い男だが、面倒な調整役に使っている男だ。


「ジープ一台貸してやったんですがね? まさかそれもって逃げたってことはないと思いますが」

「その見つけた街でうまいことやってんならあとで締め上げればいい」

「そりゃあ……」


 部下は何度も頭を下げて、マッダバの意見に賛同していた。逆らえば拳が飛んでくるからだ。


「しかし街か……それなりに人間はいるんだろうな」

「そこまでは……ですがこんな砂漠のど真ん中の街です。もしかしたら浄水器があるかも」

「フンッ……いいな」


 ハイエナにとっても水は貴重品だ。彼らにも簡易的な小型の浄水器というものはある。基本的にはろ過する程度のものだが、これでもあるとないとでは違ってくるのだ。それでもやはり巨大設備としての浄水器は喉から手が出る程に欲しいものだった。


「襲いますか?」

「あたりめぇだ。だが、まだだ。じきにカンパニーの連中が取引に来る。連中は人を欲しがってるからな」

「連中を頼るんですかい?」

「いいか、俺たちだって楽してぇんだよ。そりゃあ俺たちはドンパチするのが仕事だ。だがな、そろそろ俺だってベッドで寝てぇんだよ。明日の水をやりくりする仕事はおめぇも飽きただろう?」


 マッダバはにひょろ長い男の首根っこを掴んで引き寄せながら、やっと黄色い歯を見せて笑った。

 首を絞められ息苦しいのだが、マッダバが笑うのであれば、部下もそれにつられて小さく笑う。


「カンパニーの連中だって同じさ。さっさと仕事をして涼しい都会に帰りたいに決まってる。ならよ、向うにも手伝ってもらって、街の住人を売りさばいて俺たちは街を手に入れる。そうすりゃお互いにハッピーってなもんだ」

「街を!」

「おうさ、街持ちのハイエナなんざいやしねぇ。だがよ、カンパニーの兵器を使えば街の一つは手に入るはずだぜ?」

「連中が兵器、出しますかね?」

「それを出させるようにするのがテメェの仕事だろうが」


 マッダバは部下の背中を力強く叩きつける。部下は「ギャッ!」と潰れた声を出してその場にうずくまってしまう。


「明日、連中が指定した廃墟で話し合いだ。時間までに言葉考えとけよ」


 マッダバはそれだけいうとまた、コンテナの中に戻っていった。

 すり寄ってくる女たちを払いのけて、奥に置かれた形が崩れたソファーに座りこむと、転がっているステンレスの水筒を手に取り、中の酒を飲み干す。


「街が手に入るってこったぁ拠点ができるってことだ。居城を構えるってのは余裕ができる」


 マッダバは力任せの男だが、意外に頭も回る。だが、それは粗暴なハイエナの中にしては、という例外であり、結局の所は机上の空論ですら、実現できると考える単純な男なのだ。

 彼は、街が手に入れば、そこを基点にして他の街にも進出できると考えているし、商人とだってやり取りができるとすら思っている。


 実際は、街の維持運営などやったこともないし、そんなものがあるだなんて発想もない。基本的に面倒なことは部下に任せてきたし、それでこのチームも成り立ってきた。土台の違いというものを理解できていないマッダバは、それこそ何とかなるというバカげた妄想を本気で楽しんでいるのだ。


 しかし、マッダバがそこまで調子に乗るのにだって、理由はある。それはカンパニーの存在だ。

 カンパニーとは様々な都会に支部を置く大企業だ。荒廃したこの時代の中でもかつての文明のいくつかを維持しているカンパニーはそれだけで巨大な組織だ。

 そんな巨大な組織が自分たちと交渉を持ちかけてくる。それだけでもマッダバは自分が彼らと同等の立場でものが言えるのだと増長したのだ。


「それによ、カンパニーの連中に貸しを作れば都会にだってまた戻れる。そうなりゃ肉や酒だって」


 カンパニーが人を欲しがる理由はマッダバでも理解はできている。ようは労働力が欲しいのだろう。カンパニーは確かに巨大な企業であり、組織だがそれと比例してよくない噂も聞く。

 だが、そんな噂などマッダバには関係がないし、彼にしてみればそんな連中が自分たちを頼るということだけが気持ちがいいのだ。


「土台ができりゃ商売だってできる。なら俺だってスーツの一つぐらい羽織る男になれるってなもんだ」


 その独り言は、ニヤニヤとした表情も相まってか、屈強なマッダバを奇妙に見せた。

 マッダバはカンパニーの人間が着るスーツを自分がつかうかもしれないという妄想にふけった。

 コロコロと変わる妄想をひとしきり楽しんだマッダバはそのまま眠りについた。

 明日の取引は示しを付けなければならないからだ。

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