第十五話 少女
「行かねぇよ! さっさと行ってこい!!」
少ししてカノが帰ってくると、ノリコは水浴びをすると言い、カノを引っ張って木の奥へと消えていった。捕らえた盗賊団はノリコの魔法で眠らせて木に縛りつけてある。明日の朝警備軍に引き渡す予定である。
「女ってやつはめんどくせぇよな」
「そう言うなよ。大変なんだから」
「なんだよ。お前。味方して気に入られようってのか?」
「そんなんじゃないから!!」
「ハハ、冗談だよ。女はめんどくせぇからこそ綺麗なんだろ?」
「お前なぁ……」
「よし! 覗きに行くか!」
「行かねぇし、行かせねぇよ!?」
行けばおそらく命はないだろう。ノリコはそれほど本気だった。自分の命は惜しいし、止めないほどロクロウのことをどうでもいいとは思っていない。
「なんだよつれねぇな。女の水浴びを覗きに行かないとか男が廃るぜ!」
「その程度で廃れるなら勝手に廃れてろ!」
平行線のまま口論を続けていると、二人の去った方からガサガサと気がゆらされる音がする。オレたちの口論は止まり、視線がそちらへ向く。
「まったく。うるさいわよ」
「うわっ! もう戻ってきたのかよ! お前のせいで見損ねちまったじゃねぇかチヒロ!」
「あんたねぇ……全部聞こえてたのよ?」
ノリコは笑顔だが、目が笑ってない上に後ろにオーラというやつだろうか、なにか凄まじいモノが見える。
「サンダー!」
満天の星空が一瞬曇ってロクロウのすぐ傍に雷が落ちる。
「……へ?」
「いい? 次は当てるから」
ノリコを絶対に怒らせてはいけない。そう確認した。
「一体何事です!? ロクロウ様!?」
「ちょっとした制裁よ。悪いのは全部そいつなんだから」
「またあなた様はなにをやらかしたんですか……」
すべてを悟ったように呆れるキヨミチにこういうことは慣れてるのかと苦笑が漏れる。
「いやぁ、ちょっとした冗談で……な?」
「まったく……笑えない冗談は冗談に入りませんからね。さて、みなさん。夕飯の準備が整いました。カノさんが取ってきて下さった山菜で予定よりしっかり食べれそうですよ」
その場の空気を断ち切るように放たれたキヨミチの明るい声に空腹を思い出す。
「そういえばお腹空いたな」
「……ご飯」
夕飯は保存食と山菜のわりには豪勢だった。食べていくうちにいくつかのメニューに同じ材料が使ってあるのを見つけ、キヨミチの腕前に感謝する。オレも一人で暮らしていたこともあり料理ができない訳では無いが、レパートリー自体はそう多くない。これはキヨミチの知識がなせる技だろう。
「さて、片付けも終わりましたし、私は少し鍛錬に行ってまいります」
「チヒロ! お前も一緒に行って鍛えてもらえよ」
「えっ? あー、えっと……一緒に行ってもいい?」
「えぇ。もちろんです」
「ダメよ! 夜の山は危険だわ!」
「大丈夫です。慣れてますから」
「あなたはよくてもそこの村人が……! いいわ。何言っても聞かないんでしょう。キャンドル」
ノリコの呪文に狐火のような炎がいくつか宙に浮かぶ。オレの安全のためにだろう。
「何もないよりはマシでしょう」
「あ、ありがとう」
「では行きましょうか」
いくらか走り込みをしたあとは元いた場所が見えるあたりまで戻ってきて素振りを始めた。その前に一度水分補給に戻った時にはノリコは本を読み、ロクロウとカノは眠っていた。そう時間は経っていないはずなんだけど。
キヨミチは自分の素振りをほとんどせずにオレの修正ばかりしていた。そんな振り方じゃ怪我をするだとか、筋肉の使い方が下手だとか、効率が悪いだとか。乗馬の時もそうだったが、的確で分かりやすいアドバイスをくれる。たまに入れる見本がなおさらわかりやすい。できないオレに根気強く付き合ってくれる。それがありがたく、どこか懐かしい気がした。オレはキヨミチの剣を知っている。オレたちが出会うずっと前から。そんな気がしてならなかった。
「……おにいちゃん」
どこから来たのだろう。小さな女の子がオレの服の裾を引っ張って声をかけてきた。
「うわっ! びっくりした!」
「どうしたの、お嬢さん
「あのね、迷子になっちゃったの……」
優しく尋ねたキヨミチに不安そうに俯いて答える少女。手にはより力がこもっている。
「……迷子? こんなところで?」
「私にも分かりかねます……とりあえず、ここにいては危険なので連れて戻りましょうか」
オレたちは鍛錬を中断し、少女と一緒に仲間たちのもとへと戻った。
「あら、もう終わり?」
「えぇ。少々問題がありまして……」
「……問題?」
「この子なんだけど……」
訝しげな顔をするノリコにオレの影に隠れていた少女を見せる。すると、ノリコの表情がより曇った。
「その子……」
「……人じゃない……多分」
寝ていたはずのカノがしっかりと少女を見つめていた。
人じゃない? どう見ても人だ。少女のどこが人じゃないと言うのだろうか。
「……私が盗賊団の中に見たのもその子よ。なるほど。人じゃない、ね……」
「人じゃないってどういう……」
「おそらく……魔王の手下。使い魔ね」
「ちぇー。もうバレちゃったかぁ」
先ほどの不安げな様子から打って変わって、イタズラが失敗したかのような声を上げた。まるですべてが計算だったように。
「バレちゃったら仕方ない。こんな疲れることずっとやってられないし」
少女にコウモリのような羽と細くゆらゆらと動く尻尾が生える。その姿はたしかに人ではなかったが、人型の魔物は初めて見た。
「んー。全員壊しちゃおうかと思ってたけど、やーめた。人に手出したら魔王さまに怒られちゃうし、見逃してあげる!」
「ねぇ、魔王ってどこにいるの?」
「いいよ。気に入ったから教えてあげる! えーっとね、すぐだよ」
「すぐ?」
「うん、すぐ。ほらあそこ」
少女が指さした先。そこには僅かに城の先のような影が見える。
「へ? あそ……こ?」
「思ったより近かったようですね」
「なによそれ……ほんとに合ってるんでしょう……あれ? いない?」
オレたちの視線が城に集まっている間に少女は姿を消していた。少女が言ったことが本当なのか嘘なのかは明日になればわかること。オレたちは眠りについた。
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