第十二話 盗賊
少し進み、ちょうどいい開けたところを見つけた。近くにある小川の水は透き通っていて、飲んでもさほど問題は無いだろうとのことだった。そこで焚き火をくべ、その周りを囲む。ようやく休憩ということもあり、みんなの顔には安堵の表情が浮かんでいる。安らいだオレたちがぽつりぽつりと話し出した内容は、安心からか自ずと危機感の無いものになる。
「私は孤児でしたが、騎士団団長に拾われ、ロクロウ様に仕えさせていただいております。とても光栄なことですよ」
「キヨミチさんも両親がいないんだ」
「『も』ってことはチヒロもなのか?」
「オレはある程度成長してからだけどね。小さい村だから村人全員が家族みたいなものだけど」
「素敵ですね。私も団長をはじめ、みなさんが家族のように接してくださいますのでお気持ちはよく分かります」
「そんなもんなのか。カノも出生不明だしな。そういや、ノリコはどうなんだよ。なんでアイツといるんだ?」
オレたちの輪から少し外れたところで魔導書を読んでいたノリコが顔を上げ、オレたち三人の顔を見たあと本をゆっくりと閉じた。カノは絶賛森の中を駆け回り中だ。
「私はノーブルエンペリアに生まれた。北に位置する雪や氷で覆われたそこは植物や動物はそう多くない分、世界有数の魔法国家で、どういうわけか国民も魔力が高く生まれつき魔法が使える者が多いの。私の父は優秀な魔道戦士だったらしい。でも、生まれた私は魔力が全くなかった。その責任はすべて母に降りかかり、母はストレスと元から体が弱かったこともあり、病を患ったの。それでも村の人は誰も助けてくれない。むしろ母や私を貶めるばかりだった。それでも村から少し離れたところで二人で幸せに暮らしていたの。だけど、母の病は重くなり、とうとう残り時間が僅かになった。その頃よ。サラ様と出会ったのは。あの頃のサラ様は旅をしていて、回復魔法も今ほど長けていなかった。残り短い母は私を彼に預けたの。それから私はサラ様の元で修行を始め、彼は回復魔法の強化を始めた。まだ幼い私を連れて長距離を旅するわけにもいかず、彼はちょうどいいところに居を構えたの。それがあの村の近くよ」
ノーブルエンペリア。大陸を支配する四大国の一つだ。他にも小国はいくつかあるが基本的には四大国が権力を握っているらしい。オレたちが住むのは西のグローリアダイナだ。
「…………ノーブルエンペリアでそんな事があったとは……」
村人から愛されて育ったオレにはとうてい理解できなかった。他人から貶められるということが。それも自らどうしようもないことで。世界にはそんな人がいることは分かっているつもりだった。それでも、実際に話を聞いてなにも分かっていなかったことがわかった。ノリコのそう長くはない過去の壮絶なエピソードにオレは自らがとても幸福であったことを知った。
「何も珍しいことじゃないわ。こんなこと良くあること。むしろサラ様に拾ってもらえた私は幸せで、母に最期まで愛されていた私は幸せなのよ。私の話は以上」
言葉の通りもうなにも聞かないとでもいうようにノリコは魔導書を再び開く。オレたち三人の間をただ思い沈黙が支配する。それはどれくらいだっただろうか。十分だったかもしれないし、一分にも満たなかったのかもしれない。それでも、オレには長く感じられた。王子としてノリコの話を社会問題として重く受け止め考えたのであろうロクロウが真剣な顔で口を開こうとしたその瞬間だった。
木がガサガサと揺れる。カノだろうと全員の視線がそこに集まった。だが、そこから出てきたのはカノではなかった。
「ヨォ、そこの坊ちゃんたち。有り金全部出せよ。出したら手荒なことはしねぇからさ」
汚い笑い声を上げながら現れたのは初めて見る男。みすぼらしい格好から恐らく盗賊の類だろうか。
「誰がテメェらなんかに渡すかよ!」
ロクロウが勢いよく切った啖呵に男はニヤリと笑った。
「なら仕方ねぇな。お前らやっちまえ!」
その声に反応して、周りから色んな男たちが飛び出してくる。ロクロウ、キヨミチが素早く剣を構え、ノリコが立ち上がって鋭い視線を向ける。オレも戦おうと剣を手に取ろうとした。しかし、それはかなわなかった。
「チヒロが剣を抜く必要は無いわ! 人相手に手加減の出来ない奴なんていらない!」
「先ほどの戦いで疲れておいででしょう。私たちにおまかせください」
「つーことだから、大人しくしてろよ!」
三人が口々に止めたからだ。オレは抜こうとした剣を抱え、敵からより遠い位置、焚き火に近づく。ロクロウとキヨミチの峰打ちによって盗賊たちの腕や足が折れる音が聞こえる。対人戦。初めて聞いたその音に背筋がゾクッと冷えた。
「インジェイル!」
鋭く響いた声の先では幾人かの動きがぴたりと止まっている。
「早く縛って!」
ノリコの声でハッとし、慌てて男たちを縛り上げる。男達に掲げていた手を下ろしたノリコは肩で息をしながら次のターゲットへと術をかける。
三人の活躍により、あっという間に盗賊団を捕らえた。
「あれ……一人……」
「ノリコさん!」
突如倒れたノリコにキヨミチが駆け寄る。ノリコは蒼白い顔で浅い呼吸を繰り返した。
「大……丈夫…………ただの……魔力不足……だから……すぐに……治る…………それより……一人……逃した……」
「えっ?」
「幼い……少女……」
「少女? それぐらいいいじゃねぇか」
「……だめ……」
「仕方ねぇな。お前ら、仲間に女児がいんのか?」
盗賊たちは一斉に首を横に振る。
「おかしいわ! そんなはず、ゴホッゴホッ」
「無理をなさらないでください。この者たちは逃げられません。後でゆっくり聞けばいいでしょう」
「……ハァ……ハァ……だめ……魔術師の……勘…………なにか……起こる……ゴホッ」
「とりあえずお前喋んな! 話進まねぇだろ! さっさと治せ!」
ロクロウの言葉にノリコはポーチの中へとおもむろに手を突っ込み、何かを取り出した。それはきらきらと輝く宝石のようにも見える小さなつぶ状のなにかだった。そして、それを口へと入れて飲み込んだ。すると、少しの後、ノリコの顔色は元の入れへと戻っていき、呼吸も正常になる。
元の調子に戻ったノリコが盗賊団を問い詰めたが、答えは知らないであった。男所帯のここに少女がいるはずが無い。そう説き伏せられ、ノリコは渋々といった体で引き下がった。これが後に大変なこととなるとは、このときのオレたちは知る由もなかった。
「ふふふ、骨のありそうなヤツらみーっけ!」
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