第十一話 目覚め
「えーと……ノリコ……さん?」
「……なによ」
「その……それは?」
旅を始め、オレは一つノリコに疑問を抱いた。突然ローブの下のポーチの中に手を突っ込んだかと思うと、取り出したのはポーチよりも大きく分厚い本だった。そして、その本が、浮いた。言うなれば魔法の箒の代わりというとこだろう。さらにノリコはその本に座り、優雅に浮いている。ほんと羨ましい。
「魔法よ。馬に徒歩で追いつけると思ってるわけ? 愚かね」
「魔法って……そんなにほいほい使っていいものなの?」
「魔法を使わなくて何が魔術師よ。これは私たち魔術師の特権なの。これぐらい魔力の消費もないに等しいし」
「おーい! なにやってんだよ、チヒロ! ノリコ! 置いてくぞ!」
先を行くロクロウが振り返り、叫ぶ。それによってオレたちの会話は終止符を打たれた。
「ちょっ、速いって! オレ乗馬ほぼ初心者なんだぞ!」
「そんな悠長なこと言ってられるかよ。このままだと魔物が多い地域で野宿するハメになるだろ」
オレとともに呼ばれたノリコは涼しい顔で加速し、ロクロウたちに追いつく。本当に羨ましい。オレも馬よりあっちがいい。
馬にまだ不慣れなオレに合わせた旅は予定より遅いものになったらしく、日が傾き始めた。そろそろ森に差し掛かり、日が暮れると危険だと判断したその時だった。オレたちの前には村に現れたよりも多い数の魔物が現れる。今までも道中で時折出くわしたが、数も見た目も比じゃない。逆にそれが魔王に近づいている証拠とも思える程だった。
「ま、魔物!? 無理無理! 絶対こんなのに勝てないって!!」
「ごちゃごちゃ言ってる暇あんなら応戦しないとやられんぞ!」
腰が引けてしまっている俺と魔物の間に立ち塞がり、ロクロウが応戦する。周りではキヨミチが美しく逞しい洗練された剣さばきを、カノが勇ましく滑らかな鍛え抜かれた蹴りを、ノリコぱらぱらと勝手にめくれる分厚い本を片手に鋭く詠唱を唱える。
オレ以外が戦っている。
オレは、なんだ。
オレは、仮にも勇者だ。
じゃあオレは今何をしている。
そう思った瞬間、緊張が解れ、手に力が籠る。オレのせいで巻き込んだんだ。オレが腰抜けでいいはずがない。
「うぉぉおおおおおお!!」
いきなり声を上げたオレに一斉に視線が集まる。オレは剣を無我夢中で払った。ロクロウよりずっと腰抜けで、キヨミチよりずっと拙くて、カノよりずっと遅くて、ノリコよりずっと攻撃範囲が狭い。この中の誰よりも弱いことは分かっている。それでも動かないなんて選択肢はなかった。
「チヒロさん!」
キヨミチの声にハッとする。振り返ると、オレの目の前に魔物が迫っていた。
怖い。やられる。
「ふぁいやー!!」
突如どこからか声が響き、辺りが火に囲まれる。魔物が一掃される。それはいい。だが、ここは森の近くだ。弾けた火の粉が周りの草木に火をつける。火はあっという間に――
「レイン!」
降り出した雨が火を鎮める。雨雲は火が消えるとすぐになくなり、美しい夕焼けがオレたちを包み込む。
雨を降らせたのはノリコだ。じゃあ、火を出したのは――
「はぁ……チヒロ」
初めてノリコに名を呼ばれたことに驚き反応が遅れる。
「……な、なに……」
「さっきの、石族でしょう。えらく危ない子を選んだのね」
「……はぁ?」
「ファイヤーは初級魔法。だけど、あれほどの威力を出せる者はなかなかいないのよ。それに、その様子だと全く把握してないんでしょう? いつ発動するかわからない魔法。今回はたまたま上手くいったけど、集団戦闘においてあまりにも危険よ」
そんなことを言われてもオレは全く分かっていない。ただ一つ。さっきの火はオレの懐にある石族による仕業らしい。
石族を取り出す。しかし、ただの石にしか見えない。本当にコイツがアレをやったのか。
「本当に変わってる。ここまで眠り続ける石族なんていないわよ。今まで一度も目覚めなかったんでしょう。あまりにも未知数よ」
「じゃあ、どうしたら……」
「……そうね……」
オレはノリコが差し出した手の上にそれを乗せた。ノリコは夕日に透かすようにその石を見たあと、一瞬息を飲んだ。そして、オレの手の上に戻す。
「なんでもないわ。これは、あなたが持っているべきね。フォローは私がすればいいのよ」
「でも、さっきみたいに倒れるんじゃ……」
「あれぐらいで驚かれてちゃ困るわ。私にとってあの程度日常茶飯事よ。私は魔力がそれほど高くないからね」
「なら余計に……」
「いいの。はい。この話はおしまい。この時間からだと森の中で野宿ね。あーやだやだ」
ノリコは話は終わったとばかりにオレから離れる。オレは結局なにも理解できなかった。
「ここでは野宿も出来ません。もう少し開けたところを探しましょう」
キヨミチに続いてみんなが馬を引き連れて森を奥へと進んでいく。ノリコはやっぱり飛んでるけど。
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