第十話 魔道士
二夜の野宿を経て、オレたちは次の町へとたどり着いた。管轄としては隣国に属するこの町は、オレの村ほどじゃないにしろそれほど大きいわけではなかった。
「どうしてこの村に?」
「とある噂を聞きまして」
「噂?」
「なんでも腕利きの魔道士がいるそうで。魔王のことをなにかご存知ないかと思いまして」
「腕利きの魔道士? 名前は?」
「名はサラ。隣国一番の魔道士という情報しかあいにくですが……」
つまり、名前を頼りに地道に探すしかないということか。
「とりあえず、宿を確保しよう」
「いくつか目星は付けています。すぐに空きを調べてきます」
そう言うとキヨミチは町の中へと駆けていった。数分後、宿を一週間分確保できたと戻ってきた。そして、馬を宿へと預けたオレたちはさっそく聞き込みを始めた。
「あぁ、魔道士様なら度々この町に来られるよ。優しく穏やかな方でな、あの方を見ただけで疲れが吹っ飛ぶようだよ」
「魔道士様? それはそれは素敵な方よ。あれほど美しい方はめったにいらっしゃらないわ」
「幼い頃から知ってるからねぇ、可愛らしい方だよ。孫のようなものさね」
「魔道士様は偉大な方ですわ。まさに現世に降り立たれた天使様。あのお方こそ神の使いにございます」
町の住人からの評判はどれもいいものばかりだった。美しく、偉大で、可愛らしい。どんな人だろうかと想像が膨らむばかりだ。
「なかなか想像つかねぇな」
「そうだね。評判はいいみたいだけど」
「旅のお方。魔道士様のことを探していらっしゃるのですか?」
夕飯時、声をかけてきたのは宿の看板娘であった。
「なにかご存知ですか?」
「えぇ。魔道士様は素晴らしい方ですが……明日いらっしゃいますよ? 数日に一度町に来てケガ人や病人を診られるのです」
「明日!? ならこんなにあちこち聞き回る必要なかったじゃねぇか」
「申し訳ありません。私の情報収集不足です」
「まぁまぁ、会える目度が付いたんだし、よかったよね。教えてくださってありがとうございます、お嬢さん」
「……おいしい」
「いえいえ、必死に探されていらっしゃったようですので、お役に立ててよかったです。ではごゆっくり」
それだけをわざわざ告げに来たのか、娘はすぐに他の宿泊客の対応に当たった。
「これでなんも気にせずに寝られるな」
「……おかわり」
「ほんとによく食べるね、カノ」
「……食べるの……好き」
オレたち三人分よりも多いんじゃないかと思うほどの量を一人で食べるカノに見てるこっちが胸焼けを起こしそうだった。
そして食事後、入浴等を済ませ、オレは一つの扉をノックした。
「ロクロウ?」
「おっ、来たな。入れよ」
「おじゃまします……あれ? キヨミチも……」
「私はロクロウ様と同室です。護衛のために常に傍に仕えている必要がありますゆえ」
「俺の護衛なんかしてたら休めないだろって言ってんのに聞きゃしねぇんだよ。城の兵士はだいたいそうだけどさ。で、お前を呼び出したのは他でもねぇ。魔道士についてどう思うかだ」
「どうって?」
「今日色々話聞いただろ? で、どう思う?」
「そりゃあ、いい人だろう?」
商人からも農民からも修道女からも評判のいい人物。悪い人じゃないだろう。けれど、あまりにも情報が偏りすぎていてその程度しか分からない。
「ちげぇよ。んなことは分かってんだ。じゃなくて、話聞いてる限り、多分女だろ? 優しくて綺麗って、どんな女なんだろうなって」
王子に対して失礼だろうがこうはっきりと言いきれる。
コイツバカだ。ユーリ以上のバカだ。
オレたちは魔王の情報を聞くために魔道士に会うんだよな?
コイツは何を考えているのだろうか。
「……お前、何言ってんの?」
「お前だって男なんだから考えるだろ? 初めて会う女がどんないい女かって。キヨミチはこんな話全くしてくれねぇしさぁ。お前しかいねぇんだよ」
「いや、オレをなんだと思ってんの? そんなこと考えてないから。普通は考えないから」
「ハァ!? 考えねぇの!? もったいねぇな。何が楽しくて生きてんだよ」
「お前の楽しみはそれかよ……どんな重大な話かと思って損した」
「男にとってこれ程重大な事があるか!? いや、ないな!!」
「……もう帰っていいか」
「ふざけんな! こうなったらもういい! 無理矢理でも付き合ってもらうぞ」
こうしてオレは一晩中ロクロウのつまらない女談義を聞くこととなった。
翌日、魔道士が広場に来ると聞いたオレたちは広場に向かった。
「お前のせいで眠いんだけど……」
「大丈夫だ。俺も眠い」
「なんのフォローにもなってないからな!」
もうすぐ来るらしいと聞いてきたはいいが、到着した時にはまだいなかった。
そのまま待つこと数十分後、黒いローブを纏い、フードを被った人物が一人やって来た。片手に分厚い本を抱え、もう片方で大きなトランクを持つその姿はまさに魔術師のそれであった。
「……あれは絶対女だな」
「もうそれはいいだろ! さっさと声掛けに行くよ」
オレたちは広場の噴水に荷物を置いてトランクを広げだしたその人物に近づき、声をかけた。
振り返った時にふわりとフードが外れ、長い美しい髪とそれに見合う美貌が現れる。確かに女性であった。
「あなたたちは?」
明らかに敵意むき出しな冷淡な声で問いかける。顔を訝しげに歪められている。
「私どもは旅をしておりまして、この国一番の魔道士であらせられるサラ様の噂を伺いまして、少しお話がしたく参りました」
「そう……人に頼み事をする前にまず自己紹介をなさるのが筋じゃなくて?」
「申し訳ございません。その通りにごさいます。申し遅れましたが、私はキヨミチと申します」
「ロクロウだ」
「ち、チヒロです」
「……カノ」
「そう。サラ様ならもうすぐ来られるわ。お待ちなさい」
「えっ? じゃあ、あなたは?」
「私の名はノリコ。サラ様の弟子で、私はサラ様と違ってまだ魔術師よ」
魔術師。魔道士は魔術師の中でもさらに上位の者に与えられる称号だと聞いたことがある。
「あの方はお人好しだから街に入った途端いろんな人に捕まるのよ。私は先に来て用意をするのが役目。ほら、いらしたわ」
「ノリコ〜。ごめんね〜」
「構いません。用意は済みましたよ」
「ありがとねぇ。あれ? この人たちは?」
「旅のお方です。サラ様を訪ねてこられたそうですよ」
「わざわざボクなんかのために? お役に立てると嬉しいな」
「サラ様。まずは町の者たちを」
彼を頼る町の人によってすぐに行列ができる。小さな傷から、家族に運ばれてくる病人まで様々な者が癒されていく。初めからなかったかのような傷や病気に、尊敬を通り越して恐れを抱く。
「チヒロ」
「なに?」
「女じゃなかったな」
魔道士サラはメガネをかけた優しげな男であった。色素の薄い髪と目。整った顔立ち。おっとりとした言動。それらは何一つとっても人々を刺激するものはなく、あれだけ評判がいいのも納得のものであった。
「お前が勝手に想像してたんだろ」
「いやぁ、あんなん聞いたら女だと思うだろ普通……でも、弟子の方」
「それ以上言わなくていいから」
「ちげぇよ! 見たことあるんだよ」
「……夢、か?」
「あぁ。お前は? なんか感じねぇの?」
「……感じないわけじゃないけど、よく分からないんだ」
「ふーん……まぁ、なんか感じるんだろ? 多分、アイツも俺たちと同類なんだよ」
「剣が持てるってことか」
「そういうこと。ってことだから、チヒロ行ってこい!」
「ハァ!?」
オレはわけも分からないまま蹴られ、魔道士の補佐をしていた魔術師、ノリコの前へと転び、剣を投げ出した。
「なんなんですか、あなたたちは。サラ様がわざわざ時間を取るとおっしゃっていらっしゃるのに何が不満なのです? 邪魔をしないでくださるかしら」
「す、すみません! わざとじゃないんです! ほんとごめんなさい!」
「さっさとどこかへ行ってちょうだい。こんな所にいられても目障りよ」
「すみませんねぇ。コイツおっちょこちょいで。あっ、そこの剣取ってやってくれません?」
彼女は自分の足元に転がる剣に手を伸ばし、持ち上げようとしてまた下に置いた。
確かに剣には触れていた。では、なぜ渡さないのか。
「私には持てません。自身でお取りなさい」
そう言うと彼女は剣から離れ、意識を完全にオレたちから住人へと移した。オレは落とした剣を取り、腰に差し直す。
「見事に飛んでいったな。ナイスだったぜ」
「お前……剣が無かったらオレ転んだだけじゃん。どうする気だったんだよ」
「そこは? 結果オーライってことで。上手くいったんだからいいだろ?」
「何も考えてなかっただろ……」
「これでここに居座るわけにもいかねぇし、どっかブラブラするか」
「……お腹空いた」
その後カノの一声により広場の見える料理屋に移動したオレたちが再び広場に戻ってきたのは二時間後だった。
「あれ? おかえりなさい。待たせてごめんね」
広場に戻ると、治療を終えた魔道士が笑顔で迎えた。ノリコは隣で鬱陶しそうに顔を背けた。
「いえ、こちらこそ貴重な時間をいただき光栄です」
「それで、ボクに何の用かな。どこかケガでもしてるの?」
「いえ、そうではなく……私どもが伺いたいのは、魔王についてのことです」
「へぇ……隣国の皇太子にその側近、凄腕の格闘家と一村人で魔王を倒す気なんだね。うん。いいと思うよ」
「……どうして我々のことを……」
恐る恐る尋ねたキヨミチに、魔道士は笑って答える。
「ボクね、視えるんだよ。その人の出身や育ち、性格から、現在の健康状況なんかも全部。少しでも抑えるためにこれ、両眼硝子を掛けてるんだ。ちょっと特殊な術を掛けててね。随分違うんだよ」
「それはなんと便利な……」
「それほどいいものでもないんだけどね。さて、話が反れたね。確か、魔王の居場所だったかな?」
「はい」
「ちょうど良かった。最近やっと成功してね。魔王の居場所がもう少しで掴めそうなんだ」
「もう少しで、と言いますと?」
「まだ正確じゃない。というより、魔王の方向へ導くものなんだ。自身が近づかなければ詳しいことはわからない」
「ふーん。面白そうじゃん。で、ここからだとどんな感じなんだよ」
今まで黙っていたロクロウが口を挟む。魔道士様とまで言われている人にそんな口のきき方をしていいのかとハラハラしたが、魔道士が気にした様子はなかった。
ノリコからは鋭い睨みつけるような視線が突き刺さったが。
「ここからだと方角は北西。それぐらいしかわからないんだ」
魔道士はコンパスのような装置を取り出した。普通のコンパスより複雑なそれはオレにはとうてい仕組みが分かるようなものではなかったが、いくつかの術がかけられている事は発せられる光から窺えた。
「それがありゃあ、魔王の所に行けんじゃん」
「それがね、まだ開発したばかりで完全とは言い難いんだ。魔法式を組み合わせて新しいものを作ったから、他の魔道士、魔術師が復元するにも元通りになる保証はないし、壊れた時はただの骨折り損になるんじゃないかな」
「そんなに複雑なもんなのか……魔法式軽く齧ってるけど全くわかんねぇのはそういうわけか」
「サラ様の魔法をそう簡単に理解できるはずがないわ。この方ほどの魔道士は世界中探したってほんの一握りですもの」
「あぁ。いるじゃないか。この魔法式をすぐさま書ける人物が」
思い出したかのように声を上げた魔道士にノリコも含め全員が首を傾げる。
「それはどういうことですか?」
「いるんだよ。ボクの魔法式を全て覚えている子が。ここにね」
魔道士はノリコへと顔を向ける。ノリコは一瞬意味がわからないかのようにぽかんとした後、慌てだした。
「た、確かにサラ様の魔法式はすべて書き留めておりますが、私には到底出来ません!」
「キミなら大丈夫だよ。ボクの唯一の弟子がそんなに弱気でどうするの?」
「ですが! 私は魔力が!」
「大丈夫。絶対上手くいくよ。キミなら大丈夫だ。それにね、きっとキミにとっていい経験になるよ。ずっとボクの傍にいたんだ。離れてみるのもいいと思うよ」
「私は……サラ様のお傍を離れたくありません」
「ノリコ。一度はここ以外も見るべきだ。その経験が糧になる。ボクだって、昔はあちこちを飛び回っていたんだ。こんな狭い所に閉じこもってちゃもったいないよ。それにね、なにも一生の別れじゃないんだ。いろんなところを見て、いろんな人と触れ合って、自分の気に入るところが見つかればそれでいいし、見つからなければまた戻って来るといいよ。ボクはずっとここにいるから」
「サラ様……」
「行っておいで、彼らと一緒に」
「……はい」
涙が溢れ出したノリコをサラが優しく抱きしめてあやす。
その姿は師弟であり、兄妹であり、家族であった。
「行ってまいります」
「うん。いい経験を。そして、キミたちの旅に幸あれ」
翌朝、オレたちはノリコを加え、村を発った。目指すは魔王。
魔王がどんなヤツかも、どれほど強いのかもわからない。
だが、オレたちは進むしかない。
後戻りは許されない。そんな気がした。
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