第八話 馬


「しかし、本当に何も持っていらっしゃらないとは……どこへ行くつもりだったんですか」


 王宮に一晩泊まり、翌朝。地図もまともな防具もないオレの持ち物を見て、キヨミチさんが呆れたように言う。本当にその通りだが、オレは第一旅に出るつもりなんてなかったのだ。旅に必要なものなんて知らない。


「とにかく。旅に必要なものを城下町で購入いたしましょう」

「城のものじゃダメなのか?」

「城のものは全て王章が入っておりますゆえ目立ちます」

「ふーん……なら、行くか。目利きはお前に任せるぞ、キヨミチ」

「かしこまりました」


 キヨミチさんの手によって、あっという間に防具や地図など旅に必要なものが揃えられていく。オレ達はただついて行くだけだった。


「チヒロ」

「王子!? は、はい! なんでしょうか!」

「ふっ……面白いな。けど、それだと目立つだろ。俺が王子ってバレないためにキヨミチがここまでやってるんだ。お前も態度を改めろ」

「た、態度をですか?」

「俺にもキヨミチにも敬語はいらねぇよ。アイツのは大人の中で育って身についちまってるから抜けねぇけど、一緒に旅するんだし、いつまでも気張ってたら疲れるだろ」

「ですが……」

「俺に口ごたえする気か? 黙って従えばいいんだよ。いいか? 俺たちは今から友人だ。旅を共にするほど仲のいい、な?」


 王子様相手に恐れ多いとは思うものの、王子様直々の命令だ。守らない方が失礼に当たるのだろう。


「ロクロウさん。チヒロさん。旅に必要なものは揃いました……が、カノさんはどちらへ?」

「アイツならあそこだ」

 ロクロウの指さす先を見ると、屋台で肉を口いっぱいに頬張るカノがいた。

「また食べてるのか……」

「アイツの食いっぷりは凄まじいな」

「ですが、そろそろ出発しないと次の街に今日中に着きません。呼んで参ります」


 陽はおよそ真上。ちょうど昼頃だろうか。確かに四方を森に囲まれたこの街を夜に出るのは危険で、陽の高いうちに森を抜ける必要があるだろう。

 そこでふと思い当たり、カノを引っ張って戻ってきたキヨミチに尋ねる。


「教会を使えば早いんじゃ……」

「そうなんですが、ロクロウさんは転送魔法があまり得意ではなくて」

「あんな気持ち悪いもんを使うやつの気が知れないな。馬の方が絶対気持ちいいし、楽しいだろ」

「とおっしゃるので、我々の移動は馬をメインにさせていただきます」

「馬!? オレ乗れないんだけど……」

「それはまた……」


 苦笑を浮かべるキヨミチ。村から出ることがなかったんだから仕方ないだろ、というセリフをなんとか飲み込むと、ロクロウがさらに追い打ちをかける。


「今どき馬に乗れないやつがいるのか? そりゃあ、傑作だな。それで俺と旅に出るのは無理だ。キヨミチ。三日だ。三日でコイツに乗馬を叩き込め」

「かしこまりました」


 こうしてオレたちの旅はまだ始まらず、オレに乗馬を叩き込むことが第一目標となった。




 結論から言うと、それはそれは大変だった。

 次の日から乗馬の稽古をつけられたオレは早速馬に振り落とされた。

 それを見てオレのレベルを思い知ったのであろうキヨミチはそこからひどくスパルタだった。そのお陰で、なんとか一日目で馬に振り落とされないようにはなった。

 2日目、午前中にキヨミチに手綱を引かれてなんとか騎乗で姿勢を保ち、延々と歩き回る。そして、僅かに昼休憩を挟み、一人で馬に乗る練習を陽が暮れるまで。

 なんとか自力で馬に乗り、歩けるまでには成長した。

 そして、三日目の昼までになんとか走らせられるようになった。


「随分様になったじゃないか。ご苦労だったな。後は旅していれば慣れるだろう。ソイツはこの城で一番穏やかなヤツだ。今はソイツ以外には乗れないだろうな」


 昼過ぎ、愛馬を連れてロクロウが訓練場に来た。一日目の朝はオレが馬に振り落とされたのを見てひとしきり笑った後に城内に戻っていった。


「じゃあ、ちょっと試してみるか。チヒロ。散歩に行くぞ」

「お、オレとアナタが!?」

「なんだ? 不満か? 途中で置いていったりしねぇよ。ほら、さっさと乗れ」


 そして、ノロノロと馬に乗るオレと違い、颯爽と馬に跨った。さすが王子とでも言うべき優雅さだ。


「ソイツの名前はジェイク。ソイツの親も穏やかでな。俺も小さい頃は世話になった」

「ジェイク……」

「俺がつけた名だ。仲良くなるのに名前を覚えないわけにはいかないだろ?」


 オレに合わせてゆっくりと馬を進めたロクロウについて城の所有地の森を散歩する。


「チヒロ。俺がお前と会ったのは初めて……だよな?」


 ずいぶんと慣れ、ある程度余裕が出てきた頃だった。ロクロウが突然そんな話を切り出したのは。


「オレは田舎の小さな村で育って、今まで出たことがないよ。ロクロウが来たことがあるならもしかしたらあるかもしれないけど……」

「いや、俺も城で育ってる。城下町から出たことはないな」

「……急にどうしたんだ?」

「……俺、時々夢を見るんだ。似たような夢。初めて見る世界で、初めて見る服を着たヤツらが出てくる。多分俺目線だから俺自身は出てこないんだろうな。なんか知らないはずなのに懐かしく感じるその夢に見たことのあるやつもいた。キヨミチに似たヤツと俺は肩を組んで、アイツも面白そうに笑ってた。カノみたいなヤツを見たこともある。無表情で殴られたり、現実では考えられないくらい楽しそうに笑ってたりした。そん中でお前に似たヤツも見たことがあるんだ。俺より背が高いくせにヒョロくて頼りない。でも、穏やかないいヤツだった。夢の話を現実に重ねて見るのは変かもしれねぇけど、俺はお前を見た時、なんか懐かしく感じたんだよ。すっげぇ仲のいい友人みたいに思った」


 現実味なんてまるで無い話だ。夢は夢。そう割り切るべきだったのかもしれない。けれど、オレにはそれが出来なかった。いや、したくなかった。だって、オレもロクロウ程明確じゃないにしろ、何かしら感じていたからだ。


「……オレも……オレも、一目見た瞬間にお前となら友人になれると思った。王子様に対して失礼だってことは分かってたんだけど、お前となら冗談言って一緒に笑い合える。そう思ったんだ。いや、お前だけじゃない。カノを見た時もなんかほっとけなかった。この子はオレがなんとかしなきゃって思ったんだ。キヨミチを見た時だってそうだ。他の人とは圧倒的に違う。この人なら頼りになる。理由のない確信があった。お前みたいに裏付けがあるわけじゃない。けど、なんか勘っていうか、本能みたいなものがあった」


 ロクロウよりずっと非現実的かもしれない。だけど、あいまいななにかはオレにとって大切なものだということだけは確かであり、それがオレたちを引き合わせたような気がした。


「……そうか……俺一人じゃなかったんだな……よかった! バカにされたらどうしようかと内心超不安だったんだよ! お前も一緒でよかったよ。これでもう否定する理由なんかねぇだろ。改めて、俺と対等な友人になってくれよ、チヒロ」

「あぁ。もちろん、ロクロウ」

「俺この話キヨミチにもしたことねぇんだよなー。なんか、アイツの中から俺の方が立場が上っていう考えが抜ける気しねぇし。ガッチガチの高位な大人の中で育ってんからな。上下関係とかマナーとか、他人には甘いけど自分には厳しいんだよな」

「なんか……イメージつくよ」

「だろ? いやぁ、わかってくれるヤツがいるのはいいな!」


 それから自分の育った環境やらつまらない世間話が盛り上がり、陽が傾きかけて城に戻った頃には、まるで旧知の友人のように打ち解けあっていた。

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