第七話 王都

 掴まれた手首がすごく痛い。

 店を出て、ただ引っ張られるままついて行くと、着いたのは教会だった。


「教会? どうして?」

「……王都で王子に合う」

「王様!? そんなすぐに行って出会えるもんじゃないだろ! それに王都って遠いんじゃ……」

「……大丈夫。知り合いいる。魔法陣使えばすぐ」


 彼女は先へ先へと進んでいく。ニコニコと笑みを浮かべる神父に懐から出した何かを見せると、神父はオレ達を地下へと案内した。

 彼女に質問しても望む答えは返ってこないと判断したオレは神父に尋ねた。


「あの、これから何を?」

「おや、ご存じないのですか? ある程度の大きさ街の教会には転送用の魔法陣が用意されています。ただいまより王都に向かわれるのですね」


 初めて知った。もちろん村にはなかったし、魔法陣なんて書物の中だけの話だった。


「さっき彼女が見せたものは?」

「通行証にございます。身分、功績、献上品などに応じて王宮から発行されるもので、彼女のものは最上位にあたり、魔法陣のある転送先にはどちらへでも何度でも転送が可能です」


 ということは、彼女は結構すごい人なんじゃないだろうか。

 そんなことを考えているうちにオレは魔法陣に引きずり込まれ、初めての転送魔法を経験した。正直気持ち悪かった。




「カノさん。いらしてたんですか。おや? そちらの方は?」


 王都は先ほどの街よりもさらに賑やかで活気があった。そんな中を彼女は再び俺を気にせず進み続け、着いたのは宮廷だった。

 流石に門番に止められると思ったがそんなことは無く、むしろ門番たちは彼女に敬礼を送っていたほどだ。

 そして、戸惑うオレとそんなオレを全く気にしないカノに声をかけたのは、兵士であろう男性だった。


「……チヒロ。出会った」

「は、初めまして! ルヴァンナ村出身、チヒロと申します」

「それはそれは遠いところから。国王近衛所属、キヨミチです。彼女に振り回されてここまで来たのでしょう。心中お察しします」


 あっ、この人なら話が通じそうだ。


「……勇者だって」

「……こちらの方が? そうですか……ぜひとも王子との謁見を」

「いえ! 勇者なんてそんな大それたものじゃないんで! オレなんか一般庶民で、王子様にお会いするなど恐れ多いです!」

「王子は面白いものが好きなんです。こんな言い方をしてはなんですが、王子の退屈しのぎにもなるでしょう。ぜひ」


 人を安心させるような笑みを浮かべる人だ。そのままキヨミチさんに案内され、いつの間にか王子様と謁見をすることになっていた。




「ふーん……お前が勇者か。確かにルヴァンナ村には勇者伝説が残っているらしいな。じゃあ、その腰に挿しているのが聖剣なのか?」


 王子の第一印象は想像よりずっとフランクだったということだ。

 玉座に肘を付き、面白そうにニヤニヤと笑みを浮かべながら問う。


「はい。我が村に伝わる聖剣、ということらしいです」

「それはお前以外も持てるのか?」


 その質問に言葉が詰まる。カノは持てたが、それ以外に持てた人はいない。


「……分かりません。私以外にこの剣を持てたのは、彼女だけです」


 王子を前にしてあちこちフラフラと遊んでいるカノに目を向ける。あんな態度で許される身分なのか。


「カノは持てたのか……面白いな。キヨミチ、持ってみろ。いいな?チヒロ」

「もちろんです」


 腰から鞘ごと剣を抜いて差し出す。失礼します、と言ってキヨミチさんが剣を持った。剣は彼の手へと無事収まった。


「結構重いんですね。持てますが、これで戦うなんて到底不可能です」


 ありがとうございます、と剣をオレに返した。返されたオレはただ首を傾げる。この剣が重いとは思わなかった。むしろ農具の方が重いんじゃないかと思ったぐらいだ。


「お前にそんな力があるようには見えないがな……そうだ。キヨミチ。お前の剣を持たせてみろ」


 次はキヨミチさんの剣がオレに差し出された。国でもトップクラスの良品だ、と王子から告げられる。手にしたその剣はとても重かった。


 こんなものを振ったら一回で腕が持っていかれる。


 そう考え、ふと思い当たった。オレの剣の方が軽い。


 ではなぜ、キヨミチさんは重いと言ったのか。


 キヨミチさんに剣を返して王子に向き直る。


「どうだ?」

「重かったです。私には持ち歩くことも無理だと思います」

「なにをおっしゃるんですか! あなたの剣の方が!」

「いい。キヨミチ落ち着け。おい、そこのヤツ。チヒロの剣を持ってみろ」


 指名された兵士が一人近づいてきた。オレが差し出した剣を手に取ろうとすると、やはり弾かれた。


「……面白いな……きっとその剣は認めたヤツにしか触れさせないんだろう。で、チヒロは間違いなくその剣に正当な者として選ばれた正真正銘の勇者ってわけだ」


 認めたものにしか触れさせない。何の規則に則っているのかは分からないがきっとそうなのだろう。そうとしか考えられない。


「……ロクロウは?」


 さっきまで黙ってフラフラしていたカノが声を発する。王子をしっかりと見据えて。


「俺が、なんだよ」


 王子の返答から、カノが発したのは王子の名前だったのだろう。呼び捨てだった。本当に大丈夫なのかコイツ。


「……剣……持てる?」

「俺に持ってみろって? なんでだよ」

「……怖いの? 選ばれないのが」

「ハァ!? ンなわけねぇだろ! 上等だ! 持ってやるよ!」


 まんまと挑発に引っかかったような王子は玉座から下り、俺の前に立つ。剣を捧げると剣に手を伸ばすが、その手が僅かに震えている。

 その手はしっかりと剣を掴んだ。その瞬間明らかに安堵のような表情に変わる。


「持てたぞ! なんか文句あるか!?」

「……じゃあ……一緒に、旅行く……人数は……多い方が、楽しい」

「ハァ!? 俺は王子だぞ! そんなこと許されるわけ……」



「よいではないか」


 突如響いた威厳のある声に、周囲の空気がピリッと引き締まる。


「…………父……上」


 王子が後ろを振り向くと、玉座の奥の扉から一人の男性が入ってくる。この方こそ国王陛下であった。


「でも、俺は!」

「いい社会勉強になるだろう。国のことはその後でも構わん。お前にその気があるならば行ってこい」


 優しげな笑顔を浮かべて国王陛下はおっしゃる。王子はその言葉に俯いた。


 そして、沈黙の時が少し流れた後に王子が口を開いた。


「あぁ、もう! 分かったよ! 行くよ! 行けばいいんだろ! 分かったからそんな顔で見るな!」


 勢いよくカノの方を振り返る。カノは親指を立てて満足そうだ。彼女の表情は全く変わらないが。そして、国王陛下も満足そうに頷かれる。


「キヨミチ、用意しろ! 今すぐにだ!」

「はっ!」


 こうして、グローリアダイナ第一王子、ロクロウ様とその近衛騎士のキヨミチさんと旅を共にすることが決定した。

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