第六話 街
乱雑な飛行体験によって、あっという間に街に近づく。
街人に捕獲されかねないジャンクとは途中で別れ、街までの短い道のりを歩き続けたが、その間二人の間に会話はない。そして、ようやく着いた街はとても賑やかだった。
建ち並ぶ建物、軒を連ねる商店、溢れかえる人々。何もかもが村と違った。初めて見たそれらに気を取られるオレを気にせず少女はどんどん進んでいく。こんなところ迷子になる自信しかないオレはただついて行くしかなかった。
右も左も分からないままついて行った先、少女が入ったのは一件の酒場だった。
「いらっしゃい! あぁ、カノかい。戻ってきたんだね」
中に入ると、店主であろうふくよかな女性が人のいい笑顔で声をかけた。カノと呼ばれた少女は一つ頷き、奥のテーブルへとまっすぐ向かう。その間にも何人かの客が彼女に声をかけるが、彼女は首を僅かに動かすばかりだ。
彼女が四人がけのテーブルの奥に座り、オレはその前に座った。
「聞いてもいい?」
彼女は頷く。
「どうしてあんな所で倒れてたの?」
「……わたし、武闘家でモンスターハントが仕事」
「モンスターハント?」
初めて聞いた。村にはない仕事だった。
「……半年くらい前からモンスターが出てる。それを倒すのが仕事。でも、今回食料足りなかった」
「それで行き倒れたの?」
少女は頷くだけだった。表情は何一つ変わらない。
「ジャンクを呼べばよかったんじゃ……」
「……わたし、あんまり笛上手くない」
指を口元に運び、音を鳴らそうとするが、指笛は掠れた音をこぼすだけだった。
「つまり、ジャンクを呼ぶ前に自分が限界になった、と。そっか……」
なんか一気に頼りにならなくなった気がするのは気のせいだろうか。
「えっと、オレはチヒロ。キミの名前は?」
「……カノ」
「カノ、か。いい名前だね。あのさ、カノ。よかったら色々と教えて欲しいんだけど……オレ、今日小さな村から出てきたのが初めてで何もわからなくて……」
「……別に構わない。でも、それより……」
「はい! お待ちどうさま! いつものメニューだよ!」
そう言って、店主が運んできたのは、巨大な魚にお櫃に入った白飯、鍋ごとのスープ、そして、なんといっても一番目を引くのは山のように盛られたネギまだろう。
それなりに大きさのある机を埋め尽くさんとばかりに置かれた料理は見ているだけで胸焼けしそうだ。
「……いただきます」
カノは丁寧に手を合わたあと、料理に手をかけた。そして、見る見るうちに料理が減っていく。
あれ? ブラックホール?
「もっとゆっくり食べないと喉詰まるよ」
「……らいじょうぶ」
リスのように頬にいっぱい食べ物を詰めたまま答える。その光景を見ていると、なぜか笑みがこぼれた。
オレはこの光景を知っているような気がした。それはこんな木製で囲まれた酒場でも、薄汚れた衣服でもないけれど、彼女の食べ方、食べっぷりは懐かしかった。
「…………いる……?」
見つめるオレが物欲しそうに見えたのか、嫌そうながらもそう聞いてきたことに笑いがこみ上げてきた。
「いや、オレはいいよ。すみません! 水を頂けますか?」
店主に向かって声を上げると、はいよ、と気前のいい返事が返ってくる。少しして運ばれてきた飲料水は乾いた体に染み渡った。
彼女はものの十数分で机の上にあったものを全て食べ終え、満足そうだった。
「…………それ……」
彼女が聖剣を立て掛けていた指さした。
「どうかした?」
「……触ってもいい?」
「えっ? いや、えっと、これは……」
オレが戸惑っている間に彼女は構わず剣に触れた。そう触れたのだ。
「さわ……れる……の?」
「……なにが?」
確かに彼女は普通に触っていた。ユーリは嘘をついたのか?
いや、こんなつまらない嘘をつくような奴じゃない。
では、どういうことだろうか。
「なんだ? 嬢ちゃんいい剣持ってんじゃねぇか」
その時、一人の男が近づいてきて、剣に触ろうとした。が、それは叶わなかった。
まるで何かが抵抗するように手が弾かれた。やはり、普通には触れない。
なら、なぜ彼女は触れるのか。
「……重い」
「えぇ!?」
彼女の手から剣が落ち、彼女は疲れたとでも言うかのようにさっきまで剣を握っていた両手を振る。オレは落とされた剣を慌てて拾って、また机に立てかけた。
せっかく勇者を任せようと思ったのにこれではダメだ。
「……変わった剣……他のと違う」
「えっ? えーっと……まぁ、一応、聖剣……みたいな?」
「……聖剣……勇者?」
「いち……おう……?」
オレのその答えが気に入らなかったのか、カノは黙り、それに困ったオレと彼女との間にはしばしの沈黙が訪れる。
「…………面白そう……私も一緒に行く」
「……へ?」
「…………どこかに、魔王いるって聞いた。それ倒すのがあなたの目標なんでしょ? 私も行く」
「ま、魔王を倒す!? オレが!? 絶対無理!!」
オレの声が店中に響き、一気に視線を集める。それが恥ずかしく、思わず立ち上がった時に倒したイスを直して座り直す。
「……でも、勇者……勇者は魔王を倒す」
「いや、そうかもしれないけど……」
「……きっと大丈夫」
「何を根拠に!? いや、キミは強いかもしれないけどさ、絶対オレが足を引っ張るよ!?」
慌てるオレを無視し、彼女は店主に「……ごちそうさま」と告げ、銀貨を数枚机の上に置いて席を立つ。
状況についていけないオレが戸惑っていると、「……早く」と言い、オレの手首を掴んで無理やり引っ張る。掴まれた手首がすごく痛い。
オレはただ引っ張られるがままついていくことしかできなかった。
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