第3話

「……はい?」

 ゴブリン集団を任せろというヤコにユマがきょとんとしていると、

「いきなりどうしたヤコ」

 シロウも同じだったようで、ヤコに尋ねていた。

「ほら、あたしユマの先輩だし! 後輩にいいとこ見せないと!」

「え、いやそれは」

 明らかにシロウの冗談を真に受けてユマに良いところを見せようとヤコはしていた。

「任せとけ、この先輩があいつらをギッタンギタンにしてやんぜ!」

「いや、だからそれは」

「見とけ後輩! 先輩があんな奴ら蹴散らしてやる!」

 やる気満々らしいヤコが鼻息荒くそう言うと、シロウは小さくため息をついた。

「……すぐに済ませろ」

「おうよー!」

 張り切るヤコを送り出したシロウに、ユマは驚いた。

「ええ!? 一人にやらせるんですか!?」

「ああ」

 どうやらシロウが本気でヤコ一人にあのゴブリン集団の相手をやらせるつもりらしいとユマが戦慄するのとほぼ同時に、ヤコはゴブリンの前に進み出ていた。

「やいやいゴブリンども! このヤコ先輩が相手してあげるぜ!」

「ガァ? ガガッ?」

「グギャギャ、グッギャア!」

 ゴブリンも一瞬困惑した様だったが、すぐさま前の方にいた三体のゴブリンがヤコに飛び掛かってきた。

「危な――!」

 思わずユマがそう言うのと同時に、ヤコの一回転しながらの上段回し蹴りが飛び掛かってきたゴブリン達を声も上げさせずまとめて蹴り飛ばしていた。

「――い、……え?」

 あまりに一瞬の事で、ユマは何が起こったか分からなかった。

 それはゴブリンの方も同じで、続けて飛び掛かろうとしていた数体が咄嗟にその場で踏みとどまり、武器を構え直していた。

「ニッシッシ、そっちが来ないなら……こっちから行くよ~」

 ユマには見えないが、恐らく意地悪そうな笑みを浮かべながらヤコがジリジリ近付いて行くと、ゴブリン達はたじろいで僅かに後ろに下がった。

「ギャガ! ギャギャ!」

 すると、他のゴブリンと違って頭に何か鳥の羽根で作った被りものをしている集団のリーダーらしき一匹がヤコを指さしながら叫んだ。

 すると弓を持ったゴブリン数体がヤコに向かって矢を放ち、それに続く様に剣や棍棒を持ったゴブリンが突撃する。

「……にゃっはあ!」

 それを見てヤコは嬉しそうな声を上げながら一気に走りだし、飛んでくる矢をよけながら手近なゴブリンに向かって行く。

「くらえ!」

 そしてある程度の距離で跳躍しながら、大きな矢を思わせる鋭いドロップキックを放った。

「ガアッ!」

 食らったゴブリンはそのまま後ろに居た他のゴブリンも巻き込む様に吹き飛んでいく。

 そして、キックの後に宙返りして着地したヤコに容赦なく矢や他のゴブリンが襲い掛かる。

 が、

「おりゃあー!」

「グギャア!」

「ゴォオ!?」

 両腕で一番近かった二体を同時に殴り倒すと即座に矢の軌道から外れ、別の一体に迫っていく。

「グ、グオオオ!」

 その一体は持っていた古びた剣を思わず振り下ろす。

「だりゃあ!」

 ヤコはそれを横から殴って吹き飛ばし、続けざまにそのゴブリンの顎を打ち上げるように膝蹴りを叩きこんだ。

「ゴオ……!」

 そしてそのゴブリンが宙に浮くとその足を掴み、

「どりゃああ!」

 そして離れたところで弓を構えているゴブリンの一体にそれを投げつけて、混乱させてすぐに突撃していく。

「…………」

 ユマは、また目の前で起こっている事の現実味を疑っていた。

 身体強化とかそういうの以前に、ヤコがメチャクチャながらも肉弾戦でゴブリンを圧倒しているこの現実を。

「……すごい」

 ユマは驚きを隠せなかった。

 一撃でジャイアントリザードを倒したシロウも大概だが、純粋に格闘のみで大人数のゴブリンを相手に立ち回るヤコも十分に人間離れしていていると改めて実感したからだ。

 ただ――やはりこうして見ていると魔術の類を使っている気配は無いように思える。

 そもそも、ヤコが魔術が使えるなら自分が『メッセージ』や『フライ』を使ったのが彼女にも分かってしかるべきだった。

 では、あの人間離れした強さは一体?

 ユマが首をかしげる間にもヤコとゴブリンの攻防、もとい一方的な蹂躙は続いていた。

「うおっと!」

 頭上スレスレを通過する錆びついた刃の横薙ぎを、体を逸らして避けたヤコは続け様に起き上がる要領でゴブリンに頭突きを繰り出していた。

「ガァッ!」

「痛ってー! ニャハッハ!」

「……随分楽しそうですねヤコ」

 ポツリとユマがそう漏らすと、シロウが頷いた。

「あいつは動くのが好きだからな。特に、人助けだと思うとバカなりに張り切るところがある。変な奴だが悪い奴ではない」

「……そういえば」

 会ってから全くヤコは大人しくせず、ほとんどずっと笑っている気がする。

 もしかしたらあんな目に遭った自分の気を紛らわせる為にはしゃいでいたのかもしれないし、こうしてシロウの荷物に乗せたのも彼女なりの気遣いだったのかもしれない。

 それを思うと、自分が逃げるように言って少しも間を置かずにヤコは自分の元に来たのだろうというのは、彼女の様子からして想像に難くない。

「そうですね、あの子に続いて私を助けに来てくれたあなたが言う事ですし、きっとそうなのだと思います」

「……ふん」

 あ、照れたなとユマが少しニヤニヤしていると、

「ガァー!」

 一匹のゴブリンが横からユマとシロウに襲い掛かってきた。

「え」

 ユマが驚くのもしょうがなかった。

 ゴブリンは全員ヤコに向かっていったのもだと思っていたのだから。

 しかし、

「まあ、当然か」

 シロウは呟くと同時に、ゴブリンの顔面に裏拳を叩き込んだ。

「……わあ」

 ヤコのはっちゃけぶりに忘れていたが、動きこそ少ないがシロウもパワーがとんでもなかった。

「全部があいつに行く方が、都合がいい話だ」

 見下ろすと、シロウは拳についたゴブリンの血を振って払っていた。

「あの、お強いですね、二人とも」

「ありがとう」

 シロウはそれ以上何も言わずに暴れるようにゴブリンたちを相手取るヤコに視線を戻した。

「…………」

 しかし、ユマはシロウから目を離すことが出来なかった。

 無論、シロウの言葉を疑いはしない。

 だからこそ、興味が余計に湧いた。この二人は、いったい何なのだろうと。

「あの」

 ユマが口を開こうとしたその時。

「ギィィー! ギギィ!」

 濁った大声がしたので思わずそちらを見ると、ゴブリンたちが一斉に逃げ出し始めていた。

 流石にこのまま相手にしていては被害甚大だと判断したのか、リーダーの号令で逃走を選んだようだ。

「へっへーん! 相手が悪かったな!」

 それを満足げに見送ったヤコはユマたちに振り返って右手をつき上げた。

「見たか! 先輩の力ー!」

 その無邪気な笑顔は、まるで楽しく遊んだ子供の様にユマには眩しく見えた。

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