第2話

 数刻後、ユマは助けてくれた二人の旅人と共に荒野を歩いていた。

「改めて、助けてくれてありがとうございますヤコ、それにシロウさん。まさか近くの町まで送ってもくれるなんて」

「お互い様、という奴だ」

「そうそう! ユマが私達の為に大声で教えてくれたから、そのお返しみたいなもんだよ!」

 シロウという男とヤコという少女の言葉が、ユマは嬉しかった。

 あの時二人を助けようと自分の行動した事が、間違いではないと言ってもらえたのだから。

 ただ……。

「いや……あの、大声じゃないよ? 『メッセージ』って魔術だからね?」

 ユマが訂正すると、ヤコは驚いた顔になった。

「え、ユマって魔術が使えるの!? もしかして魔術師!?」

「……気付いてなかったんだ。でも、確かにまだ修行中みたいなものだから魔術師を名乗れるかと言うとちょっと違うよね……『フライ』も下手だし、ずっと歩いていてバテバテだし……」

 ちなみに、落下した際に『フライ』で使う箒は粉々になってもう使えなくなったので、ユマとしては予想外の徒歩となったのだが、想像以上の自分の体力の無さに既に心が折れそうになっていた。

「歩いて疲れるなら、お肉を食べよう! 体力付くよ、こんなにあるし!」

 そう言ってヤコはシロウが背負っている荷物とは別に肩に担いでいる巨大な肉塊を指差した。

「ああ、うん……そうだね」

 ユマはそれを見て、微妙な表情を浮かべた。

 なにせその肉は、先程まで自分を襲っていたジャイアントリザードの肉である。

 倒した後にシロウが腰の剣で解体をして持てるだけ持っているのだが、自分を食べようと追いかけてきたものがこうもアッサリ食用肉にされているのは、なんだか奇妙な感じがした。

「ん? どうしたの、変な顔して。あ、さてはトカゲ肉苦手なんでしょ? 駄目だよ、なんでも食べないと旅は出来ないよ!」

「いやまずトカゲを食べた事が無いんだけど……」

「そうなの? でも大丈夫、不味くは無いから!」

 その言い方だと美味しくもないんじゃないかなと、ユマが内心汗をかいていると、

「ヤコ」

 ユマとヤコが話している中に、シロウが割り込んできた。

「ん? どうしたのシロウ? 話に入りたいの?」

「いい加減に降りろ」

 彼が担ぐ大きな荷物の上に腰掛けていたヤコは、そう言われて渋々といった感じに荷物から飛び降りた。

「ちぇー、楽チンだったのに」

「ダメだよ、ちゃんと自分で歩かないと」

 バテバテの自分が言うのもなんだけどとユマが苦笑いをしていると、

「でもさー……あ、そうだ!」

 ヤコは何か思いついたように、ユマにいきなり抱き付いてきた。

「え、なに!?」

「えいや!」

 そう言いながらヤコはユマを荷物の上に放り投げ、うまい具合に衝撃が少なく着地させた。

「うわああ! って、なに、いきなりなに? 本当になに!?」

「ほら、楽チンでしょ?」

「いや、確かに楽チンだけど……ああ、シロウさんごめんなさい! すぐに降ります!」

「……落ちないように気を付けろ」

「え、あ……はい」

 一瞬シロウが何を言っているのか分からなかったユマだったが、どうやらこのまま乗っていてよいらしい。

「うわっ、ズルい! えこひいきだ!」

 ヤコがプンスカと怒るが、シロウは呆れた顔でヤコを見下ろした。

「お前が乗せたんだろうが……」

「でも!」

「……お前はユマからすれば旅の先輩だ。先輩なら後輩を大事にしろ」

「ぬぬっ、そう言われると確かに! しょうがない、ここは先輩としてユマに譲るか!」

 シロウに言い含められて胸を張るヤコをおかしく思いつつ、ユマはついさっきまでの二人を思い返した。

 ジャイアントリザードの追撃を逃げ切ったヤコと、一撃で叩き伏せたシロウの姿を。

 にわかには信じがたい光景ではあったが、二人の異常な戦闘力は自分もこの目でしっかりと見ていて、あれが現実である事は受け入れていた。

 それに師匠の教えによれば魔力によって身体能力を上げる事は可能ではある。

 しかし、あくまで人の範疇を越えない程度の能力向上しか出来ない筈だ。

 上げ過ぎれば体が自壊しかねないし、そうでなくとも『魔物』を殴り倒すのは人間の範疇を越えている。

「……いや、私の知識が古いのかも」

 考えてみれば、あくまでそれらの知識は森に籠っていた師匠のものだ。

 師匠が森にこもっている間に革新的に『魔物』を殴り倒せるほど身体強化魔術が進歩していた可能性を考えた方が、この二人の強さに納得が出来る。

 それに師匠は外の世界の新しい知識を得る事が修行になると言いたくて、私をこの修行の旅に出させたのかもしれない。

 そう結論付けたユマは、なんだか肩の力が抜けた気がした。

 難しく考え込んでしまったが、もう少し気楽に構えていてもいいのではないだろうか、旅はまだまだ始まったばかりなのだから。

 例え、近くの町まで他人に送って貰うという緩いスタートだとしても。

「そういえば、今どこに向かっているんですか?」

「……この先になにがあるかも知らずに、旅に出たのか」

 荷物越しに振り返った呆れ顔のシロウに、何かまずい事を言っただろうかとユマが心配になっていると、彼は説明をし始めた。

「この先にあるのはモンレという町だ。この辺りではそれなりに栄えている町で、旅人にとっては補給や休息にうってつけとされている。てっきりそこで旅の準備でも整えるのかと思ったんだが」

 そう言われ、ユマはぐうの音も出なかった。

 旅に出るという事だけに浮かれて、旅に出た後の下調べもしていなかったのだ。

 自分の不出来さに荷物の上で落ち込んでいると、

「……町に着いたら色々必要なものを教えてやる」

「ありがとうございます……」

 ユマが申し訳なくシロウに頭を下げた瞬間。

「グギギギィ!」

「グルル……!」

「ガァア……!」

 何やら妙な声の様なものが聞こえた。

「ん?」

 ユマが顔を上げると、行く手にある岩場の陰から刃物やら棍棒、中には弓まで持った、濁った緑色の肌をした坊主頭で耳のとがった子供ほどの大きさの人型『魔物』が続々と出てきていた。

「うわ! ゴブリン!?」

「よく知ってるな。こいつらは『魔物』の等級でいうと、『下位獣人級』だな」

 シロウが落ち着いてユマに説明するが、説明された方としては落ち着いてはいられなかった。

「か、『下位獣人級』って、さっきのジャイアントリザードよりランク高いじゃないですか!」

 『獣人級』といえば『魔獣級』が何らかの要因で成長した姿とされており、その強さは『魔獣級』よりもはるかに高い。

「ど、どうするんですか! こんなに囲まれて!」

「『下位獣人級』は十体でやっと一体の『上位魔獣級』と並ぶ程度だ。安心しろ」

「明らかにその倍はいますけど!?」

 慌てふためくユマだったが、シロウはそんな状況でもいたって冷静だった。

「手分けすれば、いけるだろ」

 シロウがそう言いながら荷物を降ろそうとすると、

「ちょっと待った!」

 ヤコが彼の前に立ってそれを止めた。

「……どうした?」

「ここは、あたしに任せて!」

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