第3話 未成年の主張
パシンと閉まった扉が勢いが良すぎて半開きになる。深沢が席を立って、外へ顔を出すがすでに知子の姿は階段を駆け下りていく所だった。
「おい。いいのか、リン」
「明日になったらケロッとしてるさ。それより、夏実さん、いいですね。僕達が今から宝石を取ってきます。だからここでじっとしていて下さい。そのあと警察か弁護士に会いに行きましょう」
遠野の言い方には有無を言わせない気迫が感じられた。
「あ……、ありがとうございます」
申し訳なさそうに首を竦めた後、彼女は大きく頭を下げた。
「いいえ。僕はあなたに会えたことを運命だと思っていますから」
大真面目な顔で答えた遠野の隣で西条はため息をついた。
※
「大丈夫かな、あいつ一人で」
校舎に向かいながら、西条はクラブハウス棟の方を振り返った。天使の雫を探してくる間、夏実に何かあればすぐに警察に通報できるように深沢を部室に置いてきたのだ。
青空に白い山のような入道雲が空高く成長しているのが見えた。蝉の声が体感温度を上げているような気がする。早く日陰に入りたくて自然と早足になる。首筋がじりじりと焼かれているようだ。
「密室に男女二人きりかあ。うん、確かに危ないなあ。僕が残れば良かったな、サイもそう思ってるだろう?」
西条と肩を並べて歩いている遠野が休憩中のソフトボール部の女子から手を振られてにこやかに手を上げながら爽やかに笑いかける。甲高い黄色い声が上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねる生徒もいた。
「思うか、アホ。俺が言いたいのは、もし彼女が見つかったら、深沢まで巻き込まれるんじゃないかってこと」
盛り上がる女子の声を無視して西条は眉をひそめた。
「大丈夫だよ、危害は加えない
遠野は平然とした顔で物騒な台詞を言い切った。
「お前、何か隠してることあるだろう?」
間髪入れずに西条は指摘する。
「ふふん、さすがだな、サイ。教えて欲しいか、この僕の極秘情報を」
「その態度が気に食わないが、まあいいだろう。教えろ、リン。お前は何を知っているんだ?」
二人は話しながら、ひと気のあまりない校舎の中へと入った。ところどころ窓は開いているものの生憎今日は無風だった。
普段より人がいない分涼しいだろうという西条の希望的観測は大きく外れた。上靴に履き替えた二人の足音が静かな廊下に響く。目的の図書室は一階の奥まったところに位置していた。
「あの人は、宝石を狙ってる親戚サイドの人間だよ」
遠野は腕時計に目を落としながら独り言のように呟いた。
「何だって?」
「まず、名前だけど……。彼女は夏実と呼ばれる時のレスポンスが一瞬遅れていた。おかしいだろ、真剣に話しているのに上の空になっているとは考えにくい。言葉遣いも無理して丁寧に話しているように感じた」
さらに彼は続けた。
「だから僕は、彼女が偽名を使ってるんじゃないかと考えたんだ。もしかしたら本物の『夏実』さんは拘束されているかもしれない、夢の内容を話したばっかりに」
「よく観察してたな、リン。俺はてっきり彼女が美人だからじろじろ見てるのかと思ったぜ」
西条は皮肉を込めて言った。確かに派手な化粧のわりに地味なワンピースはちぐはぐな印象だった。
「それと、彼女の黒い服と言動」
「黒いワンピースがどうかしたのか?」
「うん。僕が見た絵のモデルは黒いワンピースなんか『着てない』」
「お前、カマをかけたのか」
西条は呆れ返った目で遠野を見た。
「絵のモデルは白のワンピースだった。先に嘘をついたのは本物の夏実さんだよ。彼女はこうなることを半ば予想したんじゃないかな。そして、少しでも時間を稼ぐ為に嘘をついたってわけ。ピンときた僕は彼女に協力した、それだけのこと」
「お前も本物の夏実さんもよくやるよ」
「見直した?」
遠野は
西条は久し振りに、この友人の普段とのギャップに感心してしまった。
「ま、宝石を見つけたらさっさと渡せばいいよな。遺産争いに俺達が巻き込まれる筋合いはないし」
西条は肩を竦めた。
「争いなく、解決する。これが僕の美学」
その言葉は今まで何回も聞かされてきた遠野の口癖だった。西条は頷く。
「じゃあ、お願いできるかな、図書委員長」
遠野は図書室のドアの前で足を止めると、西条に微笑んでみせた。それは女子が見たら赤面するか、感動のあまり泣き出してしまいそうな罪深い天使の笑顔だった。あいにくと西条はその攻撃力の高い笑顔を見慣れているので耐性ができている。
「やれやれ」
ポケットから取り出した図書室の鍵を開け、中に入ると明るい日差しが差し込んでいて、静寂にも恐怖は感じなかった。
「リン。天使の雫とやらは、一体どこにあるんだ? 知ってるんだろ?」
西条は後ろを振り返った。
「地下室だよ。淑子さんが自分で持っているだろう」
遠野はふっと笑った。
一瞬、
二人は図書室の受付カウンターの奥にある扉に向かう。クリーム色の壁にあるスイッチを押して、地下室の灯りを点ける。
西条は、今度は遠野に言われる前に別の小さな鍵を出して扉を開けた。
古書特有の何とも言えない香りが
一歩一歩、コンクリートの
「今度は逃げるなよ、サイ」
後ろから遠野が
「うるさい」
手すりにつかまりながら、ぼそっと呟くように西条は返す。そもそも後ろに遠野がいるのだから、先に外へ出ることは不可能だ。
「あの絵はどこかなあ~」
遠野はわざとらしくキョロキョロと辺りを見回した。
「あった。あれだよ、サイ。よく見てみな」
階段を降りて左へ進んだ奥の本棚に一枚の古ぼけた絵が立て掛けてあった。だいぶ薄汚れているが、ワンピースを着た女性が椅子に座って微笑んでいるのがわかる。おそらくは白い服だったのだろうが、年月が経った為にそれは黄ばんで見えた。
「首の所を見てくれたまえ」
遠野はまるで自分の作品で力を注いだのはここだと主張するかのように、女性の首の部分を指した。
「何だ、これは。本物のチェーンを着けて、ネックレスに見せようとしてるのか。面白いな」
西条は絵の前にしゃがんで、その黒く
女性の細い首には、絵の裏からチェーンが通されているようだった。ハッと西条は振り返って、背後に立っている遠野を見上げた。
遠野はにっこりと笑みを浮かべる。
「気づいたかい?」
「まさか、これが天使の雫なのか?」
「そうだよ。普通の絵にしちゃ
遠野は西条の隣に
真っ白な
「……この通り!」
遠野は西条の顔を見た。
「これが……、天使の雫!」
西条は絵の裏側を見て驚きの声を上げた。
蛍光灯の光に応えて、銀の翼と中央にあるブルーダイヤが上品な輝きを見せた。
「すごいな、こんなものがうちの学校にあったなんて……」
「僕だって、この間ミステリーツアーをするまで知らなかったさ。さて……、これをどうするかだけど」
「何か良い考えがあるのか?」
「本物の夏実さんがいる筈だから、彼女を探し出して保護し、
遠野は当たり前のように答えた。
「夏実さんを探し出すのは不可能だろ。顔も知らないし、情報が少なすぎる」
「そりゃあ、
遠野がセンセイと言ったら、あの人しかいない、と西条は思った。彼らが最も尊敬する人物だ。
「サイはセンセイと一緒に本物の夏実さんを探してくれ。ここは中からは鍵が開けられないから、それを利用して、何とかやってみる。争うことなく、事件を解決させるんだ」
遠野は自信たっぷりに立ち上がった。
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