12.誰かとナントカかんとか
「これを、受け取っていただけないかしら……」
大の男二人が頬を濡らしているところに、チナツさんが可愛い柄の封筒を持ってきた。よくよく考えてみたら小学生が見ている前で情けなくねぇかと思ってトウヤ君の方に目をやると、年不相応に柔らかで大人びた笑顔で俺ら二人を眺めていた。無性に恥ずかしい。俺と旦那さんは目のあたりを拭いて、チナツさんが持ってきた物を見る。
「これは……?」
「いつ書いていてくれていたのかは分からないけど……あなたに会った後だってことだけは分かります。サユキが書いた手紙なんです。親しかった人や、先生方とかに、ひとり一通一通、丁寧に、書いて残してくれていたんです」
「そう……ですか」
ご両親に向けて書かれた手紙でも読んでくれと言われたのかと思ったら、受け取ったその封筒には小さく、『月曜日のピアノの人へ』と書いてあったため驚いた。俺がこうして、お前の家に招かれたのは、偶然でしかないのに。
困惑しながら封筒を開けて、手紙を取り出す。
「……別に一人の時にゆっくり見ていただいてもいいのですけど」
チナツさんが優しく微笑んだが、俺はゆっくり首を横に振った。
もう、言葉を伝えないでいるうちに、何をどうしても伝えられなくなるのは、たくさんだ。
月曜日の誰か 様
わたしは、あなたのおかげで今、とても生きているのが楽しいです。
これまでも楽しかったのですが、楽しまなくちゃって無意識に気を張っていたのかもしれません。こんなこと書いたらアスカやおかーさんに怒られちゃいますね。
ヴァイオリンを自分で弾いているときや、あなたが一緒に弾いてくれた曲を聞くたびに、ここはちょっとこうしてああして、とか、教えてくれたことを思い出します。
音楽に触れていると、それだけで楽しいのです。
だから、ありがとうございました。
あなたが音楽に向き合う楽しさをたくさん教えてくれたおかげで、わたしは今、シアワセです。
でも、欲張ったらシアワセを使い切ってしまうかもしれないから、すこしだけ、弾くのはお休みします。
でも、また『怠けるんじゃねー』って言われるのかなぁ。
ちょっとくらい優しいことを言って下さってもいいんですよ。
春川ナントカより
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます