11.ひまわりのように
春川さんの車は、俺が恐れていたような病院や寺院等ではなく、民家の車庫でゆっくりと止まった。当たり前だが表札には『春川』とあるのだから、春川さん一家の自宅で間違いないだろう。目指したのが自宅なら、車に三人も乗って来ることもなかったのではとも思ったが、きっとただ待ち構えるだけでいることが嫌だったんじゃないだろうか。
チナツさんが鍵を開け、一家三人が玄関に入り手招きしてくる。
俺は恐る恐る招かれた。一人は子供とはいえ、一斉に手招きされるとなんだかこえぇ(なんでだ)。
「……お邪魔します」
「ねーちゃんただいまー!」
トウヤ君が元気に叫びながら玄関のすぐ左手の部屋にかけこんだ。
旦那さんが優し気な顔をしてその部屋に入るようぽんっと背中を押してくれたので、静々とその部屋に入らせてもらう。
「……」
ひまわりのようだとか、太陽みたいなとか、そういう形容詞は物語の中で出てくるけれど、それはこういうののことなんじゃないかって、ぼんやりそう思った。
春川は眩しいくらいの笑顔だった。
こんなに笑っているところは、見たことがない。
けれど、そこにいたのは紛れもなく、あの春川だった。
俺はこぶしを握り締める。
「……申し訳ない。きっとこの子に会ったら、君を暗い気分に落としてしまうだろうとは思ったんです。けれど、どこか風のうわさででも、このことだけを知ってしまったら、本当にただ君が、悲しんだだけで終わってしまうと、思ったんですよ」
旦那さんがうしろから肩を支えてくれていた。そうでなければ、俺は座り込んでいたかもしれない。
一番、あってほしくなかった事実が、目の前にある。
春川は、四角いフレームの中で笑っていた。
東中の制服を着て。
じゃああいつは、あのあとすぐに、亡くなってしまっていたのか……?
「全校集会で追悼をしていただいたみたいだから、それを知らない君は……やっぱりサユキの一つ上、だったんだね」
「そう、ですね……」
サユキ、という名だったのか……あいつがしていた名札には、二年何組だかが書いてあったから、確かに俺はあいつの一つ上なのだろう。そして俺はそんな全校集会を知らない。だから彼女が亡くなったのは……写真からして、こいつが中学三年の時、なのだろう。
「でも……なんで俺に会わせてくれたんですか? 俺は、そんなにこの子と親しかったわけじゃありません」
チナツさんに俺くらいの女の子がいらっしゃいませんかと聞いた程度の人間に、どうしてそんな優し気な言葉をかけてくれるのだろうか。
眉間にしわを寄せてうつむく俺の肩を、旦那さんはぽんぽんと叩いた。
「君なんだろう? 月曜日の放課後に、サユキと合奏してくれていたのは」
「……ッ」
言葉に詰まった俺の肩を、旦那さんはあやすように優しくぽんぽん叩いてくれている。そんな扱いはウチの両親にもしてもらった覚えはない。だけど、あやすという行為はここまで温かいものなのか。
「我々は、君にとても感謝しているんです」
言いながら旦那さんは俺の正面にきて、肩を支えたまま笑顔で言った。
「本当に、ありがとうございます」
笑顔なのに、たくさんの雫があふれて止まらない。
そんな顔をされたら俺には、抑えておくなんて無理だった。
サユキという少女に特に強い思い入れがあったわけではないけど、会話や合奏を一緒に楽しんだことのある人間が、もうこの世にいないという事実は、悲しい以外の何物でもなかった。
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