5.過去
ステージ裾にちょこんと格納されていたグランドピアノを、男性陣でゆっくりステージに運ぶ。それから俺はピアノの状態を確認した。そして苦笑いする。
(音響操作室の掃除はほっといても、こっちはちゃんとしてるのな)
運んだ影響は多少あるものの、調律は狂っていない。四藤さんか別のスタッフかは知らないが、楽器を大切に扱う誰かがこの店には居るのだろう。少しだけ微調整をして、ピアノの前に座って目を閉じた。
『あなたのピアノ、素敵だと思います』
ずっと忘れていた声が、頭に浮かぶ。
……いや、ずっと忘れようとしていた声、なのかもしれない。
今思えば過去の俺のガキっぽい意地など笑えてくる。
大衆に認められたくてピアノを弾いていたわけじゃない。それに気づけてなかったから、俺はアイツを切り捨ててしまった。
……元気にしているのだろうか。
最後に見た必死そうな顔が浮かんで、俺は苦いものを感じ、目を開ける。
「皆さんさわりだけでもいいです、リハとまではいかなくても少し音合わせをしませんか?」
過去を振り払うように俺は呼び掛けた。
合奏団の皆さんが、それを聞いて明るい顔をしたので、俺はまたむずがゆくなった。
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