4.緊急事態

 14時頃にはあらかた楽器も運び込まれていて、合奏団メンバーはピアノ担当以外全員が集まっていた。

「ありがとうございます……!」

 リーダーらしき初老の男性が頭を下げてきたので──四藤さんが言ってた通りなら、このかたは演奏会を飾るメインのひとりなのであって──俺は恐縮する。

「いえ……満足の行くような演奏ができるとは思えませんから……むしろすみません」

 俺も頭を下げる。

「……あまりにも急で申し訳ありません。リハも満足にはできないでしょう……」

 俺の台詞を変な風に曲解してしまったのか、別の誰かが頭を下げた。

「っいやいやいや、そうじゃなくてですね、俺のピアノは『小さな手のための』とかがつくトンプソンやバイエルから笑われるくらいのもんでしかないんです」

 もう一度頭を下げた俺の髪をぐしゃっとかきまわす手があった。もちろん四藤さんだろう。

「このバカは自信がねぇだけなんですよ。皆さんの演目すべてどころかかなりの曲を暗譜してるようなヤツだ。安心してください」

 四藤さんがそう言っている間に、合奏団メンバーの方から誰か近づいてきたのが分かったので少しだけ顔を上げる。

「頭をあげてくださいな。我々皆が掲げている目標は、『楽しんで演奏をすること』なんですよ。できればあなたにも演奏を楽しんでほしいんです。だから……あなたがもしピアノが大嫌いだったりしたら……ごめんなさい」

 女性だった。後半は申し訳なさそうと言うか涙目になりそうになっていて、俺は居心地の悪さに背筋を伸ばして答えた。

「いえ、嫌いではありません。こんなんで良ければ本日よろしくお願いします」

「……ありがとうございます」

 そう言って微笑んだ女性の顔は……に、似ていた。

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