可愛い孫には異世界体験
岩井喬
第1話
最初に感じられたのは、何といっても暑さと熱さだった。背中が焼けるような何か――きっと日光だろう――にさらされている。そして頬は、目玉焼きでもできるんじゃなかと思われるような温度の地面に押しつけられている。
ん? と、いうことは、僕は今横たわっているということか。ようやく三半規管が働き始めた。
眩しさのあまり、瞼を開くのに抵抗を覚えた僕は、次に耳を澄ましてることにした。すると意識することもなく、ざあっ、ざあっと、よく聞き覚えのある音がした。波の音だ。砂浜に打ち寄せる、優しい波。
もう少し意識を巡らせてみると、僕が着ていたはずの服――半袖シャツとスラックスは、海水に濡れてべたついていた。正直、気持ち悪い。ボクサーパンツ一丁ならまだしも、服を着込んで海に飛び込むなんて、僕はどうかしている。
いや、待てよ。海に飛び込む……? そんなことをした記憶はないぞ。
では、どうして僕は波打ち際で横たわっているのか。うーむ、不可解だ。
その時だった。波の音とは違う何かを、僕の聴覚は捉えた。ザッザッザッザッ、という、砂を踏みしめる音だ。しばらくそのままでいると、
「ああ、こんなところにいたのか」
という、なんとも呑気な声がした。足音はこちらに近づいてくる。そして、僕の視界は暗くなった。謎の人物の影に入ったようだ。ゆっくりと目を開くが、足元しか見えない。しかし、足の間から周囲の情景を窺うことはできた。
青々とした海と空。白に近い褐色の砂浜。それに加え、いかにも南国と言った風のヤシの木が、さわさわと風にそよいでいる。少なくとも九州地方か、でなければ日本では拝めない光景だろう。
その頃になって、ようやく僕の五感はまともに機能し始めた。目の焦点が合い、音声は聞き取りやすくなり、潮の香りが鼻をくすぐる。
「おぶっていってやりたいのは山々だが、わしも歳だからな……。立てるか、竜太?」
「ん……」
「ほら、手を貸せ。よっと!」
「うわ!」
思いがけない力で、僕は引っ張り上げられた。しかし足にまでは力が入らず、ぺたんとその場にへたり込んでしまう。すると影の人物は手を離し、
「ああ、そうだ。喉が渇いているんじゃないか? ほら、これを」
「……?」
差し出されていたのは、深緑色の水筒だった。キュッと蓋が開けられ、口元へと近づけられる。僕の手が震えているのが分かったのか、顎に軽く手が当てられた。
飲み口が唇に触れた、その時だった。
「!」
僕は気づいた。いかに自分が水分を求めていたかということに。
失礼だとか、申し訳ないとかいう思いは二の次だった。生きるためには、水分を摂らなければ。
ものの十秒ほどで、水筒は空になった。
「あー……」
一旦停止していた呼吸を再開し、僕は水筒を両手で握りしめる。
「いい飲みっぷりだな」
影になってはいたが、先ほどの人物――男性で、若くはなさそうだが背は高い――が笑みを浮かべているのは察せられた。
「あっ、ありがとうございます」
僕はそっと、水筒を男性に返した。
「なあに、気にするな。今度は立てるか?」
いざ問いかけられて僕は不安を覚えたが、男性がぐっと二の腕を引いてくれたので何とか立ち上がることができた。男性は律儀にも、僕のシャツを叩いて砂を落としてくれる。
「これでいいだろう!」
腰に手を当て、僕を見返す男性。その声、その立ち姿が、ようやく僕の脳内で『ある人物』とマッチした。
でも、そんなはずはない。だって彼は――。しかし、実際こうして目の前に立っているのだから――。いやいや、だからそれはあり得ないことであって――。
「あ、あの……」
「ん、ああ?」
男性は笑みを崩さずに、
「お前、自分の爺ちゃんがいるのがそんなにおかしいか?」
「だ、だって爺ちゃん、爺ちゃんは――」
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