不登校の理由

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

 誰かが俺の肩にぶつかった。一歩前に出したら相手が悪いと謝る。こちらを全く見ていなかった。

 ふと窓を見てみる。通り雨は止みそうにない。


「すず」


彼が風変わりの動画を見せつける。

 俺は鮮明に周りの音が聞こえた。同じクラスの人達が責めてるような気がする。


「こういう動画は、帰り道にしよう」

「何で? 誰も気にしとらんよ」

「でも、人前はダメだろ」


 彼は和道と言い、小学生の頃遊んでいた。最近は疎遠だったが、あるキッカケで再び仲良くなっている。

 最近SNSを始めたのか動画の出回りが早くなっていた。彼はネットで拾ったグロ画像や卑猥な写真を見せては共感を得ようとする。


「……絵は俺の好みじゃない」

「俺の好みを馬鹿にするのか」


 和道のスマホカバーは、半裸のアニメキャラクターだ。周りにどう思われてるのか知らない。


「そうじゃない。俺は合わないってだけ」

「そうか。悪かったな」

「ロリないの」

「ふっ。すずいっつもそれ」


 俺は欠伸をして思い返す。彼と出会った日。



『あの先生の授業わからないよね』

『文字が汚くて書けないな』


 黒石はよく響く声でだよなって言った。対応は正解したみたいだ。

心の中で先生に謝る。

 俺はクラスの人気者にしがみついていた。一人になりたくないからだ。

 クラスの人気者はお手洗いに進んでいく。大人数は入りきれないので扉の近くで待っていた。


 俺は携帯をポケットから出す。

 黒髪の少女が白いスクール水着を着衣しローションの床に寝そべっている。三秒もしないうちに寝返りを打って平らな胸を見けつけてきた。カメラは熱意を持って少女の少女未満の部分を監視する。局部から上がっていき唇で止まった。健康な舌が歯の中から蛇みたいに現れる。


『すずやまさん』


 声をかけられた。

 慌てて携帯の電源を落とす。

強く歯を鳴らし振り返った。


『すずやまさん。それ』


 いつの間にか口の中が乾いていた。相手の顔を見ることができない。


『た、たまたま友達が教えてきたんだ。面白い記事があるつって読んだけど、私には合わなかったな』


 よく見ると知った顔だった。

顎を引いて下唇をかむ。

 黒石が扉から出てくる。俺は気持ちを切り替えた。


「あ、授業が始まるんか」


 和道はわざとらしく口にする。そういうところなのかと、冷静な俺がいた。


『和道。放課後、久しぶりに一緒帰ろうよ』


 彼は目を丸くして俺を見る。

 頷いた彼に俺は安堵のため息を吐いた。


 俺は和道のクラスが終わるまで携帯を触っていた。

放課後だから、騒がしく椅子の引く音がする。その後、足跡が近くまで響いてきた。


『悪い。遅れた』


 彼は息を切らして額を拭う。前髪は濡れて分け目ができている。


『和道の担任は無駄話が多いからな』


 俺は横付けの鞄を肩に通す。椅子を戻したら扉の前まで向かった。和道はまだ息が上がっている。


『帰るか』

『おけ』


 俺達はバス停で時間が経つのを待っていた。時間帯的に部活か帰宅してるので人がいない。


『見たんだよな』

『動画のこと?』


 隣の彼は目線を上にあげる。

 携帯の履歴にある動画を擦り付けるように見せた。


『誰にも言わないでほしい』

『……』


 彼の目は宝石のように輝いてる。全くそらさない顔にたじろいだ。

自分の中にある黒い部分が舌を出す。


『うん。見たよ』


 和道は唾を飲んで呼び掛ける。

俺は手を引っ込めてポケットに直した。


『これを毎日見てるの?』


 バス停の透明な屋根は引っかき傷がついている。たぶん、付けたのは屋根があると知らない虫たちだ。今も衝突している。


『イライラしたら見てる』


 バスの時間を確認したら、まだ来そうにない。

俺は自分の親指を見つめる。爪の皮が剥けていた。


『誰にも言わないでほしい。黒石たちに見限られたくないんだ』

『言わないけど……。すずは、黒石好きそうに見えんけどな』


 親指の端が血液を滲ませ、冷やしたような痛みがする。黒石は俺の性癖を知らない。バレたら軽蔑するに決まっている。


『一人になるのが怖いんだ』


 正面の道路を軽自動車が走る。排気ガスの匂いが鼻を苦しませた。


『和道はすごいよ。一人で慣れてるんだろ』


そうかな、と和道は嬉しそうに呟いた。

隣から鼻のすする音がする。鞄からポケットティッシュを抜いて手渡す。

彼はありがとうと言った。


『俺は他人と関わるのが怖いだけよ』


 和道は下を向いていた。

雨音が聞こえた気がして、天井を見た。空は鉛色だ。


『どうせ打ち解けられないって、周りと距離置いてたんよ。でも、すずやまさんは凄い。憧れだよ』

『そんな大層なものじゃない』

『そうかもね』

『それは違くない?』

『あはは』


 空気の抜ける音がして横を向く。やっとバスが現れた。

 バスに足を踏み入れ、二人で椅子に座る。景色は勝手に動いていく。



 あれから1週間、俺と和道は変わった友情が芽生えていた。

彼は『態度』が変わった。これが仲良くなった証拠なのだろうか。


 俺達は教室に向かっていた。その道中、彼らに見つかる。


「黒石……」

「よう」


 彼は俺を見つけると友達との会話をやめた。何故か、会うだけで頬が緩む。


「傘でも忘れたわけ?」

「すずやまも忘れたんだろ?」

「よく分かってる」


 黒石も俺の横を通る。挨拶を終えて、通り過ぎようとしたその時。


「よくあんな奴とつるむな」

「え?」

「お前のキャラらしくない」


 黒石は振り返らなかった。彼の背中をずっと見ていたら、頭が痛くなってくる。

 俺は彼といるのが恥ずかしくなってきた。

虚しさを引きずり教室に戻る。黒石は目線だけ配ってそこから何もない。


「いいのか、すず。抜かなくて」


 和道は悪い人間じゃない。

彼は何も悪くないんだ。


「うん」

「……え。すずどうしたん?」

「いや、なにも」


 俺は彼の顔を見ない。

次に周りの目が突き刺さる。俺は過敏だから呼吸が苦しくなった。


「あ、雨やんだっぽい」「まじで」


 俺たちふたりは窓を見た。山を越えた先に黒い雲がある。どうせまた雨が降るはずだ。


「すず、面白いものを見せてやろうか」

「また動画か?」


 なにか焦った様子だった。彼はポケットから携帯を取り出して操作をする。

 俺のポケットが震え、取り出すとグループに入っていた。


「そのグループは俺やすずみたいなやつばかりいる」


 皆が俺に挨拶をしてくる。『日々羽』という名前のアカウントはやけに自己主張してきた。


「見つけてきたんだ。すずが気軽に話せる場所」


 バスが到着する。乗りこもうとしたら彼がさりげなく耳打ちした。


「本当はもっと早く教えるべきだったんだけど。裏切られるのが怖かったんよね」

「ごめん」

「え、なんで謝るん?」

「……」


俺はグループに挨拶した。皆は萌えというものを言及している。自分らしさを発揮していた。

心が軽くなっていく。否定されないから快感だった。本当はロリコンって許されてるのではないか。誰しも抱えていて、俺が気にしすぎてるだけで、表に出しても間違いじゃない気がした。こんなに味方がいるなら、俺は普通だ。ロリコンと対等に付き合えている。


『ニュースです。今日未明〇〇駅で痴漢が発生しました。犯人は線路の上を逃走中です』


 テレビの音が鮮明に聞こえる。右を向いたらテレビが置いてあった。


「いつの間に帰ってきていたんだ……」


 俺は自宅の椅子に腰掛けていた。

携帯に意識を戻す。そしたら、日々羽が個人で話しかけてきた。


【君、〇〇の誘いで入ったよね】


 俺はハイと文字を打つ。すると、相手は既読後すぐ返事を打ってくる。


【彼、変わったことなかった?】


 日々羽は勝手に語り出す。

 和道は一週間前にグループへ来た。そこに、風変わりな人物が参加して空気がおかしくなる。何やら実用的な技術を和道に教えていたようだ。日々羽が注意してもその人は止めず、グループの追放になった。


【他人を操作しようとしていた人間がいた。とりわけ、その人に気に入られていた】

【俺、彼と話してみます】


 携帯を切り替え和道のアニメアイコンを押した。彼はなかなか既読をつけない。


『それにしても大変悪質な犯人ですが、専門家の〇〇さんはどうお考えですか』

『クズですよ。力任せに屈服させるなんて動物と変わりません』


ニュースの速報を詳しく観察する。事件は近場の駅で起きていた。俺は速報をぼうっと眺める。


 俺は扉に手を当てる。

鍵をかけたら自転車にまたがる。

立ちこぎで平坦な道を進んでいく。前のめりになって口を開けた。

 駅近くの人気のない路地で無断駐輪する。俺は同じ制服姿を探した。


「和道!」


 俺は何してるんだ。彼を安く見てるくせに心配の真似事をするのか。心底気持ち悪いヤツだよ俺は。自分に都合がいい時だけ人を利用する。全く、一番なりたくないクズになってるじゃねえか。


「和道、なんでそこに」


 俺は改札口の前で立ち止まる。人の波を逆らいながら、彼の袖をつかむ。

 彼は魂が抜けたような目で返事がない。目線の先を俺は追う。

そこは、テレビで写っていた痴漢現場だった。俺は腕を乱暴に揺らす。


「おい、聞いてるのか!」

「あっ、すず。いたんやね」


 和道は目だけ動かす。俺は腕を引っ込めた。まるで得体の知れない何かに見える。


「いたのかって……」

「すず。グループ気に入ってくれたやろ」

「え?」

「気に入ってるよね?」

「それは、そうだけど」


 帰宅途中の大人が俺たちに舌打ちする。彼は急に走り出した。


「どこに行くんだ!」

「インターネットは凄い。自分の好きなことを叫んでいいんやから!」

「何言ってんだよ。和道、変だよ」

「俺は気付いただけ! 自分の性癖は間違っていないってね。もっと表に出していい。自分らしさを隠して何になる!」

「誰かにそう言われたのか!」

「あの痴漢を見たか? 俺達は間違ってなかった!」


 走ったのはいつぶりだ。汗が目にしみて痛かった。


「今度は俺の番なんだ」


 和道は急に立ち止まる。

俺の前に立ち塞がり満面の笑みを浮かべた。


「俺は人を殺すよ、すず」


―――クズですよ。力任せに屈服させるなんて動物と変わりません。


「それが約束なんだ。『君も自分を解放するんだ。俺も解き放つから、見てて』ってね」

「……和道、格好つけんなよ。お前はお前だろ。人を殺す? 普通に犯罪だろ」

「否定しないんじゃなかったんか」

「そういうところ、改めた方がいいと思う」

「すずって俺のことを見下してるんよね」

「……」

「黒石のことも見下してる。お山の大将しか張れないって。もっと自分を見たら? よかったね。俺に嫌われても学校に行けて。俺は違うから」

「俺は」

「何?」

「俺は、バス停で話せてよかったって。本当に、そう思っていたのに」

「俺は全く思ってないわ。よう考えたらお前のせいでこうなったしな」


 俺は雨ざらしの街中にいた。ヘラヘラ笑う彼に大粒の雨が垂れていく。そんな自分も水浸しで、背中も暑かった。


「俺は、それでも、良い思い出として残っていたよ。ごめんな」


頭が痛い。



―――不登校の理由―――

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