第8話【開票】
投票は僕が一番最後になってしまった。手の平に握りこんだ投票用紙を涼宮ハルヒが差し出す封筒にたった今入れた。
「いよいよ偽SOS団団長決定の時が来たのよ」
涼宮ハルヒが大仰な口上を述べる。
たった今僕が投函した紙片を含む五枚の紙片が喫茶店のテーブルの上にばらまかれる。
涼宮ハルヒはその中の二枚について候補者名が上になるよう手早くひっくり返した。
その二枚のうち一枚だけは誰が誰に入れたか記憶に刻むことができた。
やはり橘京子は佐々木さんに投票していた。
今、テーブルの上には候補者名を上にして五枚の紙片が並べられ、それを五人で見ている。
なんとも言えない罪悪感がこみ上げる。
やはりか。
結果は3票対2票。
涼宮ハルヒには3票入り、佐々木さんは2票しか入らなかった。
事前の打ち合わせ通り。完璧な出来レース。
今ここに偽SOS団団長が〝涼宮ハルヒ〟に決定した。
「奇妙な結果だね」
団長に決まった涼宮ハルヒより早く、そう佐々木さんが口にした。
冷や汗が流れていく感覚とはこういうことか。橘京子に言わせると佐々木さんは怒らせたらもの凄く怖いらしい。
むろん女だから腕力が怖ろしいとかはあり得ないだろうが、理詰めで徹底的に追い込まれ、逃げ道さえも潰されしかも許してはくれないという、ほんの次の瞬間そんなことが始まり——
佐々木さんは自分の名前が書かれた投票用紙を一枚つまみ上げ、
「やっぱりだ」と、ひと言言った。
涼宮ハルヒは何も言わない。
「これ、涼宮さんの字じゃないかと思ったけどやっぱりだ。涼宮さんは僕に入れてくれたんだね」佐々木さんは言った。
「そうよ」、とひと言涼宮ハルヒ。
なに⁉
「僕は、というとだね……」と、今度は佐々木さんは『涼宮ハルヒ』と書かれた投票用紙を一枚つまみ上げ、ひっくり返す。
「実は涼宮さんに入れたんだ」
意表を衝かれた。
佐々木さんは涼宮ハルヒに投票し、涼宮ハルヒは佐々木さんに投票していた。
「ちょっといいかな」
佐々木さんは『涼宮ハルヒ』と書かれた残りの二枚をひっくり返した。
「涼宮さんに入れたのは藤原くんと九曜さんか」
九曜は何一つ言わない。
僕と佐々木さんの目が合った。真っ白になる。
佐々木さんはにこりと笑みを浮かべていた。
「つまり僕ら三人は同じ考えを持っていたということだ」
その瞬間、全身から力が抜けていくのを意識した。
「それひどいです、あたし佐々木さんに入れたのにっ!」
橘京子が泣きそうな顔で訴えていた。
「ごめんごめん。それはそれでいいんだ。なにしろ僕の推薦人が僕に入れてくれなかったらさすがの僕も怒る」佐々木さんは言った。橘京子は泣きそうな顔のまま無言で肯いていた。
「はいはーいっ、みんな注目して、注目!」
涼宮ハルヒが注意を自身に引きつける。
「偽SOS団初代団長涼宮ハルヒ、あたしの意向は絶対だから、みんな従いなさい!」さっそく高らかに宣言をしていた。
冗談は顔だけにしておいて欲しい気分だ。
「初代?」
その声は佐々木さんだった。
「さすがは佐々木ね、もう気づくなんて」
「ずいぶんと外連味たっぷりのイベントだったけど、いったいこれにどういう意味があったのか説明はしてくれるよね、涼宮さん」
「説明はやることやってから後よ」と涼宮ハルヒは意味不明の事を口走る。
「京子、そんな顔はやめなさい。あんたの大好きな〝佐々木さん〟はたった今から偽SOS団二代目団長になるから!」
は?
「それ、ほんとなんですか?」
橘京子が狐につままれたような顔をして言う。
「ホントよ、徳川秀忠をやってもらうから。佐々木、もちろんあんたは受けるわよね? 団長の意向は絶対なんだから」
佐々木さんは微苦笑をしている。
「涼宮さんは最初からこのシナリオを描いていたの?」と訊いた。
「シナリオなんてないわ。あんたが勝てばあんたが団長だし、あたしが勝ったらあんたに団長を譲るって決めていたから。偽SOS団の団長は最初から佐々木、あんたにするつもりだったから」
「じゃあ選挙になんの意味もなかったってことじゃないか!」僕はそう言っていた。九曜に脅されたりして——思わずそういう愚痴も出る。
「藤原、あんた得意の屁理屈は? 最初から佐々木に『団長になってね』なんて言って素直に受けてくれると思ってんの?」
確かに……
「きっと『この団には涼宮さんがいるからね』とか言って辞退するのよ。どう? 佐々木、反論してみる?」涼宮ハルヒが言った。
「ぐうの音も出ないな。確かに僕ならそう言ってしまいそうだし」
「なら問題ないわね」
「しかし涼宮さんに入れた藤原くんと九曜さんはそれで納得してくれるのかな?」
「納得するに決まってる! なんたって団長命令だから!」
「いや、僕はそういうやり方は好きじゃないな。僕はたった2票しか貰ってないわけだし」
佐々木さんはそう言うと僕の方に視線を移した。
「藤原くん、偽SOS団の団長が僕ということでいいのかな?」
「問題は無いな」
そう言った僕には一切の躊躇いは無い。というか佐々木さん、元々あんたに団長をやって欲しかった。リーダーはまともな人間を選んでおくに限る。
「九曜さんは?」
「わたしは——問題が、無い——」
ひと言でもなにか言ってやりたくなる衝動に駆られるが、佐々木さんの団長就任を認めるということなのだろう。
「えっ、それじゃあ佐々木さんが団長になったんですか! やった。嬉しいっ、あたしの夢が希望が今ここにようやく叶いました!」
橘京子がひとりはしゃいでいたが、佐々木さんはそれに同調していない。
「涼宮さんに訊きたいことがふたつある。その答えに僕が納得できたら僕は偽SOS団団長を引き受けようと思う」
「あんたも粘るわね。まあいいわ。言ってみなさい」
「僕が団長になったら涼宮さんは副団長にでもなるのかい? まさか平の団員ってことはないよね?」
「実にいい質問ね。あたしは『偽SOS団終身栄誉最高顧問』に就任するから!」
「ちょっと待て!」
思わずそう声が出てしまう。
「なによ、藤原、文句でもあるの?」
「その最高顧問と団長はどっちが偉いんだ?」
「藤原、あんた〝最高〟ってのがどういう意味か解ってんでしょ?」
「話しにならない」
「なるわよ。最高顧問は最高に偉くても栄誉だけ。権限がゼロの役職だから」
「——なるほどね」佐々木さんが肯いた。
「こんなのを認めるのか?」僕は訊いた。
「そうだなぁ……」と佐々木さんは少し考え込む風になり、
「涼宮さん的には今、一応僕が『二代目偽SOS団団長』ということになっているのかな?」
「すくなくともあたしはそう思ってる」涼宮ハルヒが言った。
「じゃあひとつ試してみていいかな?」
「なにを?」
「副団長人事。僕が今ここで決めていいのかな?」
「そう言えば副団長のことを忘れてたわ。じゃあ佐々木、団長権限で好き放題に選んでいいわよ。人数もフリーダムだから一人に限る必要もないわ。ただ、あたしには役職があるからあたしは選べないけどね」
「まあ最高顧問が副団長というのも変だしね……そうだなあ、まあ副団長は一人いればいいかな——」と佐々木さんは一旦話しを区切る。そして橘京子に顔を向けた。
「京子、副団長を引き受けてくれるかい?」
「え? あたし? 本当にあたしでいいんですか?」橘京子は明らかに面食らっているがどこか声が弾んでいる。
「論功行賞人事ね」と、涼宮ハルヒが臆面もなく口にする。
「うん。僕の推薦人にして僕に1票入れてくれたからね」と、佐々木さんも負けてはいない。
「それでいいわ佐々木。論功行賞くらい平然と行えないようじゃ政治家は勤まらないのよ」
誰が政治家だ。
「ではもう一つの質問をいいかな?」
「言いなさい」
「なぜ偽SOS団の団長が僕でなければいけないのかな? そこのところを涼宮さんの口から直接聞きたい」
ビキッと来た。
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