第4話【1票入れる義務】
『じゃあ解ったわね、藤原。そういうことだから後はよろしく』
こう涼宮ハルヒに言われてその場でなんらかの意思表示もできなかったことを悔いている。
二十一時の少し前、涼宮ハルヒが進学校の生徒らしく品行方正な時間帯に帰宅した。だが九曜がこのマンションの部屋から立ち去る様子は無かった。
しかも新聞も読まず僕をじっと見続けている。僕の顔に穴が開くほどに。
少しは目を逸らしたらどうだ。
こうして夜に二人きりだと気味が悪くて仕方がない。
「こちらが話しかけずとも、用があるならそっちから話しかけてくれても構わない」僕は言った。
「わたしは——話しかけられる——のを、ずっと——待っているから」
そう九曜が口にした。
話しかけないと話しもしないとは面倒だ。
「まだここにいるってことは、なにか僕に言うべき事があるということだろう。その用件を言ってくれて構わない」
「選挙のこと——」
選挙か。
「藤原——クン、あなたは——涼宮さんに1票入れる————義務がある——から——」
とっさに『これはいけない!』という感覚が全身に走る。
まず僕は、九曜に『藤原くん』などと呼ばれたのはこれが初めてだということ。
そして確実にこれは、〝おねがい〟、をされている。これをきかなかった場合僕の身になにが起こることになるか——
「九曜、それは偽SOS団の団長には涼宮ハルヒが就くべき、ということなのか?」
「関係は——ない——、ただ、涼宮さんとの約束——は、絶対だから——」
絶対……
この瞬間に悟った。偽SOS団には二大派閥ができてしまったことに。
橘京子は絶対的佐々木派と言って間違いなく、
周防九曜は絶対的涼宮ハルヒ派なのだ。
そして僕が必然的にそのキャスティングボートを握らされることになる。
そのキャスティングボートに九曜が圧力をかけてきた。
「いいか九曜、僕はあの時『必ず入れる』とは言っていないんだぞ」
だが九曜は決して僕から目を逸らさず表情も変えず、
「だけど——『よろしく』——と言われて、断らなかった——でしょ?」
そう言った。
このままでは確実に偽SOS団の団長は涼宮ハルヒになる。
この団が本家SOS団と関わりを持ち続けるのは確実だから、故にまた危険に巻き込まれるのも確実だ。
そんな中こっちの涼宮ハルヒも『おもしろいか/おもしろくないか』を判断基準に進むべき道を決めてしまう可能性が高い。合理的思考など確実にしない。
しかもこっちの涼宮ハルヒは正真正銘のただの人で、無意識レベルで団員を救うだとか、そういう力もない。
判断を間違えそうな一般人、それがこっちの光陽園学院の涼宮ハルヒだ。
そんなものに指揮されてたまるか。
僕はささやかな抵抗を九曜にしてみた。
「涼宮ハルヒに『どういう理解をしているか』について確認をする」
「確認は——必要——ない——から。涼宮さんの考え——は、変わることはないから——」
「いいじゃないか、確認くらいさせてくれても」
しかし九曜の目はまだ僕をじっと見つめたまま。
「確認ができたら確実に1票は涼宮ハルヒに入れる。それでいいだろう」
そこまで言って初めて九曜は立ち上がり、無言のままバスルームに入っていった。入る前にその目で僕の顔を見ないで欲しかったが。
しかしさあ大変なことになった。
もはや九曜が涼宮ハルヒに1票入れるのは確実だ。なにしろこの僕に『入れろ』と圧力をかけてきたんだからな。
この出来レースの選挙で涼宮ハルヒの偽SOS団団長就任が確実になってしまう。
明日になったらこの選挙の実施中止を涼宮ハルヒに申し入れなければ。『佐々木にばれたら大変なことになる』とでも言って翻意させるしかない。
涼宮ハルヒの口ぶりからしてまだ佐々木さんには選挙の話しはしていないはずだ。ならばまだ後戻りはきくはずだ。
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