第3話【偽SOS団は選挙する】
ピンポーン。ガチャ。
インターフォンが鳴ると同時に鍵のかんぬきが勝手にターンして涼宮ハルヒがヅカヅカと部屋の中に踏み込んできた。
「くーちゃんっ、こんばんはーっ」という声とともに。
今度は私服姿になっている。だが呆れるほかない。
「何時だと思ってる?」
思わずそんな説教臭いことばが出た。まさか直接やって来るとは想定外だったからだ。
「あんた元々未来人よね? 未来人ってことはあたしよりも年下ってことよね? 年下のガキンチョがおねーさんに向かってそんな口の利き方して許されると思ってる?」
どうやらこの女は信じがたいほどノーテンキらしい。僕にはついていけない。
ここで唐突に、
「二〇時九分」と声がした。むろん周防九曜だ。相変わらず元恋人から貰ったというアナログ腕時計をしている。
「まだこんなに早い時間じゃない」と涼宮ハルヒ。
僕は好きでもない男がいると解ってる部屋に夜になってから来るのはどうか、と言おうとしたのだが既に言うだけ無駄のような気がしている。
「そうそう藤原、ずいぶんくーちゃんの近くに座ってるよね?」涼宮ハルヒが言った。
しょうがないから、
「〝離れるべき〟と言うなら離れる」と言っておく。
その返事に満足したのか涼宮ハルヒは満面に笑顔を浮かべ、
「どうせ、くーちゃんがそこに座ると決めたわけでしょ? あんた昼間からおんなじところに座ってるし。そこに根でもはってんの?」と言った。
案外観察眼が鋭い。けっこうどうでもいいことだと思うがな。
僕は部屋の真ん中、丸時計を正面から見られるポジションを選んでそこにいつも座っていた。
涼宮ハルヒは九曜の隣りにぺたんと座り込んだ。必然的に涼宮ハルヒも僕のすぐ近くに座ったことになる。涼宮ハルヒは、
「とっても重要なことを忘れていた訳よ」と言いだした。
たぶんけっこうくだらないことだろう。
僕が周防九曜の方へ視線を投げると、周防九曜は一心不乱に涼宮ハルヒを見つめているようだった。ただこれは僕の先入観が入っているのかもしれない。
「偽SOS団の団長って誰?」、唐突に涼宮ハルヒは言った。
そういえば——
——誰が団長だか解らないぞ……
「いい加減なものよねー、偽SOS団造ったはいいけど、団長を未だに決めてないなんて、夏休みの直前だってのに。これも佐々木の怠慢ね」
僕はリーダーは事実上佐々木さんだと思っていたが、それじゃあダメなのか? だから僕は敢えて訊いた。
「決める必要があるのか?」
「藤原、あんた有事の際にはどう行動するつもり? もうすぐ夏休みよ。有事が起こるに決まってる。ぜんぜん準備をしてない。いい? 世の中に指揮命令系統の存在しない組織は無いのよ!」
涼宮ハルヒの口から『有事』ということばが出た。背筋がゾッとする。そしてほぼ同時に、『ゾッ』としてしまう僕に自己嫌悪してしまう。
僕は未来人だが、もう未来も無く希望も何も無いのに積極的に死ぬのだけは避けたいんだな——
有事。それは決して絵空事ではない。いつかは解らないがいつか遭遇する。涼宮ハルヒ(むろん北高の方だが)に関わる以上また危険に巻き込まれるのだ。
僕はもう杖を使わなければまともに歩くこともできない身体になってしまっているが、こんなものは始まりに過ぎないってことも————
有事の際に問われるのはリーダーの資質だ。
冷静沈着、常に思考し続け合理的論拠に基づき最善の選択肢を選択し続ける。そういう者がリーダーになるべきで『面白そうだからそっちを選ぶ』などという判断を下す者はリーダーに相応しくない。
もちろん佐々木さんにそのケがないわけじゃないが、涼宮ハルヒの指揮命令下で動かされるよりは確実にいい。なにせこちらの涼宮ハルヒはなんの能力も持ってはいないが中身の涼宮ハルヒぶりは全く寸分の違いもないという最凶さがある。
「あたしはね、ここで向こうのSOS団との違いを出すべきだと思ってるのよ」涼宮ハルヒが言った。
意外な感じがした。と同時にホッとした。
向こうの団長は涼宮ハルヒ、違いを出すということは当然こっち側は佐々木さ——
「選挙で決めるから」
涼宮ハルヒに宣告された。
選挙だ?
「向こうのSOS団は絶対権力者が独裁的権力をふるっている非民主主義的組織よ。我が偽SOS団はそうじゃない!」
「ちょっと待て」
「なによ藤原、腰折らないでくれる?」
「いま、向こうの涼宮ハルヒを『絶対権力者』と言ったが、なにを見ている? それは見せかけに過ぎない。絶対権力者は情報を独占するが、向こうの涼宮ハルヒは特異な力を自分が持っていることも知らない。言わば裸の王様だ」
「なに? まさか涼宮ハルヒをハダカに剥く気? いやらしい」
すぐこれだ。
「フン、どうこう理想を言ってやって向こうのSOS団とやらになにかをしてやるつもりはないさ」
「あんたのその投げやり的割り切り方は嫌いじゃないわ」
微妙な言われようだ。
「向こうとこっちが同じであってはダメ。こっちはあくまで民主主義的手法によって団長を決める! それが偽SOS団の矜恃というものだわ」
自分から進んで〝偽〟と名乗っておきながら〝矜恃〟と来るとはな。まあ〝偽〟と敢えて名乗ることを決めたのは佐々木さんだが。
「被選挙人は誰だ?」
「藤原、もっと素直に『立候補者は?』って訊きなさいよ」
僕には嫌な予感がしていた。
「立候補ということは、立候補者がゼロだったり、たった一人だったりする可能性もあるがな」
「立候補者がゼロってことはないわ。なんたってあたしが立候補するんだから」
やはりか。
「他に立候補者がいなかったら、俗に言う無投票当選か?」
「ちっちっちっちっ」
涼宮ハルヒは人差し指を立てわざとらしいパフォーマンスをしてみせた。
「自薦のほか他薦もアリってことにするのよ」
なら『被選挙人は誰だ』でいいだろうに。ともかく涼宮ハルヒが何を言わんとしているかなんとなくは解ったがそこを敢えて訊いてみた。
「佐々木か?」
「ご明察。なんか立候補なんてしなさそうな気がしない? だから立候補させるの。あたしも戦ってリーダーの座を勝ち取らないと意味なんて無いと思ってるし」
「なるほどな」、僕がそう言うと涼宮ハルヒが睨んできた。
「藤原、あんたなんにも解ってない」
「なにがだ?」
「で、誰が佐々木を推薦するの?」
「それは——」と言い掛け、涼宮ハルヒがただじっと僕を見ている。
なんだこの圧力は?
「——橘京子だろう」
僕はそう言ってしまった。
本当なら僕が推薦人になってもよかったはずなのに。
僕の答えを聞いた涼宮ハルヒは満面に笑みを浮かべ、
「これで決まりね」と言い切った。
なにか悪い予感がする。
「くーちゃんっ!」
涼宮ハルヒはそう鋭い(?)声を出すと、はっしと九曜の両手を掴んでいた。
「選挙になったらあたしに入れてくれるよね」
なんだこれは!
九曜はうっすらと頬を染め、
「わたしの——応援を————あげる——」とあっという間に承諾の意を示していた。
「藤原、あんたも当然あたしよね? 佐々木を推薦しないんだし」
九曜の両手を握りながら涼宮ハルヒが僕に目線を向けていた。
「ちょっと待て!」
「待たない」
「これはイカサマ選挙だ」
「人聞きが悪いわね」
「偽SOS団は五人しかない。つまり五人で投票したなら3票取れば勝ちだ。僕と九曜が投票したとするとこれで2票、涼宮ハルヒが涼宮ハルヒ自身に入れたらこれだけでもう3票。やる前から結果が見えている選挙がマトモな選挙と言えるのか」
「なに言ってんのよ。選挙には根回しってもんが必要でしょ?」
「それは普通選挙じゃない。政党のトップを誰にするかという党首選の類だ」
「ならあたしを選びなさい。あたしなら絶対にこの団を正しい方向へ導いてみせるわ」
こっちは〝確実にそうはならないであろう〟ことを危惧している。
「じゃあ解ったわね、藤原。そういうことだから後はよろしく」
涼宮ハルヒは僕にはそう言い、九曜とひとしきりペタペタとじゃれ合った後すっくと立ち上がった。
反射的に時計を見上げる。
長い髪を翻しながら「じゃ、くーちゃんお願いね」と口にして涼宮ハルヒは去っていった。
ただ今の時刻、二十一時の少し前。
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