夜行奇談

東亮太

書籍化記念特別編

特別編・第一話 写真

『東さんがカクヨムに書いている『ぎょうだん』、もし本にする話がなければ、うちで検討してもいいですか?』

 カドカワに勤める編集者のRさんから、LINEを通してそんな打診をいただいたのは、昨年の初秋のことだった。

 Rさんはもともと僕と同じ妖怪好きで、同好の士として二十年前に知り合って以来、ずっと親交が続いている。その点、気心の知れたかたであり、僕も安心して『ぜひよろしくお願いします』と即答した。

 もっとも、その時点ではあくまで「検討」ということで、実際に企画が通るかは分からない、とのことだった。

 もちろん僕も長年の経験から、本一冊の企画を通すのがいかに大変かは、よく理解していた。だから、「時間はかかる」「没になっても泣かない」の二点を自分に言い聞かせて――と言っても実際は祈るような気持ちで――Rさんにすべてを託すことにした。


 またこの時、Rさんと、書籍版『夜行奇談』の方針について、意見を交わしている。

 もともとカクヨムでの『夜行奇談』は、怪談集としては異質な仕掛けを施したものだった。

 本編そのものは純粋な怪談集だが、後に来る「厄落とし編」によって、各エピソードに隠された「得体」が判明する――。要はミステリーにおける問題編と解決編のような形にしたのだが、このどんでん返しこそが『夜行奇談』のキモだったのは、言うまでもない。

 もっとも言い換えれば、「最後まで読まない限り、キモには辿り着けない」ということでもある。

 問題はここだった。やはり本として出版する以上、何がこの作品の「売り」なのかを最初にきちんと明示しなければ、読者を獲得するのは難しい。

 キモを隠せば、『夜行奇談』はただの怪談集に過ぎない。これはかなり明確な弱みだった。

 だから――敢えて「得体」を隠さずに、前面に出していくのも、手ではないか。

 Rさんは悩みながらも、そのような意見を提案してきた。

 つまり、表紙なりタイトルなりオビなりで、さっさと「得体」を明かし、が好きな人の食いつきを誘おうというわけだ。

 これについては、僕も異論はなかった。

 もちろんこのやり方だと、カクヨムバージョンのような、「恐怖を煽った上で最後に引っくり返す」という流れは再現できなくなる。しかしそこにこだわりすぎて、ただのありふれた怪談本を装ってしまうのは、逆にもったいないだろう。

 ならばむしろ、「厄落とし編」どころか、初めから落とす気満々で攻めた方がいい――。

 長年商業ベースで、「いかにキャッチーな企画を立てるか」で四苦八苦してきた経験があるからこそ、僕は素直にそう思えた。

 さっそくRさんにその旨を返事し、意見の一致を見たところで、LINE上での打ち合わせはひとまず終了となった。


 その後はしばらく、音沙汰のない日々が続いた。

 僕はその間、新しい作品のアイデアを頭の中であれこれ考えつつも、作家業とは別に抱えている仕事と、趣味のゲームに時間を奪われ、すっかり執筆生活とは程遠い毎日を送っていた。

 正直、作家としてはいかがなものか、と我ながら思っていたわけだが――。

 そんな折、奇妙な出来事があった。

 十一月のある日、LINEに、久しぶりにRさんからの新着通知が入った。

 企画について進展があったのか、と期待して、僕は急いでアプリを起ち上げてみた。

 ところが――どうも少し様子が違っていた。

 送られてきたのは、画像が一点だけだった。

 写真である。場所はどこだか分からないが、山中に建つ朽ちた神社を、少し離れた位置から撮影したものだ。

 時間は日中。黒ずんだ板壁の社は、樹々に囲まれながら冷え冷えとして、木漏れ日を浴びながら、どこか薄暗い。

 そんな寂れた神社の、正面に構えられた鳥居に――。

 ……人がぶら下がっていた。

 いや、首を吊っているわけではない。鳥居の「ぬき」と呼ばれる横木の部分に両手をかけ、まるでおさなが鉄棒で戯れるかのように、だらりと下がっている。

 距離があるため、顔などははっきりとしないが、長い髪を腰まで垂らした、真っ黒な服の女のように見える。

 当然、足は地面に届いていない。貫までは相当高さがあるから、体全体が宙に浮いているも同然である。

 ……いったいこの画像は、何なのだろう。

 僕は気味悪く思いながら、『何事ですか?』と返信した。

 Rさんからの答えは、なかった。既読にもならない。

 ただ――思うに、これはいわゆる「心霊写真」ではないのか。

 もしそうなら、Rさんは怪談がらみの仕事を多く手掛けているから、そこで使う写真かもしれない。

 その心霊写真を、本来の仕事相手と間違えて、僕の方に送ってしまったのではないだろうか。

 とりあえず、そう思うことにした。

『送り先を間違えてないですか?』

 改めてそうメッセージを返し、その日はLINEを閉じた。

 ところが翌日になると、またもRさんから、新しい画像が届いている。

 やはりどこかの寂れた神社を写したものだ。場所は違っていて、今回は町なかである。

 その神社の鳥居に――。

 ……また、同じ女がぶら下がっている。

 両手を鉄棒のように貫にかけ、宙に浮いている。

 顔などの細部は分からないが、髪が長くて服が真っ黒なことだけは確かなのも、昨日の写真と同じだ。

 僕はとっさに、昨日こちらから返したメッセージを確かめた。

 既読には、なっていない。

 既読になっていないのに、どうやって次の画像を送ってきたのか……と不思議に思ったが、どうやらLINEには予約投稿のシステムがあるらしい。それを使ったのかもしれない。

 ただ、そうなると――。

 Rさんは、これらの気味の悪い写真が二日続けて僕のもとに届くように、わざわざ予約投稿を仕掛けた、ということになってしまう。

 いったい何のためにか。やはり、送り先を間違えているのではないか。

 そんな感じでモヤモヤとしながらも、僕はとりあえず放置しておくことにした。

 そうしたら翌日、また新しい写真が届いた。

 やはり別の神社で、鳥居には、まったく同じ女がぶら下がっていた。

 ……実際のところ、仮にこれが心霊写真だったとしても、フェイクである可能性は否めない。神社の写真素材さえあれば、いくらでも量産できそうな代物だからだ。

 とは言え、たとえフェイクであっても、こんなものを毎日送られてきては迷惑だ。

 やはりもう一度、送り先を間違っていないかどうか、Rさんに確かめておくべきだろう。

 僕はそう思いながら、写真を改めて眺めていて――。

 ふと、奇妙なことに気づいた。

 送られてきた三つの写真を順番に見て、分かった。

 ……女の腕が、少しづつ伸びている。

 それに伴って、体の位置も、毎日少しずつ下がってきている。

 このまま幾日もすれば、女が着地した写真が届くかもしれない。

 いや、だから何だ、という気もするが――。

 何となくそれは見たくない……と感じて、僕は一連の写真をすべて、LINE上から削除した。

 それから駄目元でRさんに電話してみたら、意外とあっさり、本人が出た。

 さっそく事情を説明すると、Rさんは、そんな写真は知らないし送っていない、という。僕宛はもちろんのこと、他の誰に送った覚えもないそうだ。

 現に、Rさんの方のLINEの画面には、一連の写真がまったく表示されていないし、僕からの『送り先を間違えてないですか?』というメッセージも存在していない、とのことだった。

『ちょっとどんな写真か見たいんで、それ、東さんの方からこっちに送り返してもらえませんか?』

 Rさんは面白がって、そんなことを言ってきた。

 もう消しましたよ、と答えると、『残念だなあ』と返された。本気で残念がっているようだった。

 それから通話を終えて数分後、『夜行奇談の件、まだ時間がかかりそうです。すみません』と、LINEに追伸のメッセージが届いた。

 その点は『大丈夫ですよ』と答えつつ――。やはり僕は写真の件が気になったまま、LINEを閉じた。

 その途端――。

 僕は思わず息を呑んだ。

 ……が、僕のスマートフォンの画面に、でかでかと写し出されていた。

 アプリのアイコンが並ぶその奥で、女が鳥居から、だらりとぶら下がっている。どうやらいつの間にか、ホーム画面の背景に設定されていたらしい。

 設定した覚えなど、ないのに。

 ちなみに写真は、一枚目の山中のものだった。

 ……一枚目だというのに、女の腕が、さっき見た三枚目よりも、また少し伸びていた。

 僕は慌てて背景の設定を直した。それからすぐにスマートフォンの中を検めて、問題の写真がどこにも保存されていないことを確認した。

 結局のところ、いったいどういう経緯で背景が乗っ取られたのかは、分からなかった。

 ただこれ以降、おかしな写真が現れたことはない。……今のところは。

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