第百二十二話から第百四十話の厄落とし

※この項では、『夜行奇談』第百二十二話から第百四十話までのネタバレが含まれています。該当するエピソードをお読みになった上で、ご覧下さい。


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 『夜行奇談』第百二十二話から第百四十話は、鳥山石燕「画図百鬼夜行」シリーズの八冊目となる『今昔百鬼拾遺 霧』に収録された妖怪画十九点をモチーフにしている。

 以下に、各話のタイトルと、モチーフとなった絵のタイトル(妖怪名)を、合わせて記す。


●第百二十二話 誘われた ―― 紅葉もみじがり

 「紅葉狩」は謡曲の一つで、長野県がくしやまを舞台に、たいらの維茂これもちの鬼退治を描いた作品である。

 戸隠へ鹿狩りに訪れた維茂は、紅葉見物をしていた美女の一行から酒宴に誘われる。そして美女の舞を見ながら酒を飲むうちに、酔い潰れて眠ってしまう。実は美女の正体は、戸隠を根城とする鬼であった。だがその時、維茂の夢の中に八幡大はちまんだいさつ眷属けんぞくであるたけのうちの神が現れ、維茂に神剣を授ける。目を覚ました維茂は鬼と激闘を繰り広げ、ついにこれを退治したのだった。

 この謡曲の影響から、戸隠山に「紅葉もみじ」という名の鬼女がいたという話が創られ、今では有名な鬼伝説の一つになっている。

 『夜行奇談』では、前述のストーリーをベースに、秋のキャンプ場で怪しい女に誘惑された若者が行方不明になるエピソードに仕立てた。あいにく鬼退治をしてしまうと現代怪談に見えづらいので、そこはバッドエンドである。

 本作で一番書きたかったシーンは、女がK君を引っ張って崖を上っていくところだ。やはり鬼ならではのパワフルさが欲しかったので、まず始めにこのシーンを山場にしようと考え、あとはそこへ持っていくための流れを作っていく――という形で執筆した。

 「紅葉」という単語を敢えて終盤まで出さずに取っておいたのは、ちょっとしたこだわりである。


●第百二十三話 熱狂 ―― おぼろぐるま

 石燕の創作妖怪の一つで、牛車ぎっしゃに巨大な女の顔が付いた姿をしている。かつて朧月夜に加茂かもおおに現れたもので、車争いの恨みから生まれたのだろう――と石燕は解説している。

 車争いというのは、平安時代に祭礼を見物しにきた貴族達が、牛車で場所取り争いをしたもの。『源氏物語』では、ろくじょうやすどころあおいのうえに車争いで敗れ、その怨念がいきりょうとなって葵上を苦しめる。石燕はこのエピソードを踏まえて、朧車という妖怪を創作したのかもしれない。

 『夜行奇談』では、「現代でも女性同士の場所取り争いが起きそうな場面はどこだろう」と考えた結果、ライブ会場が舞台の話になった。あいにく牛車要素は皆無になったが、ああいう場所でのファン達の熱狂ぶりを想うと、生霊が現れるには相応ふさわしいかもしれない。


●第百二十四話 満車 ―― 前坊ぜんぼう

 炎に包まれた僧。石燕が創作した妖怪の一つで、とりやまに煙とともに現れるという。

 鳥部山は皇族や貴族の埋葬地であり、かつては高僧達がじょうをおこなった場所でもあった。火定というのは、僧が往生を願い、自らの体に火を放つという儀式である。要は焼身自殺なのだが、ここまでしてもなお未練ゆえに成仏できなかった僧の亡霊が、この火前坊ということなのだろう。

 『夜行奇談』では、「火定」「煙」というキーワードから練炭自殺をイメージし、作中のようなエピソードになった。車、駐車場、満車、テーマパーク……と、いずれも連想ゲームのように浮かんだ単語を繋げてストーリーを組み立てたのだが、いい感じにまとまってくれたように思う。


●第百二十五話 赤色灯 ―― みの

 雨の日に蓑に付く、ほたるのような怪火。滋賀県琵琶湖の他、各地に伝わるもので、火といっても熱くはないが、慌てて払おうとすると増えてしまう。

 石燕の絵では、あぜみちで笠と蓑、くわだけが燃えている様が描かれる。

 『夜行奇談』では、蓑をそのまま現代に置き換え、レインコートの怪異に仕立ててみた。また火の要素は赤色灯で表現している。

 ストーリー自体は、レインコートと赤色灯の組み合わせから思いついたものを、そのまま書いた。シンプルながら気に入ったエピソードの一つである。


●第百二十六話 アオ××サマ ―― 青行燈あおあんどう

 石燕が創作した妖怪の一つで、行燈あんどんから浮かび上がる鬼女が描かれる。これは、当時百物語の場で用いられた、青い紙を張った行燈がモチーフになっている。

 百物語というのは怪談会の一種で、百の灯芯とうしんに火を灯し、一話語るごとに火を一つ消していくという遊びである。最後にすべての火が消えると、本当に怪しいことが起こるとされていた。

 石燕も、「こんを談ずる事なかれ。鬼を談ずれば怪いたるといえり」と解説している。つまり、百物語を妖怪として表現したのが、この「青行燈」なのだろう。

 『夜行奇談』では、もともと百物語という美味しいネタがモチーフになっていることから、敢えて終盤まで書かずに取っておいたエピソードである。

 当初は、百物語のイベントで語られた「アオオニサマ」なる化け物(というか青行燈)が本当に現れてしまい、イベントに参加しなかった主人公の周りで、次々と知人達がアオオニサマの被害に遭っていく――という内容にしようとした。しかし、「百物語」と「青鬼」の組み合わせでは、妖怪の正体が読者にバレてしまうと気づき、他に怪談が多数集まりそうなシチュエーションを考えた結果、「ホラー小説新人賞の下読み」を思いついた。

 作中、新人賞に送られてきた複数の「アオ××サマ」は、いずれも「もしアオ××サマに遭った人物が、その体験を小説にしたら」という前提で、アオ××サマの不思議パワー(?)で自動生成された原稿である。中には主人公達が書いたかのような原稿もあったが、これも彼らの体験を先取りして自動生成されたもの、という設定になっている。

 なお、アオ××サマから逃れるためには、「憑き物落としのまじない」が必要になる。やり方は、「いっしょうます三方さんぼうに載せて御神酒おみきを注ぎ、それで手を洗う」というもの。これは水木しげる氏が描いた、映画「妖怪百物語」のコミカライズ版にあったネタである。やはり百物語といえば、「妖怪百物語」は外せないのだ。


●第百二十七話 降る ―― あめおんな

 石燕の創作妖怪の一つで、雨の中にたたずむ女が描かれる。石燕曰く、唐のざん神女しんじょは、朝には雲となり、夕方には雨となる。雨女もそういったものだろう――とのことだ。

 このモチーフになっているのは宋玉の詩「こうとうの」で、「ちょううん暮雨ぼう」とは、男女の密やかな交情を指す言葉である。雨女は性的な意味合いを持つ妖怪なのかもしれない。

 『夜行奇談』では、そのまま「夕方降る」話にした。特にプロットは考えずに、勢いで書き上げたのだが、だいぶ乱暴なエピソードになってしまった気がする。反省。


●第百二十八話 笠のボンさん ―― 雨坊さめぼう

 石燕の創作妖怪の一つ。僧の姿をしており、雨の夜、大峰おおみねさんかつらさんを徘徊してときりょうを乞うという。

 斎料というのは僧に対する布施ふせのことである。ここから転じて、現代の妖怪図鑑などでは、「人に会うとあわをねだる」と解説されることが多い。

 『夜行奇談』作中では、僧形で物乞いをしていた男の亡霊として登場させた。もともと妖怪としては地味なものなので、どのように怪談に仕立てるかだいぶ迷った末だったが、いい形にまとまったと思う。


●第百二十九話 W ―― がんぞう

 石燕が創作した、河童のような姿の妖怪。川辺などにいて魚を捕って食らうが、その歯はとても鋭く、まるでやすりのようだという。

 岸涯とは岸辺のことだが、一説に、これは「がん」とのダブルミーニングとされる。雁木とはギザギザした形のものを指す言葉で、これは岸涯小僧の歯の形に通じる。また絵の中には、ギザギザ型の岸、階段、高さの違う杭、折れ曲がった形の星座といったものが描かれ、絵全体でギザギザを表している。「岸涯小僧」は、そういった遊び心から描かれた妖怪だと考えられる。

 『夜行奇談』では、現代的なギザギザの代表として、ネットスラングである「w」を題材にすることにした。当初は「ネット上でwを連発してくる煽り屋に構ったら、家のドアにwの文字が書かれるようになった」という話を考えていたが、これだと単に人の嫌がらせのようだし、仮に怪異だとしてもいまいちだなと感じて、現在のストーリーに変えた。

 送られてくるwがカウントダウン形式になっているのは、当初、これがゼロになると主人公が道連れになって死ぬ、という展開を想定していたからである。とは言えこの設定も、親戚の子が極悪非道にしか思えないので取り止め、純粋なSOSのようなものということにした。

 この親戚の子は、もちろん主人公に恋心を抱いていたわけだ。


●第百三十話 おててつないで ―― あやかし

 海に現れる怪異を「あやかし」と呼ぶ。伝承上では怪火やふな幽霊ゆうれいがこう呼ばれる他、江戸時代の怪談集『怪談おいつえ』では、いそおんなの類と思われるものが「あやかし」と呼ばれていた。

 石燕が描いた「あやかし」は、巨大なうなぎか蛇のような姿をしている。このあやかしは西国さいごくの海に現れる妖怪で、長い体を持ち、船の上を二、三日かけて乗り越えていく。またその際あやかしの体から大量の油が出るため、これを汲み出さないと船を沈められるという。

 この鰻型の「あやかし」は、もともとは「イクチ」または「イクジ」と呼ばれるもので、当時の随筆に記されたものである。海の妖怪ということで、石燕はこれを「あやかし」という名で描いたわけだが、その影響から現在の妖怪図鑑などでは、「あやかし」と言えば海に現れる鰻のような妖怪、とされることが多い。

 『夜行奇談』作中では、「互いに手を繋いで、時間をかけて船の前を横断していく、謎の子供の行列」という形で、イクチを表現してみた。さすがにシーサーペントのようなものを出すわけにも行かないので、怪談っぽくて「長い」ものを選んだわけだ。

 真っ暗な海の上を子供の集団が歩いていたら、かなり怖いと思うのだが……いかがだっただろうか。


●第百三十一話 牛がいる ―― どう

 鎌倉時代の説話集『こん著聞ちょもんじゅう』に登場する鬼、童丸どうまるのこと。鞍馬に詣でたみなもとの頼光よりみつを狙って、殺した牛の腹の中に隠れて待ち伏せしていたが、それを頼光に見抜かれ、矢を射られて飛び出してきたところを、斬り捨てられてしまったという。

 一説に、大江山の鬼の頭目、酒顚しゅてんどうの息子だとも言われる。

 『夜行奇談』では、当初はゆるキャラの着ぐるみを題材にした怪談にしようと考えていたが、どうにもギャグかサイコホラーにしかならなかったので、素直に牛の怪談に仕立てた。

 作中の前説にも書いたが、なぜか現代怪談には、牛のネタがちょくちょくある。なのでこのエピソードも、違和感なく馴染んでいた……かどうかは定かではない。


●第百三十二話 廃屋の少女 ―― 鬼一口おにひとくち

 石燕は「鬼一口」と題して、巨大な鬼が女を一口に食らう様子を描いている。これは有名な『伊勢いせ物語』の一エピソード、「あくたがわ」のワンシーンである。

 ――ある男女が駆け落ちして逃げる最中、雷雨に見舞われる。途中で戸締まりのない蔵を見つけた男は、女をそこに入れて、自分は外で番をする。ところが夜が明けてから蔵の中を覗くと、女の姿がない。実は蔵の中には鬼が潜んでいて、女を一口に食ってしまったのだ。女が上げた悲鳴は、雷の音に掻き消されて、聞こえなかったというわけだ――。

 なお、ここに登場する男女とは、ありわらの業平なりひらじょうきさきのことだと言われる。石燕もそのように解説しているが、実際のところ、『伊勢物語』にそれを示すような記述はないため、あくまで俗説のようだ。

 『夜行奇談』では、鬼そのものを登場させるのではなく、かつて鬼に食われた少女の亡霊を登場させることで、現代怪談っぽいエピソードに仕上げてみた。つまり、舞台となる倉庫の中二階には、実際に鬼がいた――というわけである。

 ちなみに倉庫の中が寒かったり焦げ臭かったりしたのは、やはり鬼が登場する第五十三話「勝手口から」との共通点を作りたかったからだ。

 また、主人公の少女が「Nさん」、相手役の少年が「A君」なのは、もちろん二条の后と在原業平を意識してのネーミングである。


●第百三十三話 夢の中で ―― 蛇帯じゃたい

 石燕が創作した妖怪の一つで、着物の帯が蛇のようにうごめく様子が描かれる。人が帯を敷いて眠ると蛇の夢を見るという俗信があるが、しっ心を抱いて眠る女の帯は毒蛇になるのだ、と石燕は述べている。

 『夜行奇談』では、帯ならぬパジャマが蛇となって、男のもとへ向かっていく話にした。

 いくらパジャマでも、オートロックの隙間からは入り込めないだろう、というツッコミは、してはいけない。


●第百三十四話 つかまれた ―― そで

 石燕の創作妖怪の一つ。掛けられた小袖(小さい袖口の着物)の袖のところから、細い手がにゅうっと伸びている様子が描かれる。この小袖は亡くなった遊女のもので、出てきた手は遊女の亡霊だと思われる。

 また後世の妖怪本には、「古着屋で買った小袖から手が出てきたので、小袖をよく調べてみたら、刀でバッサリと斬られた跡が隠されていた」という怪談が書かれていることがある。これは、石燕の絵から着想を得て創作された話だろう。

 『夜行奇談』では、後者の創作怪談をベースに、改めて現代を舞台にした怪談を創作してみた。当初は「ポケットに手を入れたら誰かに手をつかまれた」というだけの一発ネタにするつもりだったが、気がつけばノックをしたりゴミ袋を突き破ったりと、かなりアグレッシブな手になってしまった。いや、反省はしません。


●第百三十五話 マフラー ―― 機尋はたひろ

 石燕の創作妖怪の一つ。女が家に帰らない夫を怨みながらはたると、その機が蛇と化し、夫の行方を捜すという。

 女性の一念が蛇となって現れたという話は数多く残っており、この「機尋」や先に挙げた「蛇帯」は、そうした考え方をベースにして創作されたものと思われる。

 『夜行奇談』では、機織りならぬ手編みのマフラーが蛇になる話にした。編む女性をお婆さんにしたので、相手の夫も昔離婚した人という設定にしたが、かえって執念めいた感じになって良かったと思う。


●第百三十六話 暗闇で触れたもの ―― おおとう

 石燕の創作妖怪の一つ。文字どおり大きな座頭だと思われるが、絵で見る限り、それほど大きくも思えない。風雨の夜に大道だいどうを徘徊するという。

 おそらく何らかの洒落で創作されたものだと思われるが、詳しいことは分かっていない。

 『夜行奇談』では、巨大な座頭から連想して、巨大な盲導犬を登場させようと考えた……のだが、どうしても怪獣ものにしかならなさそうだったので、そちらの案は没にした。

 結果、話の内容をガラリと変えて、主人公が暗闇で目が見えない中、小さい何かの頭をつかんでしまうというエピソードにした。後半では別の主人公が、暗闇で大きな何かに頭をつかまれる。これで「大きな座頭」の完成である。

 なお舞台となった二つの部屋は、もちろん同じ場所だ。詳しい設定は特に考えていないが、次元のゆがみみたいなものが発生していたのだろう。たぶん。


●第百三十七話 ラクガキさん ―― 火間ひまむしにゅうどう

 石燕の創作妖怪の一つ。縁の下から坊主が這い出して、ともしびの油を舐める姿が描かれる。これは怠け者が死後に化けたもので、人の夜なべを邪魔するのだという。

 この元ネタになったのは「ヘマムシ入道」と呼ばれる落書きの一種である。片仮名の「ヘ」「マ」「ム」「シ」で人の横顔を作り、「入」「道」で体を表現したもので、この姿を妖怪風に描くと、ちょうど石燕の「火間蟲入道」のようになる、というわけだ。

 『夜行奇談』では、この火間蟲入道をイメージした、「ラクガキさん」なる化け物を創作してみた。姿が横からしか見えないのは、そもそも「ヘマムシ入道」が横顔を模したものだからである。

 短い上につかみどころのないエピソードになったが、僕自身は結構気に入っている。


●第百三十八話 形見の石 ―― せっしょうせき

 玉藻前たまものまえこと九尾の狐が那須野なすので討たれた後、変じたとされる大岩。毒気を吐き、飛ぶ鳥さえも落としたことから、殺生石と名付けられた。玄翁げんのう和尚によって砕かれたという。

 『夜行奇談』では、玉藻前をモチーフとした第六十三話「光る恋人」の続編という位置付けになっている。ただしこのエピソードだけではそれが判別できず、後に書かれる三番目の九尾の狐絡みのエピソードによって、これらの繋がりが明確になる――という形を狙った。

 本作に登場する謎の石は、「光る恋人」が遺したものであり、死してなお男を魅了し、害する。ただ、もとの第六十三話がだいぶやりすぎた感があったので、今回は控えめに、ほんのりと不気味さを出すに留めた。


●第百三十九話 落ちた ―― ふう

 江戸時代の百科事典である『和漢三才図会ずえ』に載る獣。風に乗って岩や木に登り、その速さは飛ぶ鳥のようだという。元は古代中国の『本草綱目ほんぞうこうもく』に記されたもので、実際にはヒヨケザルのことを指しているのだろうと言われている。

 江戸時代の随筆『みみぶくろ』にも風狸の話がある。それによると、風狸は鳥を捕る際に、ある種の草を抜いて、鳥に向かってかざす。そうすると、鳥が落ちてくる。ある人が風狸から草を奪い、樹に登って鳥にかざしてみたところ、鳥と一緒に自分も樹から落ちてしまったという。

 『夜行奇談』では『耳嚢』の話を参考に、人を落とす怪異として登場させてみた。本来の風狸はあくまで動物なので、鳥を落とすのも捕食目的なのだが、作中の風狸(?)は割と悪意ある存在と言えるかもしれない。


●第百四十話 給湯室のおじさん ―― りんかま

 群馬県にある茂林寺という寺に伝わる茶釜。かつてこの寺には守霍しゅかくという僧がいて、茶をたしなみ、何代もの住職に仕えていた。守霍が持っていた茶釜は、いくら湯を汲んでも尽きることがなく、福を分け与えるという意味で「文福ぶんぶく」と呼ばれた。しかしある時、守霍は居眠りをしていて、うっかり古狸の正体を現してしまう。その姿を人に見られたために、守霍は寺を去ったが、後に残された茶釜は、今でも茂林寺の宝になっている。

 この伝説は、有名な昔話「文福茶釜」のモデルとなったものである。石燕は茶釜に化けた狸を描いているが、文福は守霍の化身と言われ、夜中に手足や尾を出すことがあったという話もある。

 『夜行奇談』では、お茶を淹れてくれる狸というイメージから連想して、このようなエピソードになった。怖いものではなく、親しめるもの。一見何でもないように見えて、よく考えてみると奇妙なもの。だけど、少し会ってみたい気がするもの――。そんな路線を狙ってみた次第だ。

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