第一話から第十四話の厄落とし
※この項では、『夜行奇談』第一話から第十四話までのネタバレが含まれています。該当するエピソードをお読みになった上で、ご覧下さい。
* * *
『夜行奇談』第一話から第十四話は、鳥山石燕「画図百鬼夜行」シリーズの一冊目となる『画図百鬼夜行 陰』に収録された妖怪画十四点をモチーフにしている。
以下に、各話のタイトルと、モチーフとなった絵のタイトル(妖怪名)を、合わせて記す。
●第一話 切り株 ――
樹の精霊や神の類を木魅という。一般的には「木霊」「木魂」などと書く。時代・地域を問わず、樹に神霊が宿るという概念は広く浸透しており、現代も例外ではない。
本作『夜行奇談』では一話目ということで、「切り倒された樹が祟る」というオーソドックスな題材と絡めることにした。
モチーフとなった石燕の絵では、松の樹から老夫婦が姿を現していたため、これをホラー演出で登場させてみた。元の絵をご存知のかたは、もしかしたらピンと来たかもしれない。
ちなみに正真正銘、僕が初めて書いた怪談である。改めて読み返すと、だいぶ文体に手探り感が窺える。
●第二話 子さらい ――
天狗は、言わずと知れた有名な妖怪の一つである。主に山を中心に伝承が残る。
かつて仏教においては、天狗は仏道を妨げる悪魔のような存在として扱われていたが、これが修験道に取り入れられると、今度は山の霊的存在の象徴へと変わっていった。
民間伝承の中では、山中で起こる怪異は天狗の仕業とされることが多い。その内容は、怪音や投石など多岐に渡るが、『夜行奇談』ではいわゆる「神隠し」「天狗隠し」と呼ばれる行方不明現象に焦点を絞り、題材とした。
作中では、天狗にさらわれた男の子は天狗の世界に連れていかれ、そこで新たな天狗へと変わり、今度は自分が子供をさらう――という設定になっている。
なお、天狗絡みのエピソードは後にもいくつか出てくるが、いずれも神隠しの話で統一するという構想が、これを書いた時点ですでにあった。
●第三話 おーい ――
山で叫ぶとその声が返ってくるという、音の反響がもたらす現象を、「山彦」と呼ぶ。あくまで物理的な現象なのだが、かつては山に棲む霊的な存在が引き起こすものとされた。
石燕はこれを「幽谷響」と表記し、猿のような姿で描いている。ただしこの猿型の幽谷響は、石燕のオリジナルというわけではなく、当時の狩野派の絵師達が絵巻物の中で描いていた幽谷響の姿を継承したものである。
『夜行奇談』作中では、舞台を山ではなくビル街に移してみた。具体的には、丸の内のオフィス街をイメージしている。
話自体は小ネタで、「叫ぶと同じ声を返してくる」という幽谷響の特徴を反映したオチにしている。
●第四話 秋山の怪 ――
山に棲む子供の姿をした妖怪で、「やまわろ」とも呼ばれる。一説には、河童が秋になると山に入り、これになるという。
人の仕事を手伝ってくれたりする一方で、その通り道に小屋を建てると怒って害を為すとされる。
秋の妖怪ということなので、『夜行奇談』ではそのまま秋の山を舞台に、怪しい子供を目撃する話にした。最後の一文で余韻を残そうと目論んだが、上手く出来ているだろうか。
●第五話 一度きりの話 ――
山中に棲む老婆の妖怪で、昔話でもお馴染みの存在。人を襲って食らう一方で、人里を訪れて家に福をもたらすという、
『夜行奇談』作中では、この来訪神という要素に注目し、「山中で見た知らないお婆さんが突然家に尋ねてきたら、何となく怖かろう」と思ってこのような話にした。
きっとこのお婆さんに悪意はなく、家に入れれば福を授けてくれたのかもしれない。……が、僕が主人公と同じ立場だったら、怖いから絶対に家に入れないと思う。
●第六話 早朝に歩く ――
犬神とは、主に西日本に伝わる憑き物の一種である。人に憑き病をもたらしたりするが、家に憑く(飼われる)場合もあり、そのような家は「犬神
家に憑いた犬神は、家人の悪心を勝手に酌んで、よその家から物を盗んだり、よその家の者を病気にしたりするとされる。
石燕の絵では、この犬神と一緒に「白児」なる妖怪が描かれている。他の文献や伝承には見られない妖怪なので、石燕の創作したものと思われるが、詳細は不明である。
『夜行奇談』作中では、「白い大きな犬と、それに引きずられる子供の手」という形で、両者を再現した。この犬神は飼い主の悪心を酌んで、他家に呪いを運び火事にした――という設定になっている。
僕が子供の頃、近所に大きな野良犬がいて、よく往来を闊歩していた。吠えたりすることはなかったが、子供心に恐ろしかったのを思い出し、この話を書いた次第だ。
●第七話 猫の視点 ――
歳を経て怪しい振る舞いをするようになった猫を、猫又と呼ぶ。尾が二股に分かれているのが特徴とされるが、江戸時代当時の多くの文献では、猫の化け物なら尾の数に関係なく猫又と呼ばれていたようだ。
喋ったり化けたり人を食らったりと、やることは様々だが、概ね人に害を為すものとされる。また死体を操るという話もある。
『夜行奇談』作中では、この「死体を操る」という特徴がメインになっている。本作に登場する茶トラ(猫又)は、いつも餌をくれるお婆さんが死んでいたので、その死体を操って自分のそばへ引き寄せ、その指を食らった……というわけだ。
●第八話 沼 ――
おそらく日本で最も有名な妖怪。水に棲み、人や馬を引きずり込むなどの悪さをする。他にも、子供に化けて人を誑かしたり、若い女性に憑いたりと、様々な特徴を持つ。
『夜行奇談』作中では、小さな子供に
●第九話 学ぶ男 ――
かつてカワウソは、狐狸のように化ける動物とされていた。
石燕の絵では、カワウソが着物を着て二本足で立っている。頭には笠を被り、手には提灯と、酒が入っていると思しき桶を持つ。
児童向けの妖怪図鑑などでは、「夜、子供に化けて酒を買いにくる」と書かれることがあるが、これは後世の人が石燕の絵から連想した特徴のようだ。
また能登の伝承では、カワウソは人に化けていても言葉を上手く話せず、名前や家を尋ねても、「アラヤ」「カワイ」など、奇妙な言葉を返すばかりだという。
これらの要素を踏まえ、『夜行奇談』作中では、「真夜中に酒を買いにくる、言葉が通じない怪人物」として登場させることにした。なお、現代怪談らしくなるように、舞台は酒屋ではなくコンビニにしている。
作中の獺は、始めは人間に化けるのが下手だったが、主人公の姿や行動を参考にして、次第に化ける力を上達させていく。しかし参考にしすぎた結果、最後には……というオチがつく。
個人的に、大変気に入っているエピソードである。
●第十話 ぺろり ――
風呂場に現れる子供の妖怪。文字どおり風呂場で垢を舐める化け物……と思われるが、実際のところ石燕の絵には説明書きが一切なく、どんな妖怪なのかははっきりとしない。
今では「風呂場にこびり付いた垢を舐める妖怪」という解説が主流になっているが、もしかしたら人の体を舐める妖怪だったのかもしれないし、その辺は想像するしかない。
ただし江戸時代当時は、それなりに名の知れた妖怪だったようである。
『夜行奇談』作中では、「風呂場」「舐める」といったキーワードから、犬のシャンプーを連想し、このような話にした。主人公の
●第十一話 盆踊り ――
化ける動物として、狐と並んでお馴染みの存在。
石燕の絵では腹
町に流れる盆踊りの囃子の音は、夏の風物詩だ。ここ数年は聞くことができず寂しい限りなので、早く復活することを願っている。
●第十二話 これがいい ――
つむじ風とともに人を切りつける妖怪。一般的には「鎌鼬」と書く。道を歩いていて、いつの間にか切り傷ができていたら、この妖怪の仕業とされる。
石燕の絵では、両手の先が鎌になった鼬の姿で描かれる。おそらく鎌鼬のデザインの中でも、最も有名なものだろう。
『夜行奇談』でのエピソードは、「いつの間にか切り傷が出来ている」という特徴から連想したものである。作中の怪しい女は、鎌鼬のようなものだった、というわけだ。
……もっとも話自体には、やや無理があった気もする。
●第十三話 裂ける ――
両手にハサミが付いたエビのような姿の妖怪。図鑑などでは「人が寝ている間に
ただ、江戸時代に知られていた妖怪に「髪切り」というのがあったため、これにエビの「アミ」を掛けて、石燕が創作したものではないか、と言われている。
髪切りは、文字どおり人の髪を切る妖怪である。当時夜道を歩いていると、突然
『夜行奇談』作中では、網剪と髪切り、両方の要素を取り入れた話にした。
寝ていて目が覚めたら、ベッドのボックスシーツが裂けていた――という現象は、僕は割と普通にあるのだが、これは寝相や体重のせいだろうか。果たして。
●第十四話 幼馴染の話 ――
狐が灯す怪火を狐火と呼ぶ。言い換えれば、怪しい火の玉を見た人達が、「あれは狐の仕業だろう」と解釈したことで生まれた妖怪――と言える。
『夜行奇談』作中では、狐憑きの要素も盛り込んだエピソードに仕上げた。主人公と幼馴染の少女は、夕暮れの森で狐火に惑わされ、そのまま狐に憑かれてしまう。主人公は助かったが、幼馴染の方は……という流れだ。
こういう悲恋物の要素を交えた話が、僕は結構好きだったりする。
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