第百二十六話 アオ××サマ
まず始めに――。
この話は、過去に開催された、ある小説新人賞に関係する出来事である。
そのため文中には、当時のいくつかの応募作品について、そのタイトルと内容に触れている箇所がある。
ただしこれらの作品は、あくまで僕とは無関係な第三者が書いたものだ。また、何年も前とは言え、新人賞に送られた未発表の原稿だということも、充分配慮しなければならない。
したがって、該当箇所については、一部を「××」と伏字にする形で表記している。
その点、ご了承願いたい。
*
作家のAさんという男性から聞いた話だ。
Aさんはかつて、とあるホラー小説の新人賞で、下読みに参加したことがある。
下読み――というのは、新人賞に興味のあるかたにとっては、お馴染みの言葉かもしれない。要は、一次審査員のことだ。
彼らの役目は、多数送られてきた応募作品を分担して読み、各自が受け持ち分の中から数本を選んで二次選考に回す、というものである。それ故に、責任重大な仕事と言える。
当時Aさんが受け持った作品数は、長編三十本。これを一箇月程度かけてすべて読み、その中から二本を選んで、一次選考を通過させるわけだ。
原稿は編集部から家に郵送されてくるので、作業自体は自宅でおこなう。当時Aさんは一人暮らしだったから、気兼ねなく部屋の真ん中に応募原稿を山積みにし、上から順番に読んでいくことにした。
当然いずれもホラーばかりだ。オーソドックスな幽霊譚やサイコホラーの他、デスゲームやパニックものなど、内容は多岐に渡る。改めて、「ホラー」というジャンルの間口の広さを思い知る。
もっとも、小説として面白く書けているかと言えば、そこはピンキリだ。中には、明らかに未熟な作品というのが、何本かは混じっている。
そういう作品は、一応最後まで目は通すものの、やはり途中からは流し読みになってしまう。一箇月という期間で大量の長編をチェックする以上、そこはやむを得ない。
ただ――そんな流し読みした長編の中に、一つ、引っかかる作品があった。
タイトルを、「アオ××サマ」という。
ジャンルは「実話怪談系」とでも言おうか。フィクションではなく、著者自身のリアルな体験談という体で書かれている。
内容は、こうだ。
――「アオ××サマ」と呼ばれる怪談がある。それを聞いた人のもとには、本当にアオ××サマが現れるという。主人公=作者は、実際に×××の場でその怪談を聞いてしまい、それから一週間の間、アオ××サマの怪異に悩まされることになる。
後をつけられたり、覗かれたり、つかまれたり――と、毎晩アオ××サマに脅かされるが、最後は××××××の
……以上が、ざっとしたあらすじである。
初めにこの原稿を読んだ時、Aさんは何とも思わなかった。
まず、アイディアそのものに目新しさがない。似たような話は既存作品にも多く見られるし、それに実話怪談という形式も、決して珍しくない。
いや、むしろ「実話」であることに
では筆力はどうかと言えば、残念ながら、こちらも不充分だ。また登場人物にも、さして魅力を覚えない。
こうなってくると、やはり新人賞という場で勝ち進むのは難しい。落選もやむなしだろう。
Aさんはそう判断し、この作品を迷わず一次落ちとした。
原稿は、他の評価済みの作品と一緒にして、別の場所に置いておいた。
ところが――翌日のことだ。
この日もAさんは、順調に下読みの作業を進めていた。
午前中に一本を読み終えて評価をまとめ、昼食がてら休憩を挟み、午後から次の応募作品に移ろうとしたのだが――。
新たに手に取った原稿を見た途端、Aさんは、猛烈な既視感に襲われた。
冒頭に、こうタイトルが書かれている。
「アオ××サマ」
……昨日没にした作品と、まったく同じタイトルだ。
あれ、とAさんは首を傾げた。未読の原稿を手にしたつもりが、間違えて評価済みの山から持ってきてしまったのか、と思った。
しかし、原稿に添えられたエントリーナンバーを確かめると、昨日のものとは違っている。
念のため評価済みの山も見てみたが、そちらにも間違いなく「アオ××サマ」がある。これは正真正銘、昨日読んだ原稿だ。
つまり――どういうわけだか、まったく同じタイトルの作品が二本あって、それがどちらもAさんの受け持ちになってしまった、ということらしい。
もっとも、こんなタイトル被りが起こるのも珍しい。おそらく、同じ作者が送ってきたものではないか――。
そんな色眼鏡で見つつ、Aさんは二本目の「アオ××サマ」を読んでみた。
内容は、やはり同じだった。
アオ××サマの怪談を聞いた主人公=作者が、実際にアオ××サマに付きまとわれたという体験談である。
ただし、主人公の名前や年齢、職業などは、昨日読んだ一本目とは異なっている。それに伴ってか、アオ××サマが主人公の前に現れる場所も、夜勤先である××内に限定されている。
しかし、大まかな流れは変わらない。主人公は一週間の間アオ××サマに付け狙われるが、最後は××××××の
……やはり、同じ作者が書いているのだろうか。
Aさんは改めて、二つの原稿を見比べた。
編集部から下読みに配られる原稿には、応募者の情報――例えばペンネームや連絡先など――が添えられていない。したがって、作者が同一人物かどうか、下読みには判断できない。これはおそらく、プライバシーの保護や、作品の質のみで評価を求める、という理由があるからだろう。
ただし、一つ言えることがある。
この二つの「アオ××サマ」――。それぞれの文体は、まるで別人だ。
だが、まったく別の二人が、ほぼ同じ内容の作品を送ってくることなど、あり得るだろうか。むしろ、一人の作者が文体を使い分けて書いたと考えた方が、説得力がありそうに思うのだが。
あるいは――盗作だろうか。
Aさんはその可能性も考えたが、すぐにそれを否定した。
確かにこの二つの応募作品、片方がオリジナルで、もう片方がその模倣だと考えれば、
しかし、あくまで辻褄が合うだけだ。実際のところ、どちらがオリジナルにせよ、真似たいほど出来のいい作品とは思えない。
だから、どのみち扱いに悩む必要はなかった。Aさんは、この二つ目の「アオ××サマ」についても、素直に一次落ちとした。
しかし――事態は、これだけでは収まらなかった。
それから二日後のことだ。
この日も新たな応募作品を手に取ったAさんは、そのタイトルを見て、またも目を疑う羽目になった。
「アオ××サマ」
……三本目である。
読んでみたが、内容も、これまでとまったく変わらない。
強いて違いを挙げるとすれば――前の二本と比べて、読み心地がいい。
おそらく、小説を書き慣れている人間が書いたのだろう。純粋に、文章を面白く読ませるだけの力量がある。
これならば、一次を通る可能性はあるかもしれない。
Aさんはそう思った。ただ――。
……そう、ただ、三本目なのだ。
タイトルも内容もまったく同じ、その三本目である。果たしてこれを、素直に通していいものか。
もし盗作なら問題になる。逆に、作者がすべて同一人物だとすれば――。
……一人が一つの作品を、文体や細部を変えて大量に複製し、一つの新人賞に送りつけている時点で、これは応募規約に違反するのではないか。
Aさんは迷い、ひとまず判断を保留にして、次の作品に移ることにした。
自分が一次を通過させられる作品数は、二本と決まっている。もっとも、どうしてもという場合は、編集部に相談した上で三本ぐらいは通せるようだが――。
どのみち、すべての作品を読み終えていないうちは、後回しでいいだろう。
そう思いながら、Aさんは三本目の「アオ××サマ」の原稿を、パラパラと捲った。
改めて文章を見返すと、どこか既視感がある。
「ああそうか。この文体、○○さんだ」
ふと気がつき、Aさんは呟いた。
○○さんというのは、Aさんと交流のある新人作家だ。確か、今回の下読みにも参加していたはずである。
もしかしたらこの原稿は、○○さんが書いたものなのだろうか――。
Aさんは一瞬そう思ったが、すぐに「そんな馬鹿な」と首を横に振った。
今回の新人賞は、一応プロアマ不問になっている。しかし、デビューして間もない新人作家が、敢えて新人賞に応募する意味が分からない。いや、そもそも応募者の中に○○さんが混じっているなら、編集部の方も、彼を下読みには参加させないだろう。
まあ、あくまで文体が似ている、というだけのことだ。
Aさんはそう納得し、三本目の「アオ××サマ」を、評価済みの山に移した。
その後は特に問題が起きることもなく、残りの下読み作業は、二週間ほどですんなりと終わりを迎えた。
新たな「アオ××サマ」が現れることもなかった。また肝心の選考についても、三本目の「アオ××サマ」よりも面白い作品が複数出てきたため、迷う必要はなくなった。
Aさんは、受け持ち作品の中から二本を選んで一次通過とし、評価シートとすべての原稿を編集部に送り戻した。
こうして、約一ヶ月に渡る一次選考は、無事終わったのだが――。
ここからである。
……Aさんの身に、不気味な出来事が起き始めたのは。
応募原稿を編集部に戻した、その翌日。季節は初夏に入ったばかりの、深夜のことだ。
午前一時を回った頃、執筆中にふと小腹が空いたAさんは、近所のコンビニに夜食を買いに出た。
ひと気のないアスファルトの夜道を、パタパタとサンダルを鳴らしながら歩く。執筆で疲れた頭に、夜風が当たるのが心地いい。
暗い裏道から、表通りへと出る。すでに走る車もほとんどない時間だが、横断歩道を渡った先には、目的地のコンビニの灯が、
車が来る気配もない中、律儀に信号が青になるのを待って、向こう側へ渡る。
Aさんは店内に入ると、菓子パンとジュース、それから漫画雑誌を一冊買って、再び外に出た。
そして、大通りを超えて裏道に戻り、ひっそりと静まった民家の並びを少し歩いたところで――。
……ふと夜道の先に、何か青いものが見えた気がした。
何だろう、と歩きながら目を凝らす。
と、ちょうど前方の四つ角を折れた先で、何かがほんのりと、青白く光っているのが分かった。
Aさんはドキリとして、足を止めた。
不意に記憶の中に、あの話が蘇った。
――アオ××サマ。
そう言えば、あの三つの話の中で、主人公=作者が初めてアオ××サマに遭遇するのも、こんなひと気のない夜のことだった。
――暗闇の中、一人で歩いていた主人公の前に、不意に曲がり角の先から真っ青な××が現れる。そうして、主人公が明るい場所に逃げ込むまで、どこまでも追ってくる……。
「……いや、そんなわけないよな」
夜道を凝視しながら、Aさんは呟いた。
あの話は、あくまでただの小説だ。いくら実話怪談形式で書かれていたからといって、そのとおりのことが現実に起きるはずがない。
ただ――少なくとも、自分の行く手に何か青いものが待ち受けているのは、確かだ。
……戻るべきか。
Aさんは足を止めたまま、そっと後ろを振り返った。
大通りの灯は、もう見えない。
引き返すには、少し遅かったかもしれない。
だが一方で、引き返す必要なんてないだろ、と呆れている自分がいるのも確かだ。
――そう、小説は小説。現実は現実。小説の中のアオ××サマを現実に恐れる理由など、どこにもない。
そう自分に言い聞かせ、Aさんは再び先へ進もうと、足を動かしかけた。
……その時だ。
青白い光が、ぬっ、と蠢いた。
そして、曲がり角から道の真ん中に、転がるように躍り出てきた。
Aさんは――その正体を見て、今度こそ足を
……女だ。
……ただし全身が、真っ青に染まっている。
青い髪。青い顔。青いワンピース――。それらすべてがほんのりと光を帯びた異様な姿で、夜道に立ちはだかっている。
「ひぃっ」
Aさんが息を呑む。同時に女が、こちらをギロリと睨んだ。
青白く光る目で。そして、口角を耳まで裂けんばかりに引き上げ――。
にぃっ、と笑った。
Aさんは悲鳴を上げた。
それほどまでに、女の形相は凄まじかった。
――アオ××サマだ!
そう確信し、Aさんはすぐさま、元来た方へと走り出した。
なぜ現実にアオ××サマが現れたのかは、分からない。理屈など考えようもない。
しかし、今はただ逃げなければならない――。それだけは、はっきりしていた。
サンダルを履いてきたことを呪いながら、パタパタと路上を走る。だが、すぐに後ろから、バタバタバタ! と、もう一つの足音が迫ってくるのが分かった。
思わず振り返ると、すぐ背後に青い女がいて、今まさに、こちらにつかみかかろうとしている瞬間だった。
Aさんはもう一度悲鳴を上げた。
サンダルをすっ飛ばして、裸足で全速力で走った。
大通りに出ても立ち止まらず、赤信号の横断歩道を突っ切って、先ほどのコンビニに駆け込んだ。
店員が驚いてこちらを見る。Aさんはぜえぜえと息を荒げながら、意味もなく会釈で応えた。
それから急いで振り返ったが、女の姿は、もうなかった。
気がつけば、買い物袋もどこかに放り捨てていた。Aさんは
店員からは、「警察に通報しましょうか?」と、何度も聞かれた。Aさんはそのたびに「大丈夫」と断ったが――後から思えば、単に店に居座られるのが迷惑だったのだろう。
ともあれ、この時はこれだけで済んだ。
しかし明け方、家に帰ってから、ふと思った。
あの「アオ××サマ」の話の中では、主人公は何日も怪異に見舞われ続けた。
もしあの小説が現実になって、自分の身に起きたのだとしたら――。
……まだ始まったばかりではないのか。
そう考えた途端、自然と肌が
そして――不幸にもこの不安は、的中することになる。
次の夜。Aさんが風呂に入っていると、不意にドアの磨りガラスに、パッと青いものが映った。
ハッとして目をやると、真っ青な女が
Aさんは、思わず上がりそうになる悲鳴を堪え、浴室に置いてあった掃除用のブラシを手に取って、振りかざした。
女はパッと消えたが、その後もAさんが風呂から上がるまで、何度も姿を見せては、ドアの取っ手をガタガタと鳴らしてきた。
幸い内側からロックしておいたので、入ってこられることはなかった。それでも浴室から出て服を着るまでは、生きた心地がしなかった。
なお磨りガラスには、女の手の跡が、しっかりと残っていた。
……続く三日目の夜は、街で出くわした。
その時Aさんは、繁華街に出て友人達と食事をした後、皆で駅までの雑踏を歩いていた。
すると、不意に背後から肩を、ぽん、と叩かれた。
何だろう、と振り返る。
……青い女がいた。
すぐ背後で、ニタニタと笑いながら、Aさんを睨みつけていた。
Aさんが悲鳴を上げると同時に、女はパッと消えた。
友人達からは、揃って不思議そうな顔をされた。Aさんは「後ろに変な女がいた」と説明したが、他の誰も、そんな女の姿は見ていなかった。
しかしその後も駅に着くまでの間、何度も後ろから肩を叩かれた。
Aさんは、絶対に振り返らなかった。
そして――四日目の昼間。
さすがに参ったAさんは、とにかくこの怪現象を終わらせようと考えた。
日中であれば、アオ××サマは現れない。手を打つなら今だ。
終わらせる方法についても、目途が立っている。もしこの一連の怪異が、あの応募作品のとおりに起きているのだとすれば――。
やはり、××××××の
方法も、あの作品の中に書いてあった。ただ、必要な道具は手元にない。
いるのは、×××、×××、××である。
このうち一つ目は、近所の酒屋で難なく手に入るはずだ。そう思ってさっそく行ってみると、二つ目の×××も取り扱っていたため、一緒に購入できた。
問題は三つ目の××で、これは普段から見かけるものではない。試しに近場のホームセンターに行ってみたが、取り扱っているのは歳末だけだと言われた。
Aさんは仕方なく、ネットの通販に頼ることにした。ただ、届くのに二日かかるという。
ひとまず振り込みで支払いだけ済ませ、憂鬱な気持ちになりながら、深夜を迎えた。
……やはりこの日も、女は現れた。
パソコンデスクに向かっていたAさんの背後に立って、ふぅっと、首筋に冷たい息を吹きかけてきた。
Aさんは、家を飛び出した。
とりあえず例のコンビニに駆け込んだ。
店番をしていたのは、前回と同じ店員だった。露骨に迷惑そうな顔をされたが、Aさんは気にせず、夜明けまで居座った。
……五日目になった。
帰宅し昼過ぎまで眠りこけた後、Aさんは例の新人賞を主催した編集部に、メールで問い合わせてみた。
もっとも、いきなり「ホラー小説が現実になった」などと言っても、ふざけていると思われるのがオチだ。だからまずは、先日の下読みで同一作品が複数存在していたことを伝え、反応を探ることにした。
返事はすぐにあった。相手は、Aさんとも付き合いのある編集者だ。
『申し訳ございません。実は○○さんからも、同じ指摘を受けまして……』
メールには、そんなことが書かれている。○○さんと言えば、例の新人作家だ。どうやら「アオ××サマ」の話が配られたのは、自分だけではなかったらしい。
ただその編集者曰く、応募作品はすべて下読みに配る前にチェックし、露骨な規約違反のものがあれば、そこで弾いているという。
だから、一人の応募者が同じ作品を複数送りつけてきても、それが下読みの手に行くことは、基本的にない。
つまり――問題の作品は、すべて応募者がバラバラだった、ということになる。
もっとも、一人が複数の人間を装って作品を応募することは可能だから、決して白だとは断定できないが……。まあ、「受賞」という最終目的を思えば、そんなバレた時のリスクが高い小細工を
何にしても、編集者から聞けたのは、ここまでだった。
本当は作者の名前や連絡先なども知りたかったが、さすがにそれは無理だと言われた。やはり、プライバシー保護の問題があったからだろう。
Aさんは続いて、○○さんと連絡を取ることにした。
しかしメールを送っても、返事がない。そう言えば彼は会社勤めで、平日の日中は連絡が取れないと聞いたことがある。そうこうしているうちに、少しずつ陽が落ちてくる。
……夜になれば、きっとまた、アオ××サマが現れるに違いない。
Aさんは家を出て、近くにある二十四時間営業のファミレスに向かった。ノートパソコンも持参で、そこで仕事をしながら朝まで過ごす作戦だ。
明日になれば、通販で注文した××が届く。そうすれば、きっとこの悪夢も終わるはずだ――。
そう信じて、Aさんはファミレスで明け方まで粘った。
ただしその間、パソコンの画面が真っ青に染まるという不可解な現象が、何度も起きた。
トイレに入れば、必ず背後に誰かの息遣いを感じた。
時折隣のテーブルから、「アオ××サマ」と呟く声が聞こえたが、いつ振り向いても、そこは空席だった。
そして、六日目――。
××は、午前中に届いた。
これで××××××の
Aさんはさっそく、あの応募原稿に書かれていたとおりに、
もっとも、手順自体は非常に単純である。×××を××に載せて×××を注ぎ、それで×を××だけだ。正直なところ、あまりに単純すぎて、上手く出来たという実感はまったく湧かなかった。
それでも――実際に効果はあったのだろう。その時を境に、Aさんの前にアオ××サマが現れることは、ぱったりとなくなった。
まるで、夜ごとの怪異など夢だったかのようだ。
Aさんは、ようやく胸を撫で下ろした。
ちなみに
『××を探しています。ホームセンターには売っていませんでした……。Aさん、どこで手に入るか知りませんか?』
……どうやら怪異に遭っていたのは、○○さんも同じだったようだ。
そこでAさんは、ふと思った。
例の一連の「アオ××サマ」という作品――。あれらはすべて、正真正銘、応募者達の実体験だったのではないか。
そして、その実体験を読んだことで、自分と○○さんの身にも、アオ××サマの怪異が連鎖してしまったのではないか。
そんな想像を、ついしてしまう。
……いや、もちろんただの想像だ。いくらあの話が実話だったとしても、体験者全員がそれを小説に起こして同じ新人賞に送るなど、常識的に考えてあり得ない。
Aさんはすぐにそう思い直し、それから○○さんに連絡して、自宅に招いた。もちろん、××××××の
すっかり血の気の失せた顔で現れた○○さんは、
「そう言えば、私が下読みした『アオ××サマ』の一つが、何だかAさんっぽい文体だったんですよ。……Aさん、送ってないですよね?」
……それが何を意味していたのかは、分からない。ただ、Aさんが読んだ「アオ××サマ」の中にも、○○さんの文体に似たものがあったのは、確かだ。
もっとも、この件について意見を交わす気は、もう二人にはなかった。
――アオ××サマの話をすれば、アオ××サマが現れる。
だから、ただ口を
幸い一次落ちになった応募原稿は、世に出ることはない。あとは、編集者や他の下読みが被害に遭っていないことを、祈るのみだ。
*
なお余談だが、僕がAさんからこの話を聞いた後、二人して××××××の
……さて、この話をお読みになった皆さんは、どうだろうか。
いや、肝心の怪異名を「アオ××サマ」と伏字にしたから、大丈夫だとは思うが――。
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