第六十一話 穴

 男性会社員のUさんが、お盆に墓参りに行った時のことだ。

 寺で貸し出している手桶をげ、家の墓を捜して墓地を歩いていると、ふと妙なものが目に留まった。

 ……穴だ。

 近くにある真新しい墓石の、角の辺りに、ポツンと穿うがたれている。

 大きさは、直径にして一センチほどだろうか。きれいな円形で、深さもそこそこある。

 陽射しの強い昼下がりに、小さな濃い影が墓石に映え、妙に目立っている。

 自然に開いたものとも思えない。おそらく、工具か何かで開けたのではないか。

 ――何でこんなところに穴が開いてるんだ?

 奇妙に思いながら墓地を歩いていると、また同じような穴が目に入った。

 別の墓石である。台座の辺りにポツン、ポツンと、二つ穿たれている。

「ここもだ」

 呟きながら、さらに進む。するとまた別の墓石に、やはり穴が開いているのを見つけた。

 不思議に思って周りをよく見ると、奇妙な穴は、そこかしこにあるようだ。

 石の黒ずんだ裏側に。あるいは家名の彫られた表に。あるいは天辺に、わずかな水を溜めて――。

 どうやら穴は、墓地にあるすべての墓石に及んでいるらしい。少なくとも一つ。多くて三つから五つほどの穴が、どの墓石にもくっきりと浮かんでいる。

「……誰かのいたずらかな」

 寺社で器物損壊を働く者がいるというニュースは、今や決して珍しくはない。嫌な気持ちになりながら、家の墓に向かう。

 ――この分だと、うちのもやられてるかもしれない。

 そう思いながら歩いていくうちに、Uさんの足がピタリと止まった。

 少し先に、おかしなものが見える。

 パッと見た形は、他の墓石と同じである。

 ただ――表面がおかしい。

 真新しい滑らかさも、古びた風格もない。ただ無闇にでこぼことして、濃い影が全体にまだらを描いている。

 まるで墓地の中に、一つだけ蟻塚ありづかが交じっているようにも見える。

 ……しかし、それよりも大きな問題があった。

 記憶に頼る限り、その「蟻塚」がある場所には、本来Uさんの家の墓が建っているはずなのだ。

 つまり――あれは蟻塚ではない。

 うちの墓だ。

 表面に無数の穴を穿たれて、ボロボロになっているのだ。

 ……もはや墓参りどころではなかった。

 Uさんは急いで引き返すと、境内にいた寺の人を捕まえて、事情を尋ねた。

 しかし、これが要領を得ない。

 例の穴のことは、寺の方でも気づいていたようだ。半年ほど前から見つかり始めて、今や墓地全体に及んでいるという。だが、穴が開く原因が分からないので、手の施しようがない――とのことだ。

 ただとりあえず、人為的なものではないらしい。なぜなら、墓地に設置してある防犯カメラには、何も不審なものが映っていないからだ。

 それにしても――である。

「何でうちの墓だけ……」

 それがUさんの、率直な感想だった。

 ちなみに、一番最初に穴が見つかったのも、Uさんの家の墓だったそうだ。


 これが、一年以上前のことである。

 ボロボロになった墓石は、さすがに新しいものを建て直した。思わぬ出費になってしまったが、幸い穴は開かないまま、翌年のお盆を迎えることができた。

 ……ただ最近になって、新たな問題が起こり始めたという。

 今度は、Uさんの家に置いてある仏壇に、穴が開き始めたのだ。

 穴は、毎日一つずつ増えているらしい。

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