第十三話 裂ける

 女子大生のMさんが体験した話だ。

 ある夏の、蒸し暑い夜のことである。そのままでは寝苦しいからと、部屋の窓を開け放ち、網戸一枚だけにして、ベッドで寝ていた。

 クーラーや扇風機に頼るという手もあったが、以前冷房をかけたまま寝て、酷い風邪を引いたことがある。それ以来、暑い時は窓を開けると決めていた。

 ……ところが、夜中にトイレに行きたくなって目が覚めると、足元に違和感がある。

 見ると、ベッドに被せてあるボックスシーツに、大きな裂け目が出来ている。

 ちょうど爪先の辺りだ。寝ている間に、足の爪に引っかけてしまったのかもしれない。

 取り替えなくちゃ――と思いながら、その夜はトイレだけを済ませて寝た。


 次の夜も、ずいぶんと蒸し暑かった。

 Mさんは眠る時、パジャマの他に、ナイトキャップを着用している。

 かえって暑いのでは……と思いがちだが、Mさんは髪が長いから、キャップの中にまとめた方がすっきりするのだという。髪の美容にもいいらしい。

 ともあれ、ナイトキャップとパジャマというスタイルに、体にタオルケットだけをかけ、その夜も窓を開けて寝ていた。

 夜中のことである。ふと耳元で、ジィ……ッ、と妙な音がした。

 布が裂ける時の音に、よく似ていた。

 ハッと目を覚まして、頭を起こす。反射的にナイトキャップに触れたが、特に異変はない。

 ただ――枕カバーが大きく裂けていた。


 次の夜は、雨だった。

 少し肌寒かったので、窓は閉めて寝ることにした。

 それにしても……なぜ寝具が裂けるのだろう。

 Mさんは気味悪く思った。

 シーツだけなら、足で引っ掻いてしまったものと説明がつく。しかし枕カバーまで――となると、さっぱり理由が分からない。

 少なくとも、寝る前には何ともなかったはずだ。

 取り替えて真新しくなった枕カバーの上に、キャップを着けた頭を載せながら、Mさんは不安な気持ちで眠りに落ちた。

 ……もっともその夜は、何事も起きなかったようだ。


 その後数日の間、雨が続いた。

 窓を閉めて寝ている間、奇妙なことは何一つ起こらなかった。

 ところが雨夜が終わり、蒸し暑さに耐えかねて窓を開けて寝ると、またも寝具が裂ける。

 今度は、タオルケットだった。

 朝起きると、見事に真っ二つに裂けていた。

 ……もしかしたら、寝ている間に不審者が網戸を開けて、入り込んできているのではないか。

 そう思ったものの、Mさんが住んでいるのはマンションの九階である。そう簡単に人がよじ登れる場所ではない。

 それに、窓には金属製の面格子めんごうしも据えられている。網戸一枚とはいえ、だから毎晩誰かが入ってくる……という可能性は低いはずだ。

 ともあれ、これ以上窓を開けて寝ない方がいい――。

 そう判断して、Mさんはしっかりと窓を閉め、団扇うちわ一枚を手に、とこに就いた。


 やがて東の空が白む頃、Mさんは汗だくで目を覚ました。

 半ばはだけたパジャマを身に張りつかせ、立ち上がる。

 ――暑い。

 窓に手が伸びる。

 すでに時計の針は五時を過ぎている。夜が明けたのなら、きっと大丈夫だ――と、理由もなく確信し、ついに窓を開け放った。

 その途端――。

 ジィ……ッ、と音がした。

 すぐ耳元からだった。

 嫌な予感がして、ナイトキャップに触れる。

 ……裂けていない。

 いや、本当にそうだろうか。音は、はっきりと聞こえたのだ。

 Mさんは、きちんと確かめようと、頭からキャップを外してみた。

 同時に、ドサッ、と何かが足元に落ちた。

 見下ろして、思わず悲鳴を上げた。

 足元の床に、真っ黒なものがうずを巻いて、広がっていた。

 ……Mさんの長い髪は、キャップの中で、バッサリと切り取られていたそうだ。

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