第七十一話 スイッチ

 I県の某マンションで一人暮らしをしているFさんは、照明について、変わったマイルールを持っている。

 他の部屋はどうでもいいが、寝室の照明だけは、ひも式かリモコン式のスイッチでなければ駄目だ――と言うのだ。

 要するに、壁スイッチ式ではいけないのである。

 確かに壁のスイッチというのは、ドアを入って、すぐ指が届く位置にあるのが普通だ。一方でベッドは、寝室の奥に据えるのが一般的である。

 寝る前に壁のスイッチをオフにして、真っ暗な中を手探りで寝床に向かう……となると、なるほど、面倒臭い話だ。

 しかし――Fさんが気にしているのは、そんなものぐさな理由からではなかった。


 Fさんが今のマンションに引っ越してきて、すぐのことだ。

 当時はまだ、寝室の照明は、壁スイッチ式だった。

 ある夜その寝室で、Fさんがベッドに肩まで潜って、うつ伏せの姿勢で読書に耽っていると、部屋の照明が突然、パチン――と切れた。

 停電かと思って、慌ててベッドから這い出し、ドアの方へと向かった。

 手探りで壁のスイッチに触れる。いじってみると、すぐに明かりが戻った。

 停電ではなかった。単純に、スイッチが切り換わっていたのだ。

 勝手にそんなことが起きるのか……と疑問に思ったが、とりあえずその日は、ちょっとしたアクシデントということで、納得しておいた。

 ……ところが、まったく同じ現象が、それからも毎夜起きる。

 時間はだいたい決まっていて、夜中の一時前後である。Fさんがベッドに入って本を読んでいると必ず、パチン――とスイッチが切れて、真っ暗になるのだ。

 改めて点け直すと、その夜はもう、勝手に切れることはない。しかし次の夜になると、また切れる。

 もしかしたらスイッチが緩んでいるのかもしれないと思ったが、手で触ってみた限り、そのような感じではない。業者に見てもらっても、やはり異常はないと言われた。

 そもそも――毎夜特定の時間に一度だけ切れる、ということ自体が奇妙だ。

「まあ、遅いから寝ろってことなんだろうな」

 Fさんは気味悪く思いながらも、そう自分に言い聞かせて、無理やり誤魔化した。


 それから数日経ってのことだ。

 その夜もFさんは、相変わらずベッドに潜って読書をしていた。

 しかし、毎夜勝手に照明が消えるおかげで、いまいち身が入らない。

 惰性でページをめくってるうちに、やがて時計の針が一時を指そうとしているのに気づいた。

 ――そう言えば今まで、スイッチが切れるところを直接見てないな。

 Fさんはそう思って、うつ伏せの姿勢を起こして、壁のスイッチに目を向けた。

 そのまま、一分ほど経った時だ。

 ……ふと、寝室のドアが音もなく、数センチほど開いた。

 わずかに出来たその隙間から、しわだらけの細い腕が、すぅっと挿し込まれてきた。

 腕は、慣れた手つきで、壁のスイッチに触れ――。

 パチン――と、寝室が闇に閉ざされた。


 それからすぐ、Fさんは壁のスイッチをガムテープで固定した。

 以来怪しいことは起こらなくなったが、さすがに不便なので、リモコン式の照明に交換したという。

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