第六十三話 光る恋人

 光る恋人――という怪談をご存じだろうか。

 関東圏でまれに聞かれる怪談である。概要はこうだ。


 ある大学生の男女グループが、夏休みを利用して、メンバーの一人が持っている別荘に遊びにいくことになった。

 最初は仲間内だけの予定だったが、Hさんという男子が、「Kちゃんを連れていっていい?」と聞いてきた。

 Kちゃんというのは、Hさんの彼女らしい。「どんな子?」と尋ねてみたが、Hさんは「キラキラした子」としか答えない。

 惚気のろけやがってと思いながらも、みんな「もちろん構わない」と快諾した。

 ……だが当日、集合時間になっても、Hさんと「Kちゃん」だけが、待ち合わせ場所に現れない。携帯電話にかけても繋がらない。仕方なく、「先に行くから、後から合流して」とメッセージだけ送って、先に別荘へ向かった。

 別荘は、樹々に囲まれた閑静な場所にあった。みんなで辺りを散策したり、酒を飲んだりと、思い思いに楽しく過ごした。

 やがて夕方になった。Hさんは、まだ現れない。

 夕食を終え、全員がシャワーを浴び終えた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

「何かあったんじゃないか」

 さすがに不安な顔つきで、誰かがそう言った時だ。

 ふと窓の外が、ぼぉっと明るくなった。

 何だろうと思って見てみると、表の道を、Hさんがフラフラと歩いてくる。

 その彼と一緒に――人型の、がいた。

 顔も髪型も服装も、細部は何もない。分からないのではなく、

 まるで白い紙を適当に切り抜いて作ったかのように、それはあくまで、「人型」でしかなかった。

 その人型が、キラキラと光り、夜道を照らしている。

 Hさんは嬉しそうに、その人型の手を引いて、こちらに向かってくる。

「……あれって、人間じゃないよな?」

 誰かがそう呟いた瞬間、メンバーの誰もが、「やばい」と直感した。

 女の子達の悲鳴が上がる中、一人が急いで窓とカーテンを閉めた。しかしカーテン越しにも、キラキラした光が差し込んでくる。

 別の一人がHさんの携帯電話にかけ、「そいつを連れてくるな!」と大声で叫んだ。

 Hさんからの反応は、まったくなかった。

 やがて、光が玄関の方に回った。キラキラした光が、別荘の中に入ってくるのが分かった。

 急いで全員で二階に上がり、家具でバリケードを作って立てこもった。

 直後、部屋のドアが激しくノックされた。

 まばゆいほどの光が、バリケードの隙間から漏れ込んでくる。

 絶対に開けるな――と全員で頷き合った。

 ノックは、それから一晩中繰り返された。みんなは一睡もせず、音と光がやむのを、ひたすら待ち続けた。

 ……やがて朝になった。バリケードの外に誰かがいる気配は、もうなかった。

 みんなは恐る恐る、部屋の外を覗いてみた。

 Hさんも、光る人型もいない。……ただドアの前に、マッチで組んだかのような、小さな赤い鳥居が一つ、ポツンと置かれていたという。

 一同はすっかり怯えて、急いで別荘を引き払った。

 後で気になって、Hさんの携帯電話にかけてみたが、やはり誰も出なかった。

 Hさんは、それ以来行方不明だ。


 話はこれで終わりである。ここに出てくる不気味な人型こそが、「光る恋人」というわけだ。

 もっともこれだけなら、ただのローカル怪談で済む。

 問題は――この話と妙に共通点の多い体験談が、存在しているということだ。

 その具体的な内容が、次の話である。これは、ライターのAさんというかたから聞いたものだ。


 都内の会社に勤めている、Cさんという青年がいた。

 ある時そのCさんから、O県の実家にいるご両親に電話がかかってきた。

「結婚したい人がいるから、会ってほしい」

 Cさんは照れ臭そうな声で、そう言った。

 もちろん喜ばしい話だから、断る理由はない。さっそく会食の日取りを決め、当日、ご両親は揃って東京を訪ねた。

 土曜日の夜だった。待ち合わせ場所に現れたCさんは、さっそくご両親を案内して歩き始めた。

 ところが彼の足は、飲食店が並ぶ表通りから離れ、どんどん裏道へと入っていく。

 ご両親が「こっちでいいの?」と尋ねても、Cさんは嬉しそうに笑っているばかりで、何も答えない。

 そのまま暗い夜道を二十分以上も歩き、やがて人通りも絶えた頃――。

 Cさんが、ようやく足を止めた。

 ……神社の前だった。

 そこには、森に囲われた鬱蒼うっそうとした神社があるばかりで、店などどこにもない。

 もちろん、婚約者の姿も見えない。

 だがCさんは笑顔のまま、赤い鳥居をくぐり、フラフラと中に入っていく。

「C!」

 さすがにおかしいと感じて、ご両親が叫んだ。

「C、こんなところにその女性がいるのか?」

 父親に強い口調で言われ、Cさんがコクンと頷いた。

 そして、指を差した。

 ご両親が振り返ったが、そこには、真っ暗な境内が広がっているばかりだ。

 Cさんは、笑っている。しかしよく見れば、目の焦点がまったく定まっていない。

 さすがにおかしい――とご両親が感じた、その時だ。

 突然、真っ暗な境内に光が灯った。

 光は、境内の片隅から――Cさんが指差した方から、発せられている。

 目を凝らすと、そこに人の形をした「何か」が立って、キラキラと光っていた。

 光りながらうごめき、それはこちらに向かって、少しずつ近づいてくるように見えた。

 ご両親は、急いでCさんを連れて、神社から逃げ出した。

 光が追ってくる様子はなかった。ご両親はひとまず安堵し、Cさんを、彼が住んでいるマンションまで送り届けた。

 しかし――部屋に着いてドアを開けてみると、そこには壁一面に、赤い鳥居がびっしりと描き巡らされていた。

「実は俺、彼女と同棲してる――」

 Cさんが笑顔で言った。

 ご両親はすぐにCさんを実家に連れて帰り、後で別の場所に引っ越させたという。


 二つ目の話はこれで終わりである。一つ目と読み比べていただければ、両者がいくつかの点で共通していることが分かるだろう。

 ライターのAさんは、この話をした後で、さらに続けてこんなことを言った。

「……この二つの話を思わせるような、奇妙な変死事件が過去にあったのを、知ってますか?」

 それは、公にもきちんと記録が残っているものだという。以下はその概要だ。


 平成某年のこと。関東地方の某県で、自営業を営んでいる一家が、不審な死を遂げるという事件があった。

 亡くなったのは、住宅街の一戸建てに住むYさんという三十代の青年と、彼と同居していたご両親の、計三人である。いずれも発見された時には、ミイラのようにガリガリにせこけていたという。

 衰弱死だったそうだ。ただ、三人とも胃の内容物を見る限り、ちゃんと食事は採っていた――。つまり、衰弱した理由が不明なのだ。仮に何らかの病気が原因だとしても、三人がそれで同時期に亡くなるというのは、あまりに不自然である。

 またこれとは別に、彼らの体のあちこちに、焼かれたり縛られたりといった、虐待ぎゃくたいの痕跡があったらしい。

 一家の店は、亡くなる一箇月前ぐらいからシャッターが下りたままだった。彼らがその間に何者かに監禁・暴行を受けた――と考えるのが妥当だろう。

 ……問題はここからだ。近所の人の話では、Yさんの家にはもう一人、Yさんの奥さんが住んでいたという。

 その奥さんだが、三人の遺体が発見された時には、どこにも姿がなかった。

 警察は当然、奥さんの犯行を疑った。何らかの理由で家族三人を死に至らしめ、逃亡を図った――というわけだ。さっそく大規模な捜索がおこなわれたが、しかしその足取りは、まったくつかめなかった。

 そもそも――その奥さん自体、どうにも得体が知れないのである。

 まず、近所の人は誰も姿を見たことがない。

 生前Yさんが「結婚しました」と言っていたし、Yさんのご両親も「息子の嫁に気に入られてホッとしている」とたまに話題にしていたから、奥さんがいたのは間違いないようだ。なのに誰も、その顔をまったく知らない。

 隣家の人の話では、声が聞こえたことすらなかったという。

 だったら近隣住民の勘違いなのか……というと、そうでもない。

 少なくともYさんの家には、が住んでいたようだ。例えば、三人が出かけている間に家から物音がしていたとか、出前を取る時は必ず四人前だったとか、そういったところから、「四人目」の存在は容易に推測できた。

 それに、奥さん自身の声はしないものの、その奥さん――というか「四人目の誰か」に話しかけるYさん達の声は、しきりに聞こえていたという。

 ただその台詞が、ずいぶんと妙なのだ。

「――ありがとうございます」

「――本日のニエでございます」

「――お許しください。お許しください」

 ニエとは、「にえ」だろうか。いずれにしても、奥さんに話しかける言葉とは思えない。

 そう言えばご両親の、「息子の嫁に気に入られてホッとしている」という台詞も、どこか違和感がある。

 ……奇妙なのは、これだけではなかった。

 Yさんが結婚したと言い出して以来、彼の家の窓は、常にカーテンが閉ざされるようになった。夜間に照明が点いたことも、一度もなかったそうだ。

 その代わり……なのだろうか。いつも中で、がキラキラと光っていたらしい。

 キラキラした光は、まるで歩くように、よく家の中をゆっくり移動していたという。三人が出かけている間も、それは同じだった。カーテン越しにその光を見た人が、何人もいる。

 光を間近に見たという話もある。隣家の人が、Yさんの家に回覧板を届けにいった時のことだ。

 ちょうど玄関から家の中を覗く形になったその人は、応対したYさんの後ろ――台所の入り口に下がる暖簾のれんの向こうに、何かが光っているのを見た。Yさんは回覧板を受け取りながら、その光に向かって振り返り、こう言ったそうだ。

「――ただの回覧板です。どうぞ奥にお戻りください」

 そんなに丁寧な言葉で、いったいYさんは、誰に話しかけていたのだろう。

 ……ちなみに、この時にはすでに、Yさんとご両親は、やつれ始めていたようだ。

 近所の人が心配して、ご両親に「大丈夫ですか?」と尋ねたことがあったが、「嫁のためですから」と、妙な言葉を返されたという。Yさんなどは、やつれているにもかかわらず、いつも嬉しそうに笑っていたらしい。

 ともあれ――それからしばらくして、Yさんとご両親は亡くなり、奥さんと思しき「何か」は姿を消した。

 盗られていたものは何もなかったが、警察はYさんの家の奥座敷で、奇妙なものを見つけている。

 それは、祭壇のようなものだったという。一段高く据えられた床の上に、あでやかな赤の布が敷かれ、石や動物の骨が雑多に飾られていた。

 壇の中央には、焼け焦げた座布団があった。またその前には、Yさん一家の血液が付着したさかずきが、置いてあったという。

 辺りの壁一面には、真っ赤な鳥居が、いくつも描かれていたそうだ。


 ……事件のあらましは以上である。なおこれらの情報には、マスコミ報道が為されなかった部分が、多く含まれている。したがって、あくまで「ライターのAさんから聞いた話」としておく。

 果たしてYさんの家にいたのは、何者だったのだろうか。

 仮に奥さんだったとして、なぜ祭壇や鳥居が必要だったのか。

 Yさんの一家は奥さんを祭壇に祀り、虐待を受けながら、死ぬまで奉仕し続けた――とでも言うのだろうか。

 まったく得体が知れない話だ。もちろん、この事件はいまだに解決していない。

 ところで――ライターのAさんは、これらの三つの話に絡んでいる「光る恋人」が、すべて同一の存在ではないかと疑っているらしい。

「もし同じものなら……そろそろがあるかもしれません」

 Aさんは浮かない顔で、僕にそう言った。

 最近彼の知人のTさんという人が、彼女を作ったらしい。Aさんが「どんな子?」と尋ねると、Tさんは「キラキラした子」とだけ答えたという。

 ……その後Aさんがどうしたのか。Tさんがどうなったのか。僕は知らない。

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