第六十五話 新スポット

 お化けよりも、生きた人間の方が怖い――。

 そんな言い回しで終わる怪談が、しばしばある。

 要するに純粋な怪異の話ではなく、犯罪的な出来事や、人間の狂気にまつわる「怖い話」というわけだ。

 確かに、常軌を一脱した人間の所業というのは、極めて生々しい恐ろしさがある。

 ただ、せっかく怪異を語る場で、このような人間オチの話を持ち出してしまうのも、無粋というものだろう。少なくとも僕は、そう考えている。

 だから――この話は、ただ一つの例外と言っていい。


 Kさんという、オカルト好きの大学生がいた。

 趣味で全国各地の怪奇スポットを回っては写真を撮り、ネット上で紹介するという活動をしていた。

 始めは閲覧者もわずかだったが、やはり継続は力というべきか、活動を始めてから一年も経つ頃には、かなりのアクセス数を誇るようになっていた。

 紹介したスポットの数は、優に五十を超えた。ただそうなると、次第にネタも切れてくる。それに遠出を繰り返せば、旅費も馬鹿にならない。

 そこでKさんは、友達と相談して、大学の近くに新たな怪奇スポットをでっち上げることにした。

 選んだのは、隣町にある寂れた神社だった。

 さっそく夜中に数人で境内に行き、写真を撮った。

 べつに何かが写ることなど期待していない。むしろ、被写体はKさん達の方で用意していた。

 藁人形だ。

 合成で心霊写真を作る案もあったが、結局「本物」を撮った方が迫力が出るだろうということで、小道具として用意したわけだ。

 境内で適当な樹を見繕い、人形を打ちつけた。

 金槌はKさんが振るった。釘が人形を貫いて、めりめりと幹に食い込んでいく感触が、何とも爽快だった。

「K、誰呪ってんの?」

「じゃあ、お前」

「それそっくり返すわ」

「いらねーし。誰にするか、後で考えとくよ」

 そんな馬鹿話をしながら藁人形を樹に固定すると、さっそく写真に収めた。

 撮影後、藁人形は回収することにした。

 こういうものを残した人が、後で神社から不法侵入で訴えられた――というような話も聞いたことがある。足はつきにくい方がいい。

 用意しておいた釘抜きで藁人形を外すと、幹の表面に、丸い釘穴だけが残った。

 これぐらいなら、あまり目立たないから、問題ないだろう――。Kさん達は満足げに頷くと、そそくさと神社を後にした。

 後日、「呪いのスポットに遭遇!」と見出しをつけて、藁人形の写真をネット上にアップした。

 具体的な地名や神社名はぼかして書いたが、近場の人であれば、特定は難しくないようにしておいた。

 反響はまずまずだった。Kさんは、新たに怪奇スポットを作ってしまったことに罪悪感などなく、むしろ「してやったり」という気持ちの方が大きかった。


 それから、さらに一週間経ってのことだ。

 大学の講義が早く終わったので、Kさんはふと思い立って、あの神社に行ってみることにした。

 特に何か用事があるわけではなかった。ただ、自分が「プロデュース」した怪奇スポットだから、あの神社には、何となく我が子のような愛着を覚えていた。

 強いて言えば、見守りにいく――といったところだろうか。

 まだ日の高い、午後のことだった。

 日中とはいえ、訪れた神社の境内は閑散としていた。

 社殿には目もくれず、あの樹のところへ向かった。ついでに一枚ぐらい写真でも撮っておこうか、とバッグからデジカメを取り出しかけたところで――。

 ふと、Kさんの手が止まった。

 樹に違和感があった。

 幹の表面に、覚えのない模様のようなものが浮かんでいる。

 それが何なのか――理解した瞬間、Kさんは思わず表情を凍りつかせた。

 幹には、どれがKさんの打った跡かも分からないほど大量の釘穴が、びっしりと穿うがたれていた。

 たった一週間のうちに、いったいどれほどの数の藁人形が、ここに打ちつけられたのか。

 結局生きた人間が一番怖い――と、Kさんは思ったそうだ。


 ちなみに余談だが、あの藁人形を打ちつけた翌朝、Kさんのスマホに、誰からのものか分からないメールが届いていたという。

『決めた?』

 メールには、それだけが書かれていたそうだ。

 Kさんは何も考えずに、すぐ削除した。

 ただ、同じメールが、大学を卒業した今でも、たまに届くらしい。

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