第5話 追い詰められて…

「どうしてこんな酷い目に……」

両手で耳を覆った頭を力なく下方へと垂れ、

もはや用をなさない耳栓を外して隆史は諦めたように静かに瞑目した。

相変わらず聴きたくもないエレキなサウンドが隆史の頭を悩ませている。

テレビを観ても、風呂に浸かっていても耳栓でふさいだ鼓膜の隙間をぬってオトが侵入してくる日々。せめて巧みであればとは思うものの、壁越し聞こえるロックなサウンドはおせじにも上手いとは言えず、むしろ聞くに耐えないものだった。

そのくせ気分だけはいっちょまえに盛り上がっているみたいで、日を経るごとに音量はいや増すばかりだ。


消耗し、虚ろに揺らぐ瞳をラックの頂部へと投げる。

そこには先般家電量販店で購入した騒音測定器が置かれている。

あの日、レストルームでの楠本の助言に従い、その日のうちに大金はたいて購めたものだ。

が、まだ一度も封は開けてはいない。

というのも隆史の心中に依然として何事も気の持ちようだという幼少からの考えがあったからで、厄介なケースにおいては、相手の行動を変えるよりは、我がの世界認識を変えたほうがよりベターな決着となるというこを長い会社勤めの中で経験的に体感していたのだ。

とは思うものの、どうもそう悠長に構えていられはなくなったのは、一昨日あたりから、とうとうギターの音色に音程のずれた下手くそな歌声がのりはじめたからで、基本、何を口ずさんでいるのかは分明ではなかったが、お手製の歌詞でお気に入りの部分がやってくると「life is beautiful」「peace is treasure」と一際音量の高まった単語のつらなりがクリアに聴こえるようになってきた。

そのワードの連呼がますます隆史の胃をキリキリと締め付けていく。

「仮に…」

と指をこめかみに当てて隆史は妄想を膨らませる。

「調子にのった隣人が拳を回したフルトーンで熱唱する日が来たとしたら……

更に調子に乗り出し、隣人が下手くそなバンドを組み始めたとしたら……

そして最悪コアなファンだけが集うオンステージが夜な夜な壁越しに繰り広げられたとしたら……」

とめどなく溢れ出てくるできれば避けたい未来に隆史の全身は否応なく寒気だつ。

このまま隣人の気づきを待つことが果たして是であるのか。

というより、夜も深くにエレキをならして平然としていられる人間に配慮を期待するなど土台無理な話なのかもしれない。

こちらが積極果敢に動かない限り事態は悪くなるばかりだと考えた隆史は意を決したかのように革張りのソファからふらりと腰を上げると、ラック上段にあるかの測定機へと泣く泣く手を伸ばすのだった。

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