第4話 熊田洋三の場合
熊田洋三の朝は比較的遅い。
平日であっても朝9時を回ってようよう布団からはいずり出る。
朝食を食べトイレに行き、スーツを着込む頃には、部屋を出る時間の9時45分となるが、今日はいつもより30分早く家を出る必要があった。
めんどくさい気持ちを引きずりながら、ルーティンをいつもの2倍速でこなしていく中、出社後まもなく始まる朝礼に早くも絶望的な想いに押し潰されそうになっていた。
「親父も言ってたけど、人間の体内リズムって9時ー5時の労働には不向きなんですよ。私が産まれたアメリカでは、健康で仕事のできる人間は必ずといっていいほど十分な睡眠を確保し、決まって朝はぽかぽか射し込むホットな太陽光とともに目覚めていました。これに対して現今の日本に蔓延する労働因習はひどいものです。夜は終電ギリギリまで働きづめで、朝は朝で目覚ましのつんざくベルで急かされるように起こされる。まさに拷問。そこにプロフェッショナル性を担保するための質の良い睡眠はありません。憂鬱な気分を引きずったままでは達成できる仕事も出来なくなってしまうでしょう。
現在わが社の経営が傾きつつあるのもきっとこの俗悪なジャパニズム的労働慣行のなせるワザ。よって今月末をもって、この無意味な因習に囚われた古くさい労働時間を排したいと思います。代わって個別の意志を尊重した大胆で柔軟性のあるフレックスタイムを導入したい。異論ある者もいましょうが、これを機にみなさんの仕事への情熱や取組みがポジティブな方向へと進むことを願ってやみません」
ハンサムな顔の一際高い鼻筋をこすりながら就任後初めてのスピーチを行う2代目ボンボン新社長。対しては古参の幹部もろもろ、ごもっともといったふうに頭を上下させて相槌をうっている。
といって、古参の幹部たちがこの新たな制度に対して100%の確固とした哲学を持っているというわけではない。
彼らにとっては単に、殺人的な残業で疲弊しきりの肉体をひきずって帰る毎日の中、
朝はなるべく柔らかい布団で寝ていたい、というシンプルかつ本能的な願望が新社長の提言と合わさっただけだ。愛社精神の欠片もない社員にとっては、能率のよい生産性だとか質の良い睡眠だとかは正直どうでもよい話なのだった。
そしてそれは今年の4月で56となる熊田洋三にも当てはまる。
160㎝にも満たない小柄な体を揺らしながら社長のスピーチを聞き流している洋三の心中にあるのはただただFuckinだった。
たかだか1時間、出社を遅めただけで生産性が上がるなら世話はない。
それなら1時間退社を早めてくれるほうがまだ効果も出そうなものではないか。
社長就任を機に、大々的な策を打ち出す一手が、洋三には社員へのおべっかが透けて見えて吐きそうになる。
<get out!or,kill you!>
二重瞼が下がった、ミテクレいかにも人の好さげな面持ちを繕う反面、洋三の内心では握った右手を天へ突き上げ、社長の早期退任を要求する激しいシュプレヒコールをあげていた。
半年前まで、洋三はマラソンを趣味としていた。時間があれば、場所を問わずとにかく走り、残業で夜遅くなっても近場の公園で最低1キロは汗を流した。
仕事に興味が持てず、所帯も持たず、このまま孤独に枯れていく洋三にとって
通気性や機能性を考慮したシャツやタイツを着込んでゆったりと気ままに走っている時間だけが生を感じられる瞬間だった。
<俺はマラソンととに生きマラソンとともに死ぬ>
冬の乾燥した空気を舐めるように走る隆史の心の内にはいつだって、マラソンへの愛で満たされていたのである。
ところがその想いの強さがあだとなり、
気付かず酷使していた洋三の足腰は徐々にではあるが確実に悲鳴を上げはじめていた。
そしてとうとうある日の真夜中に元々軽い疼きを感じていた右のくるぶしが突如として激痛へと様変わったのだった。
「イタタ、イタタ」
走っていられず、くるぶしをひきずるようにしてゆっくりとスピードを落とす洋三。
程なく崩れ落ちるようにその場へ片膝をついた。
ほの白い照明の下、患部に顔を近づけてみる。
腫れはないようだが、指で患部を押し込んだ途端、鋭い痛みが牙を向いた。
故障。4年半のランニング生活の中で初めての事態である。
ランニング愛が過ぎて、自らの足腰の状態を客観視できなかったことを素直に洋三は反省した。
しょうがない、と
その日は足を引きずったままおとなしく部屋へと帰る。
寝ればすぐに治るだろうとの想いではあったが、しかし翌日になっても痛みは相変わらずだった。
処置の仕方も分からず、とりあえず患部に湿布をはって会社へ向かうも、痛みはいやますばかりでもはや仕事どころではない。
そう悟った洋三は謎めいた痛みの原因を突き止めたい一心から営業へ出向いた帰りに構えのいささかふるびた整骨院へと入った。
結果、脛骨筋腱炎と診断される。
長年の酷使により洋三の衝撃を吸収する足首のクッションが完全に磨り減っていたらしい。
「しわしわの老人のような足だね」
院長の山本医師が眼鏡を光らせながら言った。
「それではもう走れないんでしょうか」
「痛みが引かないうちは」
「何か対処法は」
「靴のサイズを変えるとか? 一応湿布出しときますよ」
待合で会計を待っている間もくるぶしの痛みが消えない。
額に脂汗が浮かぶ。
耐えきれず、スラックスを膝までたくしあげ、湿布を貼りかえた。
その涼感は、とどまることを知らない激痛を前にはほとんど無力であるように思えた。
名前を呼ばれる。
お金を支払い、処方箋を受け取ってその場を去ろうとしたちょうどその時、
あのぅ……と今にも消え入りそうな声に洋三は引き留められた。
振り向くとジェルで髪を固めた会計の男が何かもの言いたげに黒目勝ちの瞳を光らせている。
ネームホルダーには浜田とあった
「何でしょうか」
慢性的な痛みで少しぶっきらぼうな調子になりそうなところ無理にえくぼをつくる。
「走ってらっしゃいますよね」
「は!?」
「ランナーですよね」
「ま、まあ。なんでわかったんですか?」
当然の質問を浜田にぶつける。
まさか個人経営の整骨院には故障したランナーしか来ないなんてこともあるまいに。
「さっき足首というかくるぶしさすってらっしゃったので。結構そこ痛めて診察に来られる方がおおいんですよ」
「はぁ」
浜田の意図が読めず、不気味な間が空いた。
だが浜田の視線は依然として洋三の左右の眼を射抜いている。
その浜田が無言を貫くからこちらが何ごとか言わなければならないのかと焦ってしまい「え、で?」と口にした瞬間、突如として浜田の溌剌な顔面が洋三の福耳へと接近して……
「------ 」
「!?」
予想外の急接近に洋三の元より高性能な聴覚も追い付かず、意味をすくい取れなかった。
きょとんと口を半ば開け、ただただたちんぼの洋三。
「え?何て?」
意識を取り戻したように浜田に聞き返すが、
どういうわけか、先のアクションはどこ吹く風。むしろ何かおかしな物体でも見るかのように無機質な一瞥を浴びせた浜田は、左の足首を引きずりながら奥の部屋へと消えてしまった
熱があるといって、そのまま直帰で自宅に帰った。
スーツを着たまま、ソファに座って考える。
さっきの浜田の急接近は何だったのだ……うまく頭の中で再生されない。
その表情からして何かを伝えていたことは確かなようだが……
そこまで考えた時、洋三の脳裏に光が灯った。
<レコーダーだ!>
洋三は会社の敷居をまたいだその瞬間から必ずICレコーダーをONにすることを習慣としていた。
不況のあおりを受けて、社長が積極的に整理解雇へ乗り出していたこともあって、もしものときのため社内に飛び交うあらゆる言質をこっそり録音していたのだ。
<オフにするのを忘れていたのが功をそうしたな>
肩をはずませ、内ポケットからスマホを取り出すと、プレインストールされているスマホのICレコーダーを起動する。
だが、普通に聴いただけではノイズがひどくて、聞き取れない。
そこで、ノイズを除去するソフトを駆使してみたところ、ようよう「ヤブ、シコ、シコ」といった謎の言葉の断片を聞きとることができた。
<ヤブ、シコ、シコ……>
胸中繰り返すも、ぶつぎれの単語だけでは全く何のことかは分からなかった。
が、当時の状況、つまりはあの浜田があえて小声で話さざるを得なかった状況を照らし合わせてみれば、おのずとヤブというのはあるいはあの医者のことを指し示すものではないのかと思えた。
程度の差はあれ、医院の中には確固としたヒエラルキーが存在していると聞く。組織に身を置く者として、そのピラミッドの頂点に君臨する院長に反旗を翻すような”ヤブ”なる言葉を堂々と吐き出すのは生半可なことではない。
そこで浜田は一計を案じて、耳打ちという手段で自らの経験と知見に基づいた何事かを伝えたかったのだろう。
ふと、浜田の去り際、脚を引きずるようにして奥の部屋へと消えていった光景を思い出す。
そしてその光景に再び何事か閃いた洋三は指を一発鳴らしてPCを開いた。
「シコ マラソン」
そう検索ボックスに打ったあとググってみたところ、
”シコ山シコ造など”無益な情報あめあられの中、”シコ踏むことこそ理想的な筋トレ”といった有益な情報が表示されたほか
”シコを踏むことでハムの筋力と股関節の柔軟性が得られる”との情報も発見した。
「間違いない、シコは四股だ!」
大いなる謎を解いた感激が洋三を満たしてゆく。
そして結論を導き出した。
「走れないときこそ、悲観せず家でもできる筋トレを」
きっとあの浜田は「ヤブ シコ シコ」という暗号からそのことを伝えたかったのだろう。忘れないよう
幾つかの有益なサイトをブックマーク、為になる部分は念のため紙に抜け目なくプリントアウトした。で、善は急げで
その日のお風呂上り、真っ赤なブラにチェックの寝間着を重ねたあと、筋力を取り戻すべく四股踏みを実践することにした。
つま先を外へと向けて腰を落とし、背筋をまっすぐ伸ばす。
徐々に右のほうへと重心を載せてゆき、あくまで腰を浮かせたまま
右の足首や股関節が一直線になるよう左足をあげる。
あげきったまま2秒ほど中空でキープ、頃合いを見計らい
息を吐きだす勢いのままに上げてた左の足裏を板張りの床へと容赦なくドスンと落とした。
隅に溜まった埃がふわっと舞う。
間髪入れずに逆の足も同様の動きで掲げたギロチンを振り落とすかのように勢いよく板張りの床へと打ち落とす。慣れてきたところで、四股を踏んだまま年の割に引き締まったお尻を上に下に揺らして、内ももと臀部の筋肉も刺激することも忘れない。
シンプルなようでいて、割合疲労がたまる。
左右往復30を繰り返すと早くも洋三の額には米粒のような汗が無数に浮かんだ。
<ふぅ~なかなか疲れるな>
首にひっかけていたバスタオルを、額から禿げあがった後頭部へ這わせながら汗をぬぐう。
効果のほどは分明ではないが、疲労と釣り合う確かな感触はあった。
継続こそ力なり。
その日をさかいに毎日毎晩ルーティンのように洋三は四股を踏み続けたのだった。
その甲斐あってか、故障後1ヵ月もする頃には、洋三の下半身は驚くべき発達を遂げた。くるぶしの痛みも和らぎ、ちょうど年度も改まったことを機として、マラソンを再開しようと心に決めた。
その日は朝からずっと走ることだけを考えていた。
残業で帰着が長引いても何のその、お気にのウェアを着込んで、夜中も1時を過ぎたというのに、いつものコースの公園へと足を向ける。
入念に準備体操を重ねたあと、その場で膝を何度か上げ下げする。
痛みはない。その気配もない。
吐息をつき、夜空を見上げ走ることがままならなかった数カ月を思い返すと、自然と胸の内で込み上げるものがあった。
「Life is beautiful!」
洋三は衝動のままに思いっきり叫んだ。
いつのまにか目元に溜まった涙を払いつつ
土の敷かれたジョギングコースへ第1歩を落とす。続いて2歩、3歩とその肢体を進めていくごとに足の運びを速くしていった。
沿道の咲き誇った夜桜も走りながらだと乙なもんだなと、土の反発を足裏に感じながらちょっとした鼻歌なども交えて自由に駆けることのできる幸せに洋三の全身は打ち震えるようだった。
が、ちょうど軽いジョグからスピードを上げていった頃、
公衆トイレとシダの大木が見通しを悪くしている四つ角を曲がろうとした洋三は
突然飛び出してきた自転車と、がっつん激しく衝突してしまった。
わぁぁ!と叫びながらバランスを崩した洋三はそのまま倒れて、しこたま背中を打ち付けた。
<えふっ>
中空で激しく星が弾けた。
自転車にまたがっていた男も倒れて、土に打ちつけたらしき右の手首をさすっている。
だがそれほどたいした怪我ではなかったのか、男は程なく立ち上がると
すたすた洋三へと接近し、大丈夫ですか? と打ち付けた手首とは反対の手を差し伸べた。特に痛みはなかったことから尻もちついたまま、洋三は親指と人差し指で丸を作った。
そしてズボンについた土塊を平手で払って立ち上がり
「こんな夜中だから気をつけないいとけませんね」と夜陰に輪郭を溶かした男の鼻孔あたりに目を据えて微笑んだ。
「全くだ、はっはっはっ」
静かな園内に男の笑いがこだまとなる。やがて男は倒していた自転車のカマキリハンドルを掴んで引っ張りあげると
「ま、お互い何の怪我もないようですし、良かったじゃないですか。じゃ私はこれで」
対話もそこそこにつっかけたサンダルをペダルにのっけて、錆びたチェーンを夜陰にギコギコ響かせながら去っていった。
今にも夜の闇に消えそうな男の背中を見ながら洋三は想う
<何だか強引だなぁ>
顔は全く見えなかったが、男の早くこの場を立ち去りたいという焦燥の念だけが感じられ、そうした品のない態度に洋三は腹立たしさを覚えた。
今からでも男の元へ走っていってげんこつをくらわしてやろうか。
あるいは思い切っておおげさに警察沙汰にしてやることもできる。
が、結局どちらの肢もとらず、心中落ち着かせて、息をひとつつき、そのままうやむやな形で決着をつけることとした。
せっかくのマラソン初日なのだ。
こんな軽めの衝突事故で記念日を台無しにしたくはなかった。
また特段どこも怪我していないだけに、わざわざ警察にご足労願うというのも気が引けた。
彼らだって暇ではないのだ。
腕にはめた時計を見る。
夜の1時25分。
まだ時間はある。明日は折よく休みだし。
今日はこのままマラソンを続けることにした洋三は
また1歩、2歩と、四股踏みでたくましく鍛え上げられた下半身を前へ前へと運んでいくのであった。
「イタイイタイタイタイ」
ベッドへ伸ばしたくるぶしに親指が押し込まれるたび洋三は苦悶の表情を浮かべた
「痛いですか?」院長の山本が言う
「いや、イタイです」洋三が嘆く。
「ここは?」
「イタイイタイ、ほんとイタイから」
紅潮した顔に尖らせた視線で院長の山本を射抜く。がその山本はどこ吹く風で涼しい顔を崩さず、今なお指原で患部を押しまくっている
<このヤブ! 死ね!>
胸の内で悪態をつく洋三が再び山本整骨院へと訪れたのは、痛みがぶりかえしてきたからだ。
むろんその痛みの原因はしっかりと認識していた。
昨夜のあの自転車との衝突。ぐにゃりと変に曲がったまま足首を着地させたことがまずかった。帰宅し飯を食べ、風呂に入って床へ就く、その一連の行動中にはたいした痛みはなかったものの、翌朝ベッドからカーペットへ第1歩を降ろした途端、鼻が曲がるほどの痛みが走ったのだった。
「単なる捻挫だね」
ブリッジに中指を当てて山本医師は言う。
「この痛みはもっと他に……」
洋三としては捻挫などではなく、何か深刻なダメージが足首を襲っているのではないかと思っていた、
「折れてるんじゃないですか?」
「ん?」
「いや、骨がね、折れてるんじゃないですかっ、て」
「はっはっ、そんな、おおげさな。大丈夫骨はしっかりとつながったままですよ。ご安心あれ」
「でもこんなに激痛が走るのに……」
「病は気からってね! 様子を見ましょう。一応湿布出しときますから」
待合室で会計の順場を待っている間も、洋三は打ち寄せる鈍痛に消耗していた。
左腿の上に足首を載せると幾分痛みが和らぐも、足に体重をかけると、再び痛みがぶりかえす。
名前を呼ばれて、右足を少し引きずりながら、会計へ向かった洋三はおっ!と思った。目の前に件の会計担当浜田が立っていたのだ。
洋三は心の中でガッツポーズをとる。
というのも医師がヤブである可能性を訝しみながらも、再びこの山本医院を訪れたのは、この浜田こそが何がしかの啓示を再び与えてくれるのではないかという期待があったからだ。
慣れた手つきでレジスターを操作している浜田。
その引きずる左足はきっと自分と同じ故障に悩まされていたからに違いないのだ。
だが浜田からアクションがないのは
自分の顔をまだ前回の熊田洋三だと認識してないだけなのだろう。
そこで気づいてもらいたい一心で、洋三は浜田の顔を注視し続ける。
作業を続けていた浜田がようよう顎を上げた頃合いに
「どうもその節は」
と、頬を持ち上げて微笑む洋三だったが、その期待とは裏腹に浜田の反応はひどく鈍いどころか舐めるように視線を合わせる洋三に威嚇し蔑むかのような一瞥をくれた。
「2150円です」
洋三の思惑全てをスルーするかのように淡々と遂行する浜田。
結局お釣りを受け取り処方箋を手にした段階に至っても浜田からは何の言葉も発されることはなかった。
<もう走ることはできないかもしれない>
最寄りの駅へと向かう道すがら、洋三は激しく痛むくるぶしに悲観の洪水で溺れかけていた。
回復するまでにどれほどの時間がかかるだろうか、
1ヵ月先か2ヵ月先か。
あるいは故障しやすくなった患部を想えば、もっと時間を要するかもしれない。
何も危惧せず駆け回ることのできた日々が今ではとても懐かしく思える。
友人もおらず、伴侶も持たない洋三にとって走ることことはすなわち人生そのものでもある。
だから走れない期間が長引けば長引くほど、自分が段々世界から疎外されていくような気がして怖かった。
「~~♪~~♪」
駅前へとさしかかったとき、駅前のロータリーが人群れで膨らむ光景に出くわした。
重い気分をひきずりつつ、ちょっとした好奇心でその輪に近づいてみると、外国人らしきストリートミュージシャンが先を蛇のように尖らせた変則ギターを遮二無二弾いて歌っている。
<you are the top~>
肩まで伸びたブロンドの髪が音のビートに乗って振り乱れる。
歌詞は英語で全く意味は解せなかったが、質のよいサウンドと、圧倒的な呷りで群衆の視線は歌い手のパフォーマンスへと釘付け。
洋三も気づけば輪の中に入り、脚で小刻みにリズムをとっていた。
歌詞が佳境にさしかかり、ブロンドがギターソロに入る。
雲一つない青空にエレキなサウンドがこだまして、今まで感じたことのない一体感がロータリーを包みこむ。
うっぉぉぉおお~と
群衆もそのビートに狂ったように雄たけびを上げ、その咆哮で道行く人も何だ何だとその輪に入るから、ますます人の数も熱気もうなぎ上り。
そして最後はテンションMAXに達したブロンド男がソロの終局と同時に目の前に立てていたマイクを巻き込む形でギターを地面に叩きつけた。
「Fuck you!」
ブロンド男が奇声を上げる。
それでもまだ破壊衝動が収まらないブロンドは、すぐ脇にあったお手製の募金箱を乗せたパイプ椅子をも蹴り上げたもんだから、中のコインが全部四方八方へと転がっていった。
別のメンバーが中腰でコインを追う中、ブロンド男は壊れて引けなくなったギターを今なお振り回して奇声を上げている。
脇に控えていたスタッフらしきが、客の面前に立って縮こまるように誤る。
その一方で客のほうでは賛辞の拍手が多勢
、路上ライブはこれで急遽の打ち切りという仕儀にはなりはしたもののみな満足しきりの表情でその場を誰も動こうともしない。
奇声を発する者、指笛でその場を呷るもの、転がるコインをしたたかにくすねる者。
動きはそれぞれ違いはするものの、音の力がその場に言わせた群衆の心を確かにひとつにした。やがて陽が落ちて機材が撤収され始めると、ようよう人の数も徐々に減っていく。
が、唯一足がしびれて微動だにできない男がそこにいた。
洋三は言葉で言い表せないほどの衝撃を受けていたのだった。
うずまく感情は曖昧模糊とし、それをうまく言葉として形にはできなかったが、それでも唯一はっきりと痛感したことがあった。
「ロックさいこー!」
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