第二話 燈篭流し
蛍火の舞う川辺に立っていた。
黒い川面を、蝋燭のぼんやりとした光を乗せた燈篭がぷかりぷかりと流れて行く。
「なあ、あっちに行ってみようぜ」
友人に誘われ、蛇行する川のほとりを皆で移動する。
今日は地元の町で行われる夏の風物詩、燈篭流しの日だ。川から立ち上る冷気が夏の熱気を和らげてくれる。
他の見物客たちも思い思いの場所で川を眺めている。その薄闇の中を、誰とも判別しがたい人の群れとすれ違っていく。
「なあ、あの燈篭さ、どこまで行くんだろう?」
「どこまでって……下流で回収してるんじゃなかった?」
「それはそれで、ロマンがないなあ……」
そうだ。川の汚染についてもうるさく言われる昨今、自治体によって回収作業が義務付けられているはずだ。
「燈篭流しって、お盆にお迎えした先祖の御霊を送り返す儀式だろ?じゃあ、その燈篭が回収されたら、霊魂はあの世に戻れないんじゃないのか?」
「うーん、どうかな、こういうのは気持ちの問題、みたいな」
「適当だな、お前」
「案外、この辺にあの世に戻りそびれた霊がいたりしてな」
「よせよ、気色悪ぃ」
下流に向かって進むにつれ、人の群れから離れていく。その時後ろから、聞きなれた女の声が聞こえてきた。
「こんな所で、何してるの?」
振り返った先に、すらりとした黒い影が見える。彼女はからころ下駄を鳴らして近づいて来ると、背後の友人たちに向かって言った。
「この子は返して……そっちは駄目よ、暁」
「姉ちゃん……」
「おいで、暁……その人たち、皆既に亡くなっているわ」
「え?」
もう一度みんなを見る。こいつら、学校の友人のはずだ……ええと、あれ……こいつら誰だっけ?
目を凝らしても顔がよく見えない。どこかで聞いたような声と、どこかで見たような姿の筈なのに、誰だったかを思い出せない……。
佐月姉が俺の手を握り、おいで、と囁くように言って踵を返した。俺も慌てて並んで歩きながら後ろを振り返る
黒い影の群れが、じっと佇んだままこちらを見ているようだった
「目を離すと、すぐ変なところに行くんだから」
そうだった……。俺は姉と燈篭流しを見に来ていたんだ。
「あの人達は?」
「毎年、この時期に集まるのよ。一体どこから来て、どこへ行くのか分からないけど……」
上流に戻った俺達は、川面に点々と灯る光の流れを眺めた。あちこちから虫の鳴き声が聞こえる。
さっきの霊たちは自分が死んでいることに気が付いていなかったのだろうか。ふと疑問に思ったものの、話を蒸し返すのは野暮だと思い黙っていることにした。佐月姉は今日を楽しみにしているようだったから、折角の時間をぶち壊すことはないだろう。
今夜の姉は藍染に菊や桜の花を散らしたレトロな浴衣に身を包んでいる。微かな川面の光に照らされた白い顔、背中に流れる濡れ烏のような黒い髪。大正時代の令嬢さながらの雰囲気だ。
そう言えば、去年は白と水色の浴衣だった気がする。
「ねえ、その浴衣新調したの?」
姉はじっとりした目で俺を見上げ、少し拗ねたような口調で言った。
「遅い」
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