第9話 CASE3:西本圭の場合 一
俺の名前は、西本圭(にしもとけい)。職業は、無職。強いて言うなら、俺の職業は…、とある人物のストーカーだ。
もちろん、本当のことを言えばこれは職業でも何でもなく、また褒められたものでもないが、俺はそんなことは気にしない。俺は、そのとある女性に対するストーキング行為に、一般のヤツが仕事にかける熱量以上のものをかけているし、そのことに誇りすら感じてもいる。(まあ、「歪んだプライド」と世間のヤツは思うだろうが。)
ここで、その「とある人物」のことに触れておこう。そいつの名前は、北川美香。彼女は、なかなかのべっぴんさんで、正直、俺は彼女の顔がタイプだ。だから俺は、「ストーキング」という行為を通して彼女と触れ合うことが、とても楽しい。(もちろんそれは一方通行の思いだ。そして、このことは誰にも理解されなくていい。)
特に、俺は彼女が鏡を見ているのを見るのが好きだ。鏡を見ている時の彼女は、本当に幸せそうで、それを見ているこっちまで、幸せのおすそ分けをしてもらえるような、そんな顔をする。
その顔から察するに、どうやら彼女は、自分の美貌が大好きらしい。(これはあくまで俺の「読み」に過ぎないが、十中八九当たっているだろう。)
そんな彼女が、今日は鏡の前で、一人ファッションショーをしている。彼女はこの日、近くのショッピングモールで買い物を楽しみ、そして家に帰って来てから、元々の手持ちの服と、新しく買った服などを合わせて、「ああでもない。こうでもない。」といった表情をしながら、新しいコーディネートを模索していた。
そして、俺はそんな彼女を、とある場所でじっくり見ていた。一応弁解しておくが、俺は決して、いやらしい目で彼女を見てはいない。(まあ、ストーカーの分際で、また「タイプ」だとか何だとか言っておいて、「俺の言うことを信用しろ。」と言う方がおかしな話かもしれないが。)ただ、俺は本当に、彼女をいやらしい目では、見ていないのだ。
だから、今日のように彼女が鏡の前に立つ時も、俺は決して、彼女の下着姿や、裸の姿が見たいのではない。(さらに追加で説明しておくが、彼女は部屋着の上から新しく買った服などを胸の前で合わせていた。と、いうわけで、俺は彼女のランジェリー姿などを見ることができたわけではない。)俺は、ただ純粋に、彼女の生活が、見たいのだ。(「何が純粋だ!」と一般的な感覚を持ったヤツなら言うだろう。しかし、俺は他の同業者、つまり「ストーカー」とは違う、と力説しておきたい。俺は、彼女と交わりたいのではない。ただ純粋に、彼女を「見たい」のだ。)
鏡の前でファッションショーをする彼女は、彼女のナルシスト的な性格も手伝い、とてもいい表情をしていた。
『彼女が幸せなら、俺も幸せだ。』
俺はその顔を見て、彼女の恋人が思うような気持ちを、勝手に持った。(もちろん、この気持ちは彼女には伝わっていない。)
そして、この日の彼女の1日も終わり、彼女が眠りに就いた…その瞬間、
俺の中で、ある思いが芽生えた。それは、
『俺の存在を、彼女に知らしめたい。』
という、ものである。
俺は、比較的大人しめの、ストーカーだ。だから、(自分の中では当然のことであるが)彼女に危害を加えようという気持ちは、全くない。俺はただ単純に、彼女を見られればいい…俺は、そう思っていた。
しかし、それだけでは、彼女に俺の存在を、気づいてもらうことはできない…。俺は、俺にしては珍しく、そんな思いに支配された。(この辺り、俺は他のヤツと同じ、レベルの低い「ストーカー」に成り下がりつつあるのかもしれない。)
しかし、あからさまなことをする気分には、今はなれない。俺の頭の中の理性的な部分(ほんの数パーセントかもしれないが)は、そう告げている。そして、考えに考えた挙げ句…、
俺は、小さな痕跡を残すことにした。
それは、彼女が十分に寝静まった、後のことであった。俺は、彼女に自分の存在を気づかれないように、そうっと、そうっと、行動を起こした。そして…、
彼女の部屋の、置き物の配置を変えた。
他のヤツなら、このことに気づかないかもしれない。しかし、彼女をずっと見てきた俺には、確信があった。
『彼女は、絶対に、部屋に起こった異変に気づく。』
そして彼女は朝起きた後、案の定俺の残した痕跡に気づき、
警察に、その件について相談した。
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