第8話 CASE2:南沢由紀の場合 三

  その晩、由紀は夢を見た。その夢の中で、由紀は地元の、スクランブル交差点で信号待ちをしていた。すると、(6月、ということもあり)曇り空から、雨がぽつぽつと降り始めて来た。

 『参ったな…。今日は傘、持ってきてない…。

 ちゃんと、持って来れば良かったな…。

 とりあえず、今日は早く帰ろう…。』

そう思った由紀は、信号が青になった瞬間から、小走りに交差点を渡ろうとした。(その日はたまたまラフな格好で、スニーカーを履いていたので、走る上で支障はなかった。)

 しかし、その時の由紀は下を向いて走っており、前方不注意であった。そのため、由紀は前から交差点を渡って来た人に気づかず、由紀とその人は、ぶつかってしまった。そして、ぶつかった拍子に転げようとした由紀の腕を、その人は優しく引っ張り、由紀が転げるのは間一髪で防がれた。そして―、

 由紀はその男性の、姿・顔をまじまじと見た。

 その男性は背が高かったので、由紀は大きく見上げることとなった。その顔は―、

 とても優しそうで、由紀のことを、微笑みながら見つめている。

 その男性の様子を見た由紀は、理由もなく、その男性が誰であるか、確信した。

 「ありがとうございます!」

「いえいえ。怪我がなくて、本当に良かったです。」

「それで…、いきなりこんなことを訊いて、申し訳ありませんが、あなたは―、

 リョウさんですか?」

「ユキさん、私は―、」

その男性から、男性自身の名前を聞く直前に、由紀は目が覚めた。

 『ちょっと、今の、夢?』

由紀は、

『せっかくリョウさんに逢えたと思ったのに…。』

と思ったので、少しがっかりした。(もちろん、たとえ夢でなくてもその男性が「リョウさん」である、という確たる証拠はないが。)

 夢から覚め、少し落ち着いた由紀は、とりあえず朝のコーヒーを淹れた。由紀はいつもはコーヒーをブラックで飲むことが多いが、その日はミルク・砂糖がたっぷり入った、甘いコーヒーを飲みたい気分であった。(それは、由紀にとって甘い、甘過ぎる夢を見たせいかもしれない。)

 コーヒーを飲みながら、由紀はさっきの夢について、思いを巡らした。

 『私、リョウさんの夢を見るなんて、やっぱり、リョウさんのことを意識してるんだな…。

 それに、私には確信がある。途中で目が覚めたけど、あれは間違いなく、リョウさんだ。』

 そして、由紀はふと、あることを思い出した。

『そういえば、

『誰かが夢に出て来た時は、その誰かは夢を見ている人のことを想っている。』

っていう昔の人の考え方を、聞いたことがある。

 と、いうことは、リョウさんも私のことを、想っている?

 …想っているのに、何か理由があって、私と逢えない?

 だとしたら、その理由は何だろう…?』

由紀は、そんな可能性は低い、ということを頭では理解しながらも、そう思った自分の「感情」を、止められなかった。

 『そうだ。私たちは、両想いの可能性だってある。

 それが結ばれないのは、何か理由があるんだ!』

 そして、由紀は携帯をおもむろに触りだした。すると―、

 1件のメッセージが、目に留まった。

 それは、由紀が待ち望んでいた―、リョウからのメッセージだ。

 由紀ははやる気持ちを抑えて、そのメッセージを開け、読み始めた。


 ―ユキさんへ

 この前は、一方的なメッセージを送ってしまい、申し訳ありません。

 改めて言っておきますが、僕は決して、ユキさんのことが、嫌いなわけではありません。

 ただ、あの時「逢えない」と言ったのには、理由がありました。―


 ここまで読んだ由紀は、

『やっぱり、私の勘は当たっていた!』

と思い、メッセージの続きを読んだ。


 ―でも、ユキさんの再度のメッセージを見て、「このままではいけない。」と思い、もう1度ユキさんに、メッセージを送ることにしました。

 ユキさん。僕も、ユキさんのことが好きです。ユキさんに、惹かれています。だから僕も、自分の気持ちに、正直になります。

 今度、お逢いできませんか?

 …場所は、○○○で、いかがでしょう?

 リョウより。―


 『えっ!?○○○?どうしてそんな所で待ち合わせ?』

 由紀は、意外な待ち合わせの場所に、少し戸惑った様子である。

 『でも、リョウさんは私に逢ってくれるんだ。

 だったら場所なんてどこでもいい。私は、

 リョウさんに逢いたい。』

由紀は瞬時にそう思い、気持ちを切り替えた。

 

 ―リョウが指定した、由紀との待ち合わせ場所、その意外な場所とは―。

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