いもうと
阪上 清羅
大暑を過ぎて間もない頃の昼、僕とゆりはおつかいの帰りだった。
「あついよう、あついよう」
ほんの数分程度しか歩いていないのだが、ゆりはもう何時間も歩いていたように真っ赤な顔をしている。二人で分けた荷物の軽いほうを持たせているが、それでも小さな体は時折よろめいた。
「にいちゃん、アイス」ゆりが言った。
「兄ちゃんはアイスじゃない」
ゆりのほうは見ないままそう言った。
「アイス!かって!」
ゆりは声を張り上げながら、歩道をあっちへ行ったりこっちへ行ったり、落ち着きがなくなってきた。
普段なら叱るところだが、今はたまたま人通りがなかったので放っておく。
「家まであと少しだから我慢」
そう言うとゆりは、わあわあとだだをこねだした。なんだ、それ位の体力があるならアイスなんていらないじゃないか。
「あとすこしってどのくらい」
ほっぺたを膨らませてこちらを見上げた。首が痛くなりそうだ。
「十分くらい」
じゅっぷん?とゆりは首をかしげた。そういえばまだゆりは時計が読めなかった。ひょこひょこと歩きながら、指を折って数を数えている。しかしすぐに思い出したように「あつい」「アイス」と連呼してきた。
確かに暑い。さっきから日陰がまるで見当たらないから、僕らは太陽に焼かれ続けている。右手には比較的高めのマンションやビルが立ち並んでいるが、これが影を作ってくれたら、どんなにこの暑さがマシになるだろう。最近は高校にしても家にしても、クーラーの効いた涼しいところばかりにいたから、こんな砂漠を歩いているような感覚には、耐えられそうもない。
僕は少し悩んだのち、
「じゃあアイス買うか」
「うん!」
あまりに元気が良いのでやっぱりやめてしまおうかと一瞬考えた。
僕たちは少し歩いたところのコンビニに寄った。ゆりは自動ドアが開くのと同時に、中へばたばたと慌ただしく駆け込む。僕もすぐ後をついて行って、他のお客さんの迷惑にならないよう注意を払う。
ゆりはアイスの売り場を迷わず探し当てた。ゆりの身長ではショーケースの中のアイスは見えないので、きっと母さんと来たときに場所を覚えたのだろう。少し感心した。
「アイスみえない」
「はいはい」
ショーケースの中がよく見えるようにゆりを持ち上げた。この間より重くなったような気がする。子供の成長は早いものだ。
ゆりは真剣な目で品定めをし始めた。その横顔が昔の写真に写っていた自分そっくりで、やっぱり兄妹なんだとしみじみ思う。
「ねえ、なんこまで?」ゆりが聞いた。
「いっこ!」僕ははっきり言った。
「けち」
文句を言いながらも、ゆりは言われた通り一つだけ選んだ。僕の子供の頃よりずっと利口だと思う。
再び太陽の下を、今度はアイスを食べながら歩いていく。ゆりは白くてふわふわしたソフトクリームに夢中でかじりついていた。スキップに近いような足取りで、そのうち落としてしまいそうだ。一方僕は、歩きながらでも食べやすいように、口をつけて吸い上げる類のアイスにした。買ったばかりだから中のシャーベットはまだ固くて、指でほぐす必要がある。指先が冷たくて気持ちが良い。頃合いを見てすする。冷たいソーダ味が口の中いっぱいに広がった。
それからお互いしばらく無言で歩いていた。ゆりはすっかりおとなしくなって、今は僕の右側をきちんと歩いている。こうなると楽だ。
僕がほっと息を吐いていると、突然ゆりが空を見て「にいちゃん、あれ!」と言うので目をそばめて空を見た。しかし特に何もない。飛行船でも飛んでいるのかと思って探したが見つからない。
「どれ?」
僕は少し腰を落として、出来るだけゆりの視線に近付けようとした。
「あれだよ!あのくも!ほら、これとおんなじ!」
ゆりは自分の食べているアイスを掲げた。小さい小さい手だった。
「ほんとだ」ほとんど無意識に答えた。
「ん?」
どうやらゆりには聞こえなかったらしい。自分が思っていたより声が小さくなってしまっていたのだろう。僕はもう一度「本当だ」と言った。ゆりは満足げにわらった。
いもうと 阪上 清羅 @SAKAGAMI0629
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