poet:7 ハイド=レンジア博士の収束

ーー君は違う。否、済まない。君のことをどうこう云う訳ではないんだ。


 僕は群がる人混みを両手で必死に搔き分ける。


ーー済まない、通してくれ、通してくれ。


 溢れんばかりの賞賛の声と、祝福の声と、感嘆の声が入り混じり、明るいスポットライトに照らされ、四方八方を人混みに囲まれた僕は、足早に立ち去ろうと試みるが、それは叶わず、ついにどこへも進めなくなってしまう。


 富も名誉も手に入れた。望めば、愛も手に入れることが出来るだろう。自慢をするつもりなど毛頭ないが、既にそこかしこから色目を使われているのは事実なのだ。ただ、次から次へと、まるで既製品のカーテンのような雑多で安っぽい色使いで僕のテリトリーに群がるその愛は、まるで僕の体を無数の蟲が這いずり回っているようで、いくら振り払おうと、こびりついてわずかに残ったその残滓が僕の体に汚い穴を開けるのだ。


 フル・オーダーの、柔らかい木の香りが漂うログハウスに、柔らかなウォッシュ・ホワイトのカーテンをかけて、優しく朝日を遮るように、そっと、心地よく。そんな、本物の心地よさを僕に唯一くれるのは、今も先も貴女だけなのだろう。


 ただそんな心地よさだけを、他のすべてを投げ捨てても良いから、ただその柔らかな心地よさだけを、必死に、守って、生きてゆくつもりだったが、いつの間にかそれ以外の全てを手にいれて、本当に守りたかったものは見失ってしまった。


 嗚呼、所詮、僕という問題の正解を導くのに一番最適な方法は、建売の、どこにでもある標準的な3LDKに、大量生産された工業製品を並べて、陳腐な安売りの愛を啜って生きてゆく事だということなのだろう。しかしながら、一度知ってしまった本物の心地よさは、本能に深く刻み込まれてしまって、その呪縛から逃れることは到底出来そうにないのだ。

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