poet:6 ハイド=レンジア博士の考察
ーーここに、僕が書いた論文があるんだ。
飲みかけの、透き通ったビードロのようなワイン・グラスを片手に僕は彼女に声を掛けた。
ーー知っているわ。貴方がワインを飲むときは、いつも何か、ひと仕事片付いたときじゃない。
長い髪の毛を揺らし、彼女は笑う。
ーーよくわかったね。
少しばかりの驚きを、ほろ苦いブルゴーニュの、鮮やかな色彩のワインが、僕の体にゆっくりと流し込んでゆく。
ーー貴方のことは、何でも知っているし、何でも解るわ。
そう言うと彼女は少しばかり気まずそうに、こちらを向いて続けるのだ。
ーーけれど、貴方が私に捧げてくれる愛への答え方は、いつも解らないの。
嗚呼、そうだ。そんなことはとうに知っている。だから僕はそれについて、論文を書いたのだ。
ーーもう、遅いから、寝ましょう。
僕の愛したその笑顔で、彼女は手を差し出して、僕はその手をそっと取る。
きっと、僕がこの方程式の解を出してしまったのなら、彼女は僕の元を去ってしまうのだろう。そうなるくらいなら、僕は、今のまま曖昧に、偽りでもいい、永遠に彼女のそばに居たいのだ。
けれども、僕の中の、全身の、すべてが、この曖昧な関係を拒絶しようとする。学者たるもの、目前の問いに取り組んで、解を出せ、考察を纏めろと、僕の本能が燃えたぎるように叫ぶ。
物事の答えを解いて、定義化することは、神の定めた自然の摂理に反することなのだといつぞやの学者が言っていた。ならば、今まで神に逆らってきた僕は、その反省として、今回ばかりは解を出さずにいなければならないのではないか。
そんな陳腐で言い訳がましい理論を胸の奥底にしまいながら、僕は今日もぎゅっと彼女を抱きしめて眠るのだ。
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