銀の世界

会議室?

 不安がモクモクとお腹のあたりで大きくなっていた。


 俺はもしかすると、とんでもないことを決めてきてしまったんじゃないだろうか。もう元の世界に戻った方がいいんじゃないだろうか。

 いくら江上部長がきついと言ったって、社長の責任と比べたら軽いもんだ。中途半端になっている戦略書だって、今ならきちんと書けるような気がする。そうすれば江上部長だって認めてくれる。


 今日も朝からレビューだ。俺の書き上げた戦略書をレビューしてもらえるのだ。

 昨日、江上部長に俺のアイデアを提案した。それが気に入ってもらって徹夜で戦略書に落としたのだ。今日のレビューはそれのお披露目なのだ。

 出だしは好調。江上部長が感心して頷いている。


 ふーん。江上部長もあんな顔するんだな。


 ハッと我に返った。


 会議室だ。俺はスクリーンの横に立っていて、目の前のテーブルには同僚が四人。正面には江上部長が座っていた。


 戻って来た?ここは元の世界?


「守谷、どうした。何を黙っている。ここまではとてもいいぞ。続けろ」


 戦略書だ。


 俺の手にはA3サイズ一枚にまとめられた戦略書があった。そしてスクリーンには、戦略書から抜き出されたグラフが映し出されていた。

 これは俺の戦略書なのか。誰が書いたんだ。そうか、あっちの俺が、入れ替わっている間に書いたのか。

 すごい。分かりやすく丁寧に構成されている。あいつ、才能あるな。さすが社長だ。


「守谷、続けろと言ってるだろ。何やってるんだ」

「あ、はい。その、はい、続けます」


 それから俺は、向こうの俺が書いた戦略書を一生懸命説明した。時々、書いてあることに感心してしまい、その都度、江上部長から叱られたが、何とか最後まで説明することができた。


「守谷、後半の説明はイマイチだったが、これまでのお前とは見違えるようだったぞ。お前の戦略書はこれで完了でいい。ご苦労だった」


 初めて江上部長に褒められた。認めてもらえた。


「ありがとうございます!」


 何だ、そうか。ちゃんとした資料に仕立てれば、江上部長も納得してくれるのだ。これまでは俺の資料がダメだったんだ。


 しかし、複雑な気持ちだった。

 これは俺が書いた戦略書では無い。既に同様のビジネスを経営している向こうの俺が書いたものなのだ。

 それに比べて俺は、向こうの俺に迷惑を掛けているのかも知れない。このままではダメだ。ただ入れ替わっているだけでは、俺はダメになる。



 その夜、俺はバー・アンカーを訪れた。チェンジャーでは無い能力を身に付けるために。

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