第二章 時空間研究所

黄の世界

時空間研究所 新所長 鬼塚

 ──三ヶ月前


「鬼塚、久しぶりだなぁ」


 仙道は廊下を歩いて来た鬼塚に声を掛けた。米国の時空間研究所に出向していた後輩の鬼塚が、仙道の後継の所長として日本に戻って来たのだ。


 鬼塚おにづかユウジは、仙道と同じ東京理学大学物理学部の出身だ。そして、時空間研究の第一人者で現在この時空間研究所の理事長である小松原こまつばら名誉教授の研究室の後輩である。大学院で博士号を取った後、米国に渡りMBAを取得した経歴がある。研究一筋だった仙道とは違い、研究はビジネスに近い所になければいけないという考えを持っている。MBA取得後は大学に戻ったが、研究を進めるよりも企業との結びつきを強化し、資金の調達や売り込みなどに力を入れていた。三年前、小松原名誉教授が時空間研究所を立ち上げた時に、仙道と共に入所、この一年間は米国時空間研究所に出向し、向こうの経営をサポートしてきていた。


「仙道さん、お久しぶりですね。お元気ですか」


 鬼塚は何の感情も見せずに淡々と事務的に挨拶をした。対して、仙道は歓迎の意を身体中で表し、固く握手をした。


「お前が所長で来てくれるなんて頼もしい。そもそも俺は所長なんて器じゃ無かったんだよ。これで俺は開発に専念できる。ありがたい話だ」

「ええ、先日メールした通り、仙道さんには開発部長に就いていただきます。所長を降ろされたことで、落ち込んでいるかと心配しましたが、逆に生き生きしているようですね。期待していますよ」

「ああ、分かっている。トリップマシンと重力レーダー、この二つは理論的には完成しているんだ。あとは実験さえ滞りなく進めば、割と早い時期にお披露目できると思うぞ。この二つができると、パラレルワールドに人や物を送り込めるし、位置情報も追うことができる。そうすれば、お前が目論んでる新しいビジネスに活かせるはずだ」


 仙道は得意満面だった。だが、鬼塚は冷静にこう言った。

「仙道さん、早い時期、ではなく二ヶ月でお願いします。二ヶ月後にはこのリストに載っている企業に使わせます。もうそういう話になっているのです。それ以上は待ちませんよ」

 鬼塚から手渡されたリストには、名だたる企業が百件近く並んでいた。

「わ、分かった。二ヶ月だな。必ず完成させるよ」


 鬼塚はパラレルワールドを新しいビジネス市場として企業に提供しようと考えていた。ビジネスを成功させている企業は、成功した市場を持っている。しかし、そこだけを攻めてもビジネスは拡大しない。そのため、次々と新しい市場を開拓する必要がある。そのためにかける労力・時間・資金は膨大で、しかも必ず成功するとは限らない。そこで鬼塚は考えた。パラレルワールドに市場を広げればいいのだと。パラレルワールドは、全く同じ世界では無いにせよ、同じような市場が存在している。そこには成功した経験のある市場もあるはずだ。同じような戦略で同じような成功を手に入れられる可能性がある。いくつものパラレルワールドにビジネスを展開できれば、同じ商品が二倍三倍、いや何十倍も売れる可能性がある。

 鬼塚は、この話を大きな成長を望んでいる企業に持ち掛けた。賛同する企業は既に数十のオーダーになり、もう少しすれば百を超えるだろう。鬼塚は、それらの企業にトリップマシンを使ったパラレルワールド間物流サービスを提供すると約束した。そして、そのサービスを開発するための多額の資金を、賛同する企業から調達する算段を始めていた。

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