第一章 二人のショウ

銀の世界

コズミックファースト

「ショウ!」


 明るい声がカフェテリアに響き渡る。メグミだ。


 彼女は我がコズミックファースト社の受付嬢で、会社のマドンナ的存在だ。美人だし、可愛いし、スタイルもいい。もう少し背が高ければモデルを目指したのに、なんていつも言っている。


 彼女は俺の同期入社で、新人研修を一緒に受けた仲だ。その年の新人は三人。総務部で受付嬢の萩野はぎのメグミ、開発部の諸星もろぼしタクト、そして営業部の俺、守谷もりやショウ。俺たち三人は入社三年目。俺とタクトが大卒で二十五歳。メグミは短大卒で二十三歳だ。三年目の今でもいつも一緒に行動している。最近はお互いの仕事がそれなりに忙しいので、いつもいつもという訳にはいかないが、毎日ランチはこの社員食堂で一緒だし、何かあれば一緒に遊びに行く。


 メグミは人一倍目を引くというのに人目を全く気にしない。八頭身とまでは言わないが、七頭身以上はあるスタイルに、ショートボブが余計に小顔を際立たせている。メグミは受付嬢だから、白いシャツにリボン、水色のベストに水色のタイトスカートの制服なのだが、モデルのような容姿に制服が加わったことで、彼女の存在はより大きくアピールされていた。それでいて、あっけらかんというか、マイペースというかで、さらに誰にでも明るく振舞うのでどの部署からも評判が良い。


 昼食の時は毎日大声で俺の名前を呼ぶ。会社のマドンナが俺の名前をみんなの前で叫ぶのは悪くない気分だ。実を言うと、新人研修の時に一目惚れして、以来、俺はずっと彼女のことを思い続けている。でも、今はこのままで十分楽しいし、彼女との仲が良い関係をずっと続けて行きたくて、それ以上の関係は求めていない。もし告白してこの関係が壊れてしまうくらいなら、ずっとこのままがいいと思っている。


 彼女がトレイを持って俺の方に向かってくる様子を、男女を問わず何人もの社員が目で追っていた。なのに、周りのことなど全く気にせず、俺の隣の席にトレイを置き、座りながらふくれてこっちを睨んだ。


「ショウ、探しちゃったよ。いつも違うところに座ってるんだから」


 これはお決まりのセリフ。毎日のお昼の挨拶、儀式である。メグミが俺を探すのが面白くて、俺はいつも違う席に座っている。そして、俺を探して大声で呼んでくれるのを楽しんでいるのだ。


「いつも同じじゃつまらないだろ。それにこの広さじゃ一目で見つけられる」

「見つけられないよ。ショウって普通だし。そうだ、今度モヒカンしてきてよ。てっぺん赤くしてトサカみたいにしてさ。そしたらすぐ見つけてあげる」


 メグミはいたずらっ子のような目をして斜め下から俺のことを覗き込む。こういうところも本当可愛いのだ。


「普通で結構。俺は世界一の普通を目指してるんだ。諦めてしっかり探しな」


 そう、俺は普通だ。容姿も普通。成績も普通。でも、このコズミックファースト社で働くことに関しては誇りを持っている。それは……。


「あ、アキラ社長だ。キリッとしてカッコいいよねぇ。それでいて気さくなのがいいんだよね。ショウも憧れてるんだよね?」


 その通り。俺が誇りを持っている最大の理由は渡瀬わたせアキラ社長だ。


 俺は大学三年の時、新しい情報サービスをビジネスとして立ち上げられたらと構想していた。クラウドとAIを組み合わせた画期的な分析サービスだ。しかし、そのままダラダラと四年生になり、就活で忙しくなって、新しいサービスのことは手に付かなくなった。


 そんな時、気晴らしでビッグサイトのビジネスショウに行って驚いた。俺が考えていたのとほぼ同じサービスが、コズミックファースト社によって実現され、脚光を浴びていたのだ。そのときコズミックファースト社は創立二年目のスタートアップ。アキラ社長が若くして立ち上げた会社だった。


 興奮した。アキラ社長がこのサービスを思いついたのは、俺とほぼ同時期。俺は間違っていなかった、時代の先を見据えていたという自信と、この会社で働けば夢が実現できるというワクワク感で、その場にいたアキラ社長に面接の直談判をした。


 そして入社。会社も大きく成長し、上り調子のIT企業がたくさん入っているこの汐留のビルに移って来て毎日充実している。それから俺は営業に配属され、楽しく仕事をして来た。俺の成績は普通だが熱い思いは今も持ち続けているつもりだ。



「タクト、遅いじゃない。今日も麺類なの?」


 うどんを乗せたトレイを持って、無造作に俺たちの向かいに座った男。同期のタクトだ。こいつはいつも遅れて来る。開発部は抜け出すタイミングが難しいのだ。


「よ」


 タクトはいつも言葉少なだ。優秀なプログラマで、プログラミング以外に興味が無い。顔がいいから女子受けするので、時々合コンに連れて行くが、全く喋らない。タクト目当てで来る女子もたくさんいるってのに勿体無いことだ。大の麺類好きで、昼はうどん、そば、ラーメン、パスタのルーチンで回っている。


「タクトさあ、たまには米食えよ、米。日本人なんだからさ」


うどんをひとすすりしてゆっくりと口を開ける。


「米は夜食うことにしてる」


「なんだよそれ。昼に食え。夜に食ったら太るぞ」


タクトは意に介さずうどんをすする。


「なんだよ、無視かよ」


 これもいつものことだ。タクトは、自分の考えと違うことには同調しないのだ。無視される空気に耐えられず、俺が「無視かよ」と言うことで、その場が収まるのだ。


「いいじゃない。決めたことをきちんと実行するって男らしいよ。タクトってそういうところあるよね」


 メグミはニコニコして、うどんをすするタクトを眺めている。メグミが他の男を褒めるのはちょっと癪にさわるが、これもいつものことだ。


「そう言えばさ、ショウって今、新しいプロジェクトの戦略練ってるんでしょ?すごいよね」

「あ、ああ。そうだな。……。結構大変なんだけど、まぁ、やりがいあるから盛り上がってるよ」


 いや、そんなんじゃない。全然上手くいってないのだ。戦略書が全然仕上がらず、毎日江上えがみ部長のレビューで叩かれまくっている。今日の午前もダメダメで、途中から会議室を追い出されてしまった。正直どうしていいかわからないくらいなのだ。


「へえ、がんばってるじゃん」

「まあな。でもあんまり上手くいってなくてさ。だからちょっと息抜きしたい気分だよ。ぱーっとね」


 ちょっとメグミの同情を買うようなことを言ってみた。


「じゃあ、今日飲みに行こうよ。私もゆっくり話したいことあるし」


 やった。今日は楽しく過ごせそうだ。

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