第3話「ジェーンlovesラッキーさん?」
かばんがもう間もなく旅立つというときのことです。
ジェーンは、かばんのすぐそばで何やら屈みこんでいました。視線は右手首にじっと注がれています。
そこに付いたラッキービーストの本体を覗き込んでいるのです。
「きらきらして、綺麗ですねえ……」
心の底からそう思っているらしく、うっとりとした調子でした。
確かにジェーンがそう言うとおり、ラッキービーストの本体はうっすらと青みがかって透き通り、パークの中では案外他に見かけないような、滑らかでくっきりとしたつやを放っているのです。
「ジェーン意外と光り物好きだよね~」
フルルがジャパリまんを食べながら言いました。
「なんか人聞きの悪い言い方だな……」
イワビーです。そう言う二人もラッキービーストのほうを見つめています。
「まあ、俺達みんな魚みたいなきらきらしたの好きだけどさ。ジェーンは特にだよな~」
ペンギンは元々、水中できらめく小魚を追って暮らしている生き物です。光沢のある物には強く興味を惹かれてしまうのです。
なかでもジェンツーペンギンは、特に好奇心の強いペンギンだと言われています。
大きな水族館や動物園の中には、寒い地方で暮らすペンギンの部屋を備えているものがあります。そのガラス窓の前でカメラのレンズを向けると、真っ先に近寄ってくるのは、大抵ジェンツーペンギンなのです。
ジェーンは皆が自分のことを話すのも聞き流してラッキービーストに集中していました。
「この前ひどい目にあったのが嘘みたいね」
プリンセスが言っているのは、旅立つかばんとサーバルのために五人がジャパリまんを工場から持ち出したときに、工場で働いているラッキービースト達に見付かって大騒ぎになったことです。
あの後しばらく、かばんのそばにいるラッキービーストの声にさえおののくほどラッキービーストが怖くなってしまっていたのでした。
ジェーンにぴったり貼りつかれているかばんはなんだか落ち着きません。
「あ、あの、もうそろそろ、いいですか?」
「ごめんなさい、あともう少しだけ!」
ジェーンはとっさに頼み込みました。マーゲイの目はこれを見逃しません。
「ああ、あの普段は大人しくて良識的なジェーンさんが、あんなに自分の欲望を露わにしているなんて……!これはまたとないお宝映像ですよ……!」
マーゲイは拳を握りしめ、口角をゆがませて声に力を込めます。
「変な言い方やめなさいよ」
「しかし、たまにはジェーンの好きなようにさせてやるのもいいかもしれないな」
コウテイがそう言うのにプリンセスも賛成しました。
「そうね。あの子、いつも自分を抑えてるところがあるから」
こうなるともう、周りの誰もジェーンを抑えようなどと思っていません。
ペンギン達にあたたかく見守られ、マーゲイには熱い視線を注がれながら、かばんはジェーンにじっと手首を見つめられています。
かばんがたまらずそわそわと体を揺らすと、ラッキービーストも一緒に揺れ動きます。
そのたびに、ジェーンの目の前で光沢が左右に素早く動くのです。
ジェーンはつい、ラッキービーストに触れようと手を伸ばしました。そのときです。
「ジェンツーペンギン、カバンヲ、コマラセチャ、ダメダヨ」
「きゃっ、ごめんなさい!」
ジェーンは冷や水を浴びせられたように飛び退きます。いや冷や水平気ですが。
間違いなく、ラッキービーストがジェーンに向けて放った声でした。
「ボスがジェーンとしゃべった!」
皆も声を揃えて驚きました。
「すごいわ、ボスとお話できたじゃない!」
「え、ええ」
「でも、ちょっとー……」
「ちょっと、こえーな……」
誰も、ジェーンの真似をしてラッキービーストとしゃべろうとはしませんでした。
「やっぱボスはボスだぜ」
「ジェンツーペンギンって呼ばれたのもすごく久しぶりで、びっくりしました……」
「ボスは我々がペパプになっても特別扱いしたりしないんだな」
皆が話している間にも、フルルはどこからか次のジャパリまんを取り出して食べていました。
「フルル、さっきも食ってたじゃねーか」
すると、またあの声が放たれたのです。
「フンボルトペンギン、ジャパリマンヲ、タベスギチャ、ダメダヨ」
「わ~!」
フルルは目を丸くしてジャパリまんから口を離しました。
しかし今度は本物のラッキービーストではありません。かばんの陰に隠れたマーゲイでした。
「お前かよ!」
「ふふふ、ボスの声があれば皆さんのことも思いのまま……!」
「あら、ちょうどよかった!みんなが練習さぼってたらお願いね、マーゲイ」
「勘弁してくれよ~!」
かばんもペンギン達も皆笑い出しました。
ペパプとマーゲイもずっとこうして和やかにアイドルとマネージャーとしてやっていけるだろう。かばんも、明るく笑って旅ができるだろう。
皆の胸には安らぎが満ちていました。
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